息を吹き返した報道の現場。政治的な配慮より、徹底した取材と調査で事実を伝えよ
2018年04月09日
「『安倍晋三記念小学校』との名で申請したと朝日新聞は報じ、民進党も、それを前提に国会で質問した。実際には『開成小学校』だった。裏付けを取らず、事実ではない報道をした」
今年1月31日、参院予算委員会で安倍晋三首相は朝日新聞を名指しして、このように批判した。申請書は「開成小学校」だったかもしれないが、森友学園が設置を予定していた小学校が「安倍晋三記念小学校」と呼ばれていたのは、安倍昭恵夫人が映るビデオでも残っているように紛れもない事実だった。
それでも、首相はその2日前の1月29日にも朝日の報道について「真っ赤な嘘だった」と口にしていた。両手を広げて答弁する顔にはどこか得意げな笑みも浮かんでいた。
それから1カ月あまりの3月初旬、そんな笑みをなくす報道がなされた。
3月2日の朝日による「森友文書 書き換えの疑い」という1面記事。「財務省、問題発覚後か」「交渉経緯など複数箇所」との見出しが躍る同記事は、公文書が改ざんされた疑いがあることを指摘した。
どこの報道機関も報じていない独自のスクープ。改ざん前の文書を入手し、慎重に検分していなくてはできない報道だった。
沈滞していた森友学園問題はこの報道を契機に一気に再燃した。
昨年11月末、筆者は連載していた毎日新聞の「月刊時論フォーラム」という時評コラムで、衆院選後の日々に「ぼんやりとした無力感」があると記した。
この1年、報道各社は森友学園、加計学園の両問題を報じてきた。多くの疑惑が提示された。しかし、首相は「丁寧に説明していく」と口にはするけれど、具体的には何も語らないままやり過ごした。秋には、意義のわからない解散総選挙まで行われ、ふたたび衆院で3分の2の議席が与党によって占められることになった。
いくら報道が疑惑を報じても、政権は何も答えない。だからこそ、社会に無力感が募るのではないか──そんな趣旨のことを書いた。
そんな無力感の漂う空気を変えたのが、今年3月2日の「書き換え」疑惑報道だった。それは、元気をなくしていた報道の現場が息を吹き返した瞬間でもあった。
朝日の初報から数日後、しばらく静観していた他紙にも後を追う報道が出始めた。
読売は7日朝刊で「問題の質違う」と自民党内に危機感が出ていることや、「書き換えなら刑事罰も」と言う識者の談話を掲載し、与党内にも徐々に変化が出ている状況を伝えた(2面)。以前から公文書問題を報じてきた毎日は政権を追撃するように、8日夕刊で「別文書に『本件の特殊性』」という言葉が記された決裁文書を入手したと1面で報じた。
さらに9日、大きな動きがあった。この日の朝日は「森友文書 項目ごと消える」として、貸付契約までの経緯が記された売却決裁調書が7ページから5ページに改ざんされていたと報じたが、同時に近畿財務局で国有地を担当する部署にいた50代の職員が神戸市内の自宅で自殺していたことが明らかになった。午後には、この問題での「霞が関」の中核人物であり、当時の理財局長だった佐川宣寿・国税庁長官(当時)が辞任を発表した。
これらの動きを受けて、財務省は翌10日、書き換えがあったことを認める方針を固め、それを翌11日から12日にかけて各紙が報じた。さらに13日、朝日が「財務省 公文書改ざん」として、理財局の指示が14件あり、昭恵夫人の名前や「特例」の経緯が削除されたことを報じると、読売も「文書書き換えさせられた」と「自殺」職員がメモを残していた事実を1面トップで掲載した。
その後、報道機関はこぞって、公文書の扱いや佐川前長官の関与や財務省との関係などの問題を報じ続け、27日の佐川前長官の証人喚問へとつながっていく。
重要なのは、メディアが証拠を突きつけたことで、事態が動いたということだ。
繰り返すが、昨年2月9日の朝日による森友学園問題についての一報以降、多くの疑惑が突きつけられながらも、政権の体制はほとんど動くことがなかった。それどころか、森友学園問題が進行中の昨年7月、渦中の理財局長だった佐川氏が国税庁長官に任命されるという異様な事態にもなっていた。
その佐川氏も今回、国税庁長官を辞任した。証人喚問では「刑事訴追の恐れ」を盾にとって、ほとんど何も語らなかったが、裏を返せば、長官辞任を辞任し、「刑事訴追の恐れ」を理由に証言を拒むこと自体、法に反することをしていたのでは、と推測せざるを得ないのではないか。
いずれにしても、今回朝日の取材陣が報じた公文書改ざんというスクープは、それだけの力があった。決定的な物証をつかんだということだろう。
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