自衛隊明記の自己矛盾
2018年03月06日
およそいかなる言動にも目的があり、それを達成するためにどのような手段をとるか、ということが重要だ。スープを飲むという目的のためにフォークという手段は適切ではないし、渋谷の家から霞が関の裁判所に〝歩いていく〟という手段は、「痩せる」ことが目的なら適切そうだが、「急いで行く」ことが目的なら手段として適切ではなさそうだ。
法学部で憲法を学ぶと、憲法訴訟論のメインとして習うのが「違憲審査基準論」である。ある法律や国家行為が憲法に適合しているか否かについて、ある法律の立法目的を達成するのにその手段は有効か、といった判断手法を採用する(目的手段審査)。
たとえば、非嫡出子の相続分を嫡出子の半分にするという法律の目的が「法律婚の維持」だったとして、法律婚を維持する目的のために、非嫡出子の相続分を半分にするという手段に関連性があるか、ということが吟味される。
安倍総理から投じられた大きな一石である「9条1項2項を維持したまま自衛隊を明記する」という改憲提案。この改憲提案の「目的」に対して、その目的を達成する「手段」として安倍総理の言う〝自衛隊を明記するだけ〟という手段が適切なのか、すなわち、安倍改憲という手段で安倍改憲の目的を達成できるのか。
筆者の結論は、「否」である。
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