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諫早湾干拓で漁民とともに反旗を翻す農民たち

「開門絶対反対」から一転、「開門要求」へ

永尾俊彦 ルポライター

 「開門絶対反対」の代弁者。これが松尾公春さん(61)の役割だった。

 農林水産省が、有明海の諫早湾(長崎県)の3分の1を全長7キロもの長大な潮受け堤防で閉め切ったのが1997年。日本一の広大な諫早干潟を潰して農業用水用に淡水化された調整池と内部堤防で囲った干拓地を造成する諫早湾干拓事業が完成、2008年に営農が開始されてからこの4月で10年になった。

諫早湾干拓拡大諫早湾干拓地
 調整池は約2600ヘクタールで、国内の湖沼の面積では19番目の田沢湖(秋田県)とほぼ同じだ。この調整池の水位は沿岸低平地の排水不良対策のため、海抜マイナス1メートルに保たなければならないので、降雨の際など水位が上がるたびに潮受け堤防の排水門から排水される。

 調整池には沿岸河川水が流入しているが、その水は農業に使う建前なので一度貯め、水位が上がれば排水される。これを漁民は「わざわざ腐らせてから流しよる」と言う。水質は極めて悪く、「毒水」と呼ばれる。

 その排水で、ノリの色落ちや不漁などの漁業被害に苦しむ長崎、佐賀、福岡、熊本の有明海沿岸4県の漁民は、「開門」を訴えている。

 もちろん、現在も降雨時などに排水門を開門して排水しているが、漁民の言う「開門」とは現在のように排水するだけでなく、排水門から調整池に海水を出し入れすることだ。そうすれば調整池も排水も海水できれいになる。それで漁民は、「『開門』した上での漁業と農業の共存」を訴えている。

 他方、諫早湾干拓や沿岸の旧干拓地の農民らは、「開門」すれば調整池は海水になって農業用水がなくなり、塩害なども起こるとして「開門絶対反対」だ(実は漁民と農民は対立しているのではなく、農水省に対立させられていることは当サイトの「諫早湾干拓とは何だったのか――[16]作られた「訴訟合戦の泥沼」で既述)。

 2010年に福岡高等裁判所が漁民らの訴えを認めて「排水門の5年間の開放」を命じ、当時の菅直人首相が受け入れて判決が確定した際、逆に2013年に長崎地裁が開門差し止めの仮処分を決定した際など、節目ごとにマスコミは弁の立つ松尾さんを農民の声として取材した。

「お上の言うことは間違いなか」

開門差し止め訴訟の原告を降り、開門を求める松尾公春さん拡大開門差し止め訴訟の原告を降り、開門を求める松尾公春さん=2018年3月1日、筆者撮影
 諌早市から車で1時間ほど南の島原半島で、松尾さんは水産物の仲買業をやりながら、農業も営んでいた。諌早湾干拓は、長崎県が出資する長崎県農業振興公社が管理しているが、松尾さんは公社から「農業をきちんとできる営農者」と見込まれ、頼まれて2008年に入植した。

 島原では7つの町に合計10ヘクタールの畑が分散していたが、諌早湾干拓は1区画が6ヘクタール。「大規模で効率的な農業ができます」という公社の宣伝に魅かれた。通常、干拓地は営農者に売却されるが、諌早湾干拓では「農家の初期投資を軽減するとともに農地の分散を防止するため」という名目で、公社が農地をリースする。リース料は10アールあたり平均2万円だ。

 松尾さんは、当初12ヘクタールを申し込んだが、「もっと借りてくれんか」と頼まれ、最大で36ヘクタール、今も30ヘクタールを借りている。この10年間にリース料などで8000万円近く公社に払い、設備や機械など2億円ほどの投資もしてダイコンやレタスなどを生産してきた。

 他に美肌効果があるとされる赤紫蘇も栽培、「感動の赤しそ」という商品名のジュースにして売り出すなど意欲的に取り組み、また夜中まで畑を耕すなどの努力で「微々たるもの」だが、黒字経営を続けてきた。

