州議会選挙が浮き彫りにしたスペインの分断。修復に必要なのは共存の枠組みの再構築か
2018年01月11日
丘の中腹の公園から街を見下ろすと、陽光に輝く地中海を背景に、ひときわ高くサグラダ・ファミリア(聖家族教会)のシルエットが浮かび上がる。スペイン北東部に位置するカタルーニャ州のバルセローナは、日本人観光客も多く訪れるヨーロッパ屈指の観光地だ。
スペインはヨーロッパで最も古い国家の一つで、中でもカタルーニャは早くから工業化に成功し、豊かな独自の言語や文化、歴史を育んできた。そのカタルーニャが、ここ数年、スペインからの独立の是非をめぐり大きく揺れている。
長年、カタルーニャと関わってきた筆者も、まさか、スペイン政府の反対を押し切って、カタルーニャが「独立宣言」を実行しようとは思わなかった。周囲の驚きと困惑を横目に、「カタルーニャ共和国」の樹立をめざし、孤舟で荒海に乗り出した観のあるカタルーニャの独立派。経済のグローバル化が急速に進む21世紀という時代に、自由と民主主義の砦(とりで)であるEU内で進行する「独立劇」は、国家とそこに住む人たちとの関係、政治の役割といった問題をあらためて浮き彫りにしている。
昨年10月の「独立宣言」から2カ月後、クリスマスを目前に控えたカタルーニャで時ならぬ州議会選挙が行われた。スペインのラホイ首相が、スペイン憲法155条を適用して強制的に州議会を解散し、12月21日に選挙を実施したからである。
結果は、独立派勢力が議席では過半数をかろうじて維持したものの、投票率では47.5%と半分に達しなかった。一方、独立反対派のひとつである市民党(Ciutadans)が、独立派のプッチダモン元州首相率いる選挙連合「ともにカタルーニャ」(JxCAT)を抑えて第一党に躍り出た。カタルーニャ社会がこの問題をめぐって真っ二つに分断されていることが、選挙を通じて示されたかたちだ。「独立号」は中央政府の介入を認める憲法155条という大岩にぶつかり、乗り上げてしまった。
今回の選挙は、文字どおり異例な状況下で行われた。
ことの発端は10月1日にカタルーニャ州が中央政府の制止を振り切って住民投票を強行し、独立賛成派が多数を占めたことである。この結果を受け、州議会が同月27日、独立を宣言する決議を採択。プッチダモン首相(当時)は独立を宣言した。ところが、これに反発したラホイ首相が州議会を解散し、選挙での巻き返しを狙ったのである。「独立宣言」を行ったプッチダモン州首相と閣僚の一部は、2日後にはベルギーへ逃亡。国内に残ったジュンケーラス州副首相や閣僚たちも逮捕・拘留されたなかでの選挙となった。
座礁した「独立号」は再び目的地へ向かって航海を続けられるのか、あるいは座礁したまま身動きが取れない状況が続くのか。まずは今回の選挙結果を子細に見てみよう。
今回の選挙で問われたのは、前回の州議会選挙(2015年9月)以降進められてきた「独立プロセス」に対して、スペインのラホイ首相が憲法155条を適用し、実力阻止したことに対する賛否である。155条は自治州が憲法に抵触した場合、中央政府が自治に介入することを認めている。
そのため、選挙は独立支持派と護憲派(スペイン憲法155条の適用を支持する独立反対派)という二つのブロックが対立する形で行われた。独立支持派は、ベルギーに逃亡中のプッチダモン元州首相以下閣僚たちの復帰、およびジュンケーラス州副首相ら拘留中の閣僚たちの解放を第一の目標に掲げた。
選挙キャンペーン期間中、プッチダモンはビデオ・メッセージを通して、自分が正統な州首相であると訴え、民意を踏みにじる行為をしたとラホイ首相を強く非難した。また、逃亡中、拘留中ゆえに選挙活動に参加できない元閣僚たちの空席には黄色いリボンがつけられた。
一方、護憲派は、独立派が強行に推し進めてきた独立プロセスが憲法違反であり、これを阻止し「正常化(憲法が認める合法的な状態に戻ること)」する必要があると主張した。ラホイ首相も最大野党の社会労働党サンチェス書記長も独立反対派の応援にカタルーニャに入り、スペイン憲法の下でのスペイン国民の「共存」を訴えた。
このように、独立派と反対派の双方が一歩も譲らず、「善と悪との戦い」の様相が最後まで続いたのである。
前代未聞の政治危機ゆえに、市民の関心も極めて高かった。投票率は、独立の是非を問う住民投票の実施で盛り上がった前回(2015年9月)を7㌽も上回り、史上最高の82%を記録した。議席数では独立派が70に対し、反対派が57。2年前(72対52)に比べると双方の差が縮まったとはいえ、カタルーニャ社会が真っ二つに割れている様子がありありだ。
では、民主化以来最大の政治危機ともいえるカタルーニャの独立問題を、スペインはどのように克服していくのだろうか。ここでは重要なポイントを二つあげておきたい。
ひとつは、独立派は議席を2つ減らしたものの、過半数(68)を超える70議席を再び確保したことである。これは、独立派を自治政府から追い出したいラホイ政権にとっては大きな誤算である。カタルーニャの人々は、独立による経済への悪影響を懸念するよりも、ラホイ政権のやり方へ怒りの声を上げるべきだと感じたのかもしれない。
また、ベルギーに逃亡中のプッチダモン率いる選挙連合「ともにカタルーニャ」が、拘留中のジュンケーラス率いる同じく独立派の「カタルーニャ共和主義左派」(ERC)を抑え、全体で第2党にとどまったことも見逃せない。すでにこの2人の関係はかなり悪化していると言われており、今後独立派の中での主導権争いが過熱することは確かである。
しかし、独立派の誰が州首相になろうとも、もはや従来のような独立へ向けての強行路線を続けることは難しい。独立派内でも極左の「人民統一候補」(CUP)が議席を六つも減らしたことは、有権者が独立強行路線の無謀さに気づき、そこから離れようとしている表れともとれるからだ。
もうひとつのポイントは、独立反対派の市民党が100万票以上を獲得し、第1党に躍り出たことだ。これは今回の選挙で最も驚きをもって受けとめられた。2005年に結成された新党でありながら、既成政党に対する若者の不満を吸い上げつつ徐々に勢力を伸ばし、ついに第1党になったのである。
カタルーニャ民族主義を掲げない政党が第1党になるのは、1978年に制定された現行憲法体制下で初めてだ。独立に賛成できないながら、今までそれを声に出すことをためらっていた人々の票を掘り起こすことに市民党は成功したといえる。独立問題が引き起こした現状に、人々が強い危機感をもったからだろう。これもまた、独立派が今までのように反対派議員の声を無視して議事を進める手法を続けることを難しくした。
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