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トランプの米朝首脳会談。その内実を探る(上)

アウトサイダー大統領の“予想外”にみえる決定の背後にある必然的な理由とは

山本章子 琉球大学准教授

予想された? 突然の方針転換

「ロケットマンは自殺行為をしている」と国連総会での演説で北朝鮮を批判するトランプ米大統領=2017年9月19日、ニューヨーク「ロケットマンは自殺行為をしている」と国連総会での演説で北朝鮮を批判するトランプ米大統領=2017年9月19日、ニューヨーク

 

昨年9月のトランプ米大統領の国連総会演説に対して声明を発表する金正恩・朝鮮労働党委員長。トランプ氏を「おじけづいた犬」「政治家ではなく、火遊びが好きなちんぴら」などとこき下ろしていた昨年9月のトランプ米大統領の国連総会演説に対して声明を発表する金正恩・朝鮮労働党委員長。トランプ氏を「おじけづいた犬」「政治家ではなく、火遊びが好きなちんぴら」などとこき下ろしていた

 今からほんの半年前、2017年9月には「小さいロケットマン」、「老いぼれの狂人」などと非難の応酬を交わしていたアメリカ、北朝鮮の両国の指導者が、2018年5月までに史上初となる首脳会談を開く方向で動き出した。「北朝鮮に対する圧力を最大限まで高めていくことで日米は完全に一致」している、とたびたび強調してきた安倍晋三政権にとっては、まさに予想外の事態である。

  ただ、予想外の事態が起きるということは、実は予想された事態ともいえる。アメリカの指導者、ドナルド・トランプ大統領の行動原理が「予想外」に根ざしているからだ。

 どういうことか? 

前例踏襲、専門家の知見には「ノ-」

 トランプ米大統領は、いわゆる“アウトサイダー大統領”である。中央政界での政治経験を持たないことを逆手にとって、既得権益とは無縁なアウトサイダーであることを強調し、「忘れられた中間層」の味方として、自身を印象づけてきた。

 したがって、トランプの行動の基本にあるのは、信念や思想ではなく、彼を支持する白人労働者層にアピールできるかどうかがすべてである。逆から言えば、前例を踏襲するとか、専門家の知見を尊重するとかいったことは、トランプにとって、アウトサイダーとしてのアイデンティティーを否定するものであり、最も忌むべき考え方なのだ。

トランプ政権にもある一貫した政策

 アメリカ人の多くは、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)がアメリカ本土に届く核ミサイルを開発することに、強い懸念を抱いている。だから、トランプが北朝鮮の核開発問題に強い関心を示したことは、なんら不思議ではない。だが、米朝首脳会談のニュースに接した人々の大半は、北朝鮮への恫喝(どうかつ)を繰り返してきたトランプが、突然、軍事オプションを捨てて外交による問題の解決を選択したように見えることに、戸惑いを隠せないようだ。

 とはいえ、実際のところ、トランプが今回、米朝首脳会談を選択したことは、突然の方針転換ではない。トランプ政権の政策を論じる際には、大統領の強烈な「個性」や、少なからず問題を抱えた「人格」ばかりが強調されがちだが、トランプ政権にもそれなりに体系的、もしくは一貫性のある政策は存在するのも事実である。

 そこで本稿では、米朝首脳会談をめぐるトランプ大統領の狙いやアメリカ国内の政治状況、トランプ政権と歴代政権の北朝鮮政策、さらに最近のトランプ大統領周辺の人事について幅広く論じることで、米朝首脳会談に向かうアメリカの内実を理解できるよう努めたい。

動き出した米朝首脳会談

 2018年3月5日、韓国(大韓民国)の特使団が、北朝鮮の首都・平壌を訪れて金正恩・朝鮮労働党委員長と会談した。特使団はその後、トランプ大統領に金委員長の親書を渡すために訪米した。

 3月8日、ホワイトハウスでトランプ大統領と面会した後、韓国の鄭義溶国家安保室長は、次のような声明文を英語で発表した。長くなるが全文を引用する。

 「私は本日、自分の最近の北朝鮮訪問について、トランプ大統領に説明するという光栄な機会を得た。トランプ大統領と副大統領、親友のマクマスター将軍(国家安全保障担当大統領補佐官)を含め、素晴らしい国家安全保障対策チームに感謝したい。
 トランプ大統領の指導力、そして国際的な一致団結と共に最大限の圧力をかけ続ける大統領の方針のおかげで、ここまでたどりついたと、トランプ大統領に説明した。文在寅大統領自ら、トランプ大統領の指導力に感謝していると伝えた。
 我々との会談で、北朝鮮の指導者の金正恩氏は、非核化への強い決意を表明したと、トランプ大統領に伝えた。金氏は、北朝鮮が今後は核ミサイル実験を控えると約束した。金氏は、韓国とアメリカの恒例の合同軍事演習は継続しなくてはならないと理解しており、トランプ大統領にできるだけ早く会いたいと前向きな意欲を示していた。
 トランプ大統領は、我々による情報の伝達に感謝し、恒久的な非核化を達成するため、金正恩氏と5月までに会うと述べた。
 韓国は、アメリカや日本、そして世界中の多くの協力相手と共に引き続き、全面的かつ断固たる強い意志で、朝鮮半島の完全な非核化に取り組んでいくつもりだ。トランプ大統領と我々は、平和的解決の可能性を試す、外交手続きの継続を楽観視している。韓国とアメリカ、そしてパートナーたちは、過去の間違いを繰り返さないよう強く要求し、北朝鮮が発言に具体的な行動を一致させるまで圧力をかけ続けると、一致団結している」

