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[4]若者の教育に情熱を燃やした友人の死

イラク戦争に関わった責任にこだわり続けたイラク人研究者

酒井啓子 千葉大学グローバル関係融合研究センター長

拡大ファーリフ・アブドゥルジャッバール氏
 友人の訃報(ふほう)が届いた。ファーリフ・アブドゥルジャッバール、享年72歳。レバノン在住のイラク人学者で、20年以上の付き合いになる。

 イラク戦争までは、イギリスを拠点としてフセイン政権に徹底的に反対する、元イラク共産党員の活動家だった。そして、60-70年代の中東の若者の多くがそうだったように、左翼の活動家であることはすなわち最先端の知識人でもあった。独学で社会学を極めたファーリフは、初期には共産党が発行する論壇雑誌「サカーファ・ジャディーダ(新文化)」にアラビア語で優れた論考を次々に発表し、最後はロンドン大学で非常勤講師を務めるまでになった。

 アメリカがイラク戦争を準備するのとちょうど同じ時期、ファーリフはイラクのシーア派運動史や部族、宗教界の役割などをテーマに多くの大作を出版していった。それはまるで、イラク戦争後のイラク社会の再建がいかに複雑で慎重を期さなければならないか、予言したかのような著作だった。

 そして2003年、フセイン政権が倒れると、彼もロンドンからイラクに戻り、他の亡命イラク人と同じく、戦後のイラク再建に夢を膨らませた。イラクの治安が回復せず、イラクに滞在し続けるのが困難だとわかると、結局近隣のレバノンに自身の研究所、イラク戦略研究所を設立して研究を続けた。設立初期には、アメリカの研究所や政府関係機関から資金協力を得て実施した調査も少なくない。だが、米軍のイラク駐留が終わり、国際社会のイラクへの関心が低下するにつれて、研究に資金を提供しようという欧米の政府や財団の数は、激減した。

 一年半前にこの連載で書いたのは、アラブ世界やイラクの知識人がイラク戦争をどうとらえていたかである。アラブ人知識人の多くがイラク戦争でのアメリカの軍事攻撃を糾弾しているのに、当のイラク人、特に海外に長く活動拠点を置いてきた者たちは、意外なことにアメリカ依存が強い、ということを書いた。

 また、その前の連載では、湾岸諸国などのアラブ・メディアがイラクの政権がシーア派偏向だとして批判を繰り返していることを指摘した。

「独裁と戦う」のか、「アラブの敵と戦う」のか

拡大イラク・バクダードの本市
 これらの連載で論じてきたように、イラク戦争を契機に、フセイン政権に反対するイラク人知識人と、アメリカがイラク戦争によってイランの台頭を許したことを苦々しく思うアラブ人知識人の間には、大きな認識のギャップが生まれた。現在「スンナ派対シーア派」という宗派対立としてみなされがちな中東の緊張関係は、宗派というよりもむしろ、「サッダーム・フセインのような独裁と戦うことを優先するか、アメリカやイスラエル、イランのようなアラブの敵と戦うことを優先させるか」という対立だと考えたほうが、より事態の本質を表しているのではないかと思う。

 フセイン政権の独裁に見切りをつけた亡命イラク人知識人が、本来アラブ、中東世界で批判の対象となってきたアメリカと手を組み、共同歩調をとってフセイン政権を打倒する、といった発想が生まれたのは、イラク戦争からさかのぼること12年、湾岸戦争のあとである。

アメリカに大きな影響を与えたマッキーヤの著書

 なかでも、アメリカの目をフセイン政権の「悪行」に向かせたのが、在米イラク人建築家のカナアーン・マッキーヤが1993年に出版した「残酷と沈黙」だった。これまでフセイン政権がいかに国民を弾圧してきたか、湾岸戦争直後の全国暴動の徹底した鎮圧やクルド民族に対する化学兵器攻撃の悲惨さなどを、実に心打たれる筆致で記述したノンフィクションである。

 そこでマッキーヤが「沈黙」と呼んだのは、そのイラクの独裁の恐怖に対して目をつぶって弾圧を見過ごす、域内のアラブ諸国であり、国際社会の態度である。この本が出版されるやいなや、アメリカ中で話題となり、知識人や政策決定者に影響を与えた。当時のブッシュ政権のなかで影響力を誇っていたネオコンの中心、ポール・ウォルフォヴィッツはその典型で、マッキーヤと親交を深めてフセイン政権の打倒を夢見た。

 イラク戦争でフセイン政権が倒れた後、イラク国内に入ったマッキーヤやネオコンたちが、自分たちが思い描いていたイラクの戦後が全く実現できていないことに驚愕(きょうがく)し挫折したことは、ジャーナリストのジョージ・パッカーが著書「イラク戦争のアメリカ」で描いている。マッキーヤ同様、アメリカに協力してフセイン政権打倒に協力した亡命イラク人たちの多くも、戦後のイラクがイスラーム勢力に牛耳られてしまったこと、底なし沼のように治安の悪化が深刻化したことに辟易(へきえき)して、戦後のイラク政治を担おうとする努力を放棄し、自身が亡命中に身を寄せていた欧米諸国に舞い戻った。今でもイラクは、二重国籍を認めている。現在、政権の要職にある多くの政治家たちはイギリスなどの国籍を持ち、いつでも祖国から逃げ出す準備ができている。

 不思議なことだが、イラク戦争開戦直前、ネオコンと一緒にフセイン政権を倒そうと考えていた亡命イラク人のなかには、元共産党員が少なくない。ファーリフと同じ頃にやはりイラク共産党の幹部を務めた人物に、イサーム・ハッファージがいる。ファーリフ同様、イラク社会分析に優れた著作を残した学者だが、イラク戦争が終わると同時に、米軍とともにイラクに入り、連合軍暫定当局のアドバイザーとしてアメリカの占領統治に協力した。協力しておいて、しばらく経つと「アメリカは自分たち亡命イラク人をイラク社会の内通者のように利用している」と腹を立て、もともと住んでいたオランダに戻ってしまった。

 イラク戦争開戦に至る過程で、フセイン政権に対する反体制勢力の間では、 ・・・ログインして読む
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筆者

酒井啓子

酒井啓子(さかい・けいこ) 千葉大学グローバル関係融合研究センター長

1959年生まれ。東京大学教養学部卒、英ダーラム大学修士。アジア経済研究所研究員、在イラク日本国大使館専門調査員、東京外国語大学教授を経て現職。専門はイラク政治、現代中東政治。著書に『イラクとアメリカ』(岩波新書)、『イラク・フセイン政権の支配構造』(岩波書店)、『〈中東〉の考え方』(講談社現代新書)、『中東政治学』(有斐閣)等。

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