 その土台である諫早湾干拓で農業ができなくなっては困る。松尾さんは、公社が言うように「開門したら農業用水がなくなり、塩害などで農業ができなくなる」と信じ込んでいた。「お上の言うことは間違いなか」。

 それで、農民らが「開門」差し止めを求める訴訟の原告にもなった。

冷害、排水不良、そしてカモの食害

 ところが、営農を続けるうちに様々な被害が顕在化してきた。

 島原半島は有明海の潮流が沿岸を流れ、内陸部より冬は暖かく、夏は涼しい。だが、諌早湾干拓は、淡水の調整池が「夏は温熱プール、冬は冷水プールになる」と松尾さんは言う。気温は諫早湾干拓と島原では5度前後違う。

 冬、諌早湾干拓で零下10度になったことがあり、倉庫のダイコンが「凍傷になって」売り物にならなくなった。5月に遅霜が降り、ジャガイモが壊滅したこともある。「だからハウス栽培が増える」と松尾さん。確かに、諌早湾干拓にはハウスが林立している。

 かつて、諌早湾干拓の前身の長崎南部地域総合開発事業(南総=注)に反対する「南総反対瑞穂農民の会」という組織があり、「諫早湾という湯タンポがあるから、豊かな諌早湾沿岸の農業が成り立っている」と主張していた(山下弘文『だれが干潟を守ったか――有明海に生きる漁民と生物』)。諌早湾の潮流が冷害を防いでいたのだ。

カモに食い荒らされたダイコンの芽の跡を見る松尾公春さん拡大カモに食い荒らされたダイコンの芽の跡を見る松尾公春さん=2018年3月1日、筆者撮影
 また、最近目立つのが渡り鳥のカモによる食害だ。カモは夜、畑を襲う。10アールの畑の300万円相当のダイコンを一晩でやられるなど松尾さんは被害を受け続けている。

 長崎県農林部農山村対策室によれば、統計を取り始めた2013年度の被害は0.1ヘクタール、18万5000円だったが、2016年度に急増、14.7ヘクタール、2284万円になった。

 なぜ被害が急に増えたのか、県は「原因は分かりません」と言うが、松尾さんは、「エサ場がないから畑の野菜を食べる」と考えている。諌早湾の閉め切り前からカモは越冬のため渡来していた。藻類など豊富なエサがあった干潟を潰した影響ではないだろうか。

 今のところ、営農者は野菜にネット(被覆材)をかけたり、カモの嫌がるフクロウの鳴き声を模した音声を流したり、爆音機をつけたり、夜間に見回ってサーチライトで照らしたりしているが、ほとんど効果はない。松尾さんは「大家」である公社に「カモのエサ場を作ってほしい」と要望している。

 さらに、営農当初から公社に改善を要望していたのが排水不良だ。土壌は干潟を干しあげた粘土質のガタ土なので、水はけが悪く、雨水が地中に滞留し、「根が酸欠になり、ダイコンも大きくならん」と松尾さん。

 公社によれば、営農者からの聞き取り調査の結果、排水不良は全147圃場(666ヘクタール)のうち45圃場(196.5ヘクタール)で約3割におよぶ。公社は、劣化した地下の排水管を再整備するなどの対策をとってはいるが、松尾さんには不十分で、「大家」の責任を果たしているようには見えない。
(注)長崎南部地域総合開発事業(南総) 1970年に策定された諫早湾全体を閉め切る干拓計画。水資源確保、畑作などが目的。諌早湾外、県外の同意を得られず1982年に打ち切り、防災を主目的にした現在の諫早湾干拓事業に転換。

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筆者

永尾俊彦

永尾俊彦(ながお・としひこ) ルポライター

1957年、東京都生まれ。毎日新聞記者を経てルポライター。1997年の諫早湾の閉め切りから諫早湾干拓事業を継続的に取材。主な著書に『ルポ 諫早の叫び――よみがえれ干潟ともやいの心』(岩波書店)、『ルポ どうなる? どうする? 築地市場――みんなの市場をつくる』(岩波ブックレット)、『国家と石綿――ルポ・アスベスト被害者「息ほしき人々」の闘い』(現代書館)など。