ホワイトハウスでトランプ米大統領との面会を終え、記者団に説明する韓国大統領府の鄭義溶・国家安保室長(中央)=3月8日ホワイトハウスでトランプ米大統領との面会を終え、記者団に説明する韓国大統領府の鄭義溶・国家安保室長(中央)=3月8日

 翌3月9日、トランプはツイッターに次のように投稿した。

 「金正恩は韓国特使団に非核化について話した。凍結だけじゃない。そのうえ、この間は北朝鮮はミサイル実験はしない。大きな前進だが、合意ができるまで制裁は続く。会談が計画されている!」

支持獲得の手段に過ぎない外交

 アメリカの歴代大統領のうち、北朝鮮の指導者と会った人はこれまで一人もいない。この米朝首脳会談が実現すれば、トランプがその最初の大統領となる。

 それにしても、トランプはなぜ、あれほど非難を繰り返していた金正恩からの米朝首脳会談の申し出を、すんなりと受け入れたのだろうか。

 トランプ個人に、外交に対する関心も知識もないことは、彼が大統領選に出馬する前から指摘されてきた。もちろんトランプが大統領選で掲げた公約を見ると、北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉や、環太平洋経済連携協定(TPP)からの離脱など、外交に関係する政策も少なからず含まれている。しかし、こうした外交に関する公約は、彼の主要な支持者と目された白人の労働者階級から支持をとりつけるという目的で盛り込まれた側面が強い。

 外交を支持獲得の手段と考えるトランプにとって、今回の米朝首脳会談も例外ではないだろう。それでは、どういうかたちで支持につながるのだろうか。

ロシアゲートから目をそらす「打ち上げ花火」

 まずは、現在、連邦捜査局(FBI)によって捜査が進められている「ロシアゲート」から、有権者の目をそらす「打ち上げ花火」として、この会談を使うことが考えられる。

 ロシアゲートとは、2016年の米大統領選挙において、ロシアがトランプ陣営と結託して選挙に不正介入し、トランプの勝利に加担したとされる疑惑の、日本での呼称である(アメリカでは“Russia meddling”などと呼ばれる)。疑惑の捜査を担当するロバート・ムラー特別検察官は、2018年3月末までに19人を起訴している。

 これに対して、トランプはツイッターで、ムラーの捜査は間違った前提にもとづいた偏向したものであると、極めて激しく批判をしている。裏を返せば、トランプがそれだけ、捜査の進展に強い危機感を持っていることへの表れだろう。

北朝鮮に脅威を感じる世論に応える

 アメリカ世論への配慮も透けてみえる。

 こうした政治状況のなか、2018年2月にギャラップ社がアメリカ人を対象に実施した世論調査で、「アメリカの最大の敵だと思う国はどこか」とたずねたところ、回答者の51%が「北朝鮮」と答えている。ちなみに、「ロシア」と答えた者は19%、「中国」は11%、「イラン」は7%だった。2016年2月の同じ調査で「北朝鮮」は16%にすぎなかった 。この1年で、アメリカ人の間の北朝鮮に対する脅威認識が急速に高まっていることが伺える。

 ロシアゲートで守勢に立たされているトランプとしては、世論に応える意図もあって、北朝鮮との交渉に前向きに取り組む決断をしたとも推測できる。

ペンシルベニア州補選敗北の衝撃

ペンシルベニア州連邦下院議員補欠選挙の集会で共和党候補と演壇に立つトランプ米大統領(右)=3月10日、ピッツバーグペンシルベニア州連邦下院議員補欠選挙の集会で共和党候補と演壇に立つトランプ米大統領(右)=3月10日、ピッツバーグ

 くわえて、中間選挙への布石としての面もある。

 2018年3月13日に実施された、ペンシルベニア州での連邦下院議員補欠選挙で、共和党候補が民主党候補に僅差(きんさ)で敗北したことは、米朝首脳会談の実現に向けたトランプの意欲を一層高めたと考えられる。

 選挙があったペンシルベニア州は、かつて鉄鋼業で栄えた「ラストベルト」と呼ばれる地域の一つで、2016年大統領選挙では、トランプが白人労働者の票を動員することで勝利している。

 今回の補選は、共和党が多数を占める連邦議会が減税を実現し、トランプが鉄鋼とアルミニウムに追加関税をかけることを宣言した直後に行われた。普通に考えれば、共和党候補が圧倒的に有利なはずである。にもかかわらず、共和党候補は敗れ、共和党陣営にとって、2018年11月の中間選挙に向けて、選挙戦略の見直しが迫られる結果となった。

 「減税」や「保護貿易」が、同補選で強力なカードとならなかったことを受け、トランプは中間選挙のための新たなカードを欲している。そこに飛び込んできた米朝首脳会談が、新しいカードの一つに数えられているのは間違いない。

 これらもろもろの思惑が重なった結果、動き出した米朝首脳会談。6月上旬までの開催がささやかれるが、うまくコトは運ぶのか。「下」ではアウトサイダー大統領の巨大な「個性」の影に隠れた格好になっているアメリカ外交当局の動きに目をこらしたうえで、史上初の賭けの内実について考えてみる。(次回は20日に公開予定)