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トランプの米朝首脳会談。その内実を探る(下)

アウトサイダー大統領の“予想外”にみえる決定の背後にある必然的な理由とは

山本章子 琉球大学准教授

政権発足直後から北朝鮮政策をレビュー

トランプ米大統領(右)との首脳会談に臨む安倍晋三首相=2018年4月17日、米フロリダ州パームビーチの「マール・ア・ラーゴトランプ米大統領(右)との首脳会談に臨む安倍晋三首相=2018年4月17日、米フロリダ州パームビーチの「マール・ア・ラーゴ

 「トランプの米朝首脳会談。その内実を探る(上)」では、トランプ大統領が史上初の日朝首脳会談に踏み出した背景について概観した。(下)では、一見、大胆な賭けにもみえるこの会談の行方を考えてみたい。

 トランプが大統領選挙を通じて、北朝鮮問題についてはほとんど言及してこなかったこともあり、トランプ政権は北朝鮮政策と呼べるようなものがないまま、場当たり的に北朝鮮の核・ミサイル問題に対応してきたという批判がある。

 だが、実際には、バラク・オバマ前政権からの引き継ぎの際、北朝鮮問題をホワイトハウスの外交上の最優先事項とするよう助言され、トランプの国家安全保障対策チームは、2017年1月の新政権発足直後から数カ月かけ、関係省庁を集めての北朝鮮に関する政策レビューを行っている。

目的は北朝鮮の核・ミサイル開発の中止

 その結果まとまったのが、トランプ政権発足の一カ月後に国家安全保障担当大統領補佐官となった、ハーバート・マクマスターが中心となって練り上げた「最大限の圧力と関与」戦略である。実際に戦略を策定したのは、マシュー・ポッティンジャー国家安全保障会議アジア上級部長だ。(上)の冒頭で引用した鄭義溶国家安保室長の声明内容も、こうした事実を裏づけている。

 ただ、ここで留意するべきは、「最大限の圧力と関与」戦略の目的が、北朝鮮の核・ミサイル開発計画を中止させることに他ならないという点である。核関連施設の永久廃棄などの北朝鮮の「非核化」ではないのである。

 それでは、「最大限の圧力と関与」とは具体的にどういうことか。

 「最大限の圧力」とは北朝鮮を外交的に孤立させることや、同国への軍事的な示威行動、段階的な経済制裁などからなる。他方、「関与」は、金正恩との交渉を通じて、北朝鮮にミサイルも含めた核兵器を放棄させることなどが想定されている。

 2018年2月、韓国の平昌で冬季オリンピックの開会式に参加したマイク・ペンス米副大統領は、帰路の専用機内でワシントン・ポスト紙のインタビューに応じ、北朝鮮との外交的な関与を拡大することで米韓が合意したと語った。ペンスが、北朝鮮に「最大限の圧力」をかけ続けるが、同時に無条件での対話に応じる意思がある、と述べたことは、トランプ政権の戦略に沿った発言といえよう 。

圧力と関与、クリントン政権でも

 北朝鮮に核ミサイル実験を中止させることを目的として、圧力をかけながら対話を行うというトランプ政権の政策じたいは、ビル・クリントン政権やジョージ・W・ブッシュ政権の北朝鮮政策と比べて、なんら目新しいものではない。

 たとえば、1993年に北朝鮮が核兵器不拡散条約(NPT)からの脱退を宣言し、ノドン・ミサイルの試験発射を実施した際、クリントン政権は外交交渉による問題解決を模索したが、同時に巡航ミサイルで北朝鮮の原子炉を破壊する計画を検討していた。

 最終的には、ジミー・カーター元大統領が北朝鮮を電撃訪問し、国連の経済制裁の一時停止と米朝協議の開催を条件に、北朝鮮の金日成・国家主席から核開発計画の凍結への同意を引き出したが、軍事攻撃による解決もありえたのである。

 また、1998年に北朝鮮が人工衛星の打ち上げと称して、日本の領土の上空を通過するテポドン・ミサイルを発射した際にも、クリントン政権は対北通商禁止措置を実施しながら、北朝鮮との外交交渉も行い、米朝協議が続くかぎりはミサイル実験を行わないとの言質をとっている。

90年代以降の一貫した手法

 1995年にクリントン政権が始めた、朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)による北朝鮮への重油提供を、次のブッシュ政権は2002年、米朝合意違反を理由に中止する。反発した北朝鮮は核施設の稼働や建設を再開し、翌2003年には再びNPT脱退を宣言する。

 このときにも、ブッシュ政権は中国の仲介で6カ国協議を始動、対話の回路を確保する一方で、北朝鮮の海外口座の凍結などを措置するという圧力もかけている。ただ、ブッシュ政権は、2005年の4回目の6カ国協議で、北朝鮮が核兵器を放棄すると確約した後に、バンコ・デルタ・アジアの北朝鮮口座を凍結するという愚策を犯したため、激怒した北朝鮮が地下核実験を強行する結果を招いている。

 要は、圧力と対話の両輪でもって、北朝鮮に核ミサイル実験を中止させるという手法は、90年代以降のアメリカの一貫したやり方といえる。

ティラーソン更迭の背景

トランプ大統領が次期国務長官に指名したポンペオ米中央情報局長官トランプ大統領が次期国務長官に指名したポンペオ米中央情報局長官

 2018年3月、トランプ大統領はレックス・ティラーソン国務長官を更迭し、マイク・ポンペオ中央情報局(CIA)長官をその後任に指名すると発表した。また、同じくマクマスターにかえて、ブッシュ政権で国連大使を務めたジョン・ボルトンを、新たな国家安全保障担当大統領補佐官にすえると公表した。

 ティラーソンは、北朝鮮との外交交渉を主張してきた人物である。2017年8月にはジェームズ・マティス国防長官と共に、アメリカは北朝鮮の体制変更を望んでいないと、ウォールストリート・ジャーナル誌上で表明していた。マクマスターも前述の通り、「最大限の圧力と関与」戦略を主導した人物であり、ティラーソンともども北朝鮮政策に関してトランプとの間に齟齬(そご)はないはずだった。なのに、なぜ、更迭されたのか。

 ティラーソンについては、皮肉にも、トランプが北朝鮮との交渉を本気で考えるようになったことが、国務長官の地位からの追放につながったようだ。

 米朝首脳会談というオプションが浮上するまでの間、アメリカと北朝鮮との間の交渉チャンネルを構築してきたのは、外交をつかさどる国務省ではなく、ポンペオ率いるCIAだった。CIAは韓国の諜報(ちょうほう)機関と連携しながら、北朝鮮の諜報機関を通じて北朝鮮側の代表と交渉を重ねてきたという。

 ティラーソンは、大規模なリストラを伴う国務省改革で省内を機能不全に陥らせ、在外公館が、国務長官や国務省幹部ではなく、ホワイトハウスに報告をあげるようになったことなどが理由で、トランプ大統領の側近たちから厳しく批判されてきた。米朝交渉が現実味を帯び、“成功”が絶対条件になったとき、能力が疑問視されるティラーソンよりも、交渉チャンネルの構築で実績をあげたポンペオを外交責任者の座につけた方がよい。そうトランプは考えたのだろう。

 ポンペオは、いまだ議会から国務長官の承認を得られていない。だが、トランプ大統領が18日に語ったところによれば、ポンペオ自ら北朝鮮を訪問して金正恩と協議するなど、6月初旬までの米朝首脳会談を実現すべく奔走している。ポンペオが、トランプから最も信頼を寄せられる、米朝首脳会談のキーマンであることは間違いないだろう。

マクマスター更迭の裏事情

 これに対し、マクマスターの更迭は、北朝鮮政策とは関係のない理由で決定されたようだ。

 2017年7月末に首席大統領補佐官となったジョン・ケリーは、ホワイトハウスの統治に全力を注いできた。ケリーは、トランプ大統領にあがる情報を管理し、スタッフによるリークを防ぎ、政権に混乱をもたらす人物を排除しようと努めてきた。首席戦略官だったスティーブン・バノンの解任も、ケリーの意向だといわれている。

 ケリーは、自身と同じ海兵隊出身のマティス国防長官と共に、マクマスターの更迭をトランプに具申し続けてきた。マクマスターが、人を大勢集めてブリーフィングする形式を好んだのに対して、ケリーとマティスは、トランプと個人的に話し合う形式を好んでいた。トランプがしだいに、ケリーとマティスのやり方を信頼するようになったのを好機と見た2人は、2018年3月に入って、マクマスター更迭に向けて大統領へと攻勢をかけたという。

 マクマスターの後任に指名されたボルトンは、米朝首脳会談について、トランプは北朝鮮になるべく早く核開発を止めさせることに焦点を絞る、と述べた。ボルトンの発言を見るかぎり、マクマスターがいなくなっても、トランプ政権の「最大限の圧力と関与」戦略に変更はなさそうだ。

短期間の成果を狙う?トランプ

 以上、史上初の米朝首脳会談にのぞむトランプ、そしてトランプ政権の構えについて、みてきた。そこから浮かび上がるのは

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