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エリートがダメな国はダメになる

ナチスによる占領に懲りたフランスが超エリート養成学校を創設したワケ

山口 昌子 在フランス・ジャーナリスト

ナチス侵攻を許したダメエリート

 財務次官のセクスハラスメント辞任事件で思い起こすのは、「エリートのダメな国はダメになる」との警告、危惧、慨嘆から、高級官僚養成所の国立行政学院(ENA)を創設したフランスの事例だ。

 ENAがつくられた背景にあったのは、第2次世界大戦で第3共和制がアッという間に崩壊し、独ナチスの侵攻を許したのは、国家の土台である高級官僚がしっかりしていなかったことにも一因があったという考えだ。今やマクロン大統領をはじめENA出身者(エナルク)が政財界のトップの多くを占めるに至り、それによる弊害も指摘されているが、少なくとも彼らは、女性記者を相手にセクハラ発言をして辞任に追い込まれた日本の財務次官のような、文字にするのも汚らわしい下卑た低劣な会話はしていないはずだ。

国立行政学院(ENA)出身のエリートであるマクロン大統領拡大国立行政学院(ENA)出身のエリートであるマクロン大統領

国家的事業だったENA創設

 ENA創設はフランスの第2次世界大戦後の国家的事業だった。フランスは辛うじて戦勝国になったが、ナチスの占領を許したのは、「エリートが責任をはたさなったからだ」と歴史家のマルク・ブロックはその名著『奇妙な敗北』で指摘し、エリートを断罪している。つまり、「エリートのダメな国はダメになる」という強い警告だった。

 レジスタンスを率いてナチスと戦い、戦後、政権に就いたドゴール将軍も同じ思いから、エリート教育の必要性を痛感した。戦前、政府の外交、国防のトップや議員らは、ヒトラーの侵攻を手をこまねいて許したばかりか、戦時中はむしろ進んで対独協力に走り、結果的に国家を裏切ったからだ。

 ドゴール将軍は、特に国家の土台であるべき高級官僚に、三色旗とラ・マルセイエーズに代表されるフランス共和国の理念「自由、平等、博愛」を死守する気概がまったくなく、理念とは正反対のヒトラーの全体主義に屈したことを重く見て、高級官僚養成所としてENAの創設を決意した。

ENAの4つの目的

 1945年10月9日に政令として発令されたENA創設の「趣意書」には、「行政の全面的改革はたとえ、1940年の事件(パリ陥落)前からかせられていた」とはいえ、今こそ実施のときだ、と官僚組織の改革の必要性を強調。ENAの目的として、①国民的アイデンティティーの再建②官僚の社会的階級からの独立③国益最優先のために各官庁間の隔絶解消④政治からの独立――を規定した。

 ②は、戦前の階級制度から脱してフランス全土から優秀な人材を広く募るという、共和国の理念の一つ「平等」の精神の実現。③は、省庁の利益より国益という考えを徹底させ、同じ価値観を持った公務員を各省庁に配属させるのが狙いだ。また④は、各自が支持政党は持つのはいいが、職務にあたってはあくまでも政党やイデオロギーとは距離を置き、公平な裁断を目指すということだ。

 この規定に照らすと、予算を握っている財務省のエリート官僚であっても、他の官庁と同等という意識をもつことになる。「最強の官庁」という自意識から「何をしても許される」という驕(おご)りさえ垣間見える日本の財務官僚との差は大きい。日本のメディアも、財務省をやれ「最強」だの、「エリート中のエリート」などと囃(はや)し立てるのはやめた方がいい。

倍率10数倍の「狭き門」

 ENAでは、27カ月間の授業のうち、1年間は地方自治体や在外大使館など外国での実習、残りはストラスブール(仏東部)の校舎で国内行政(欧州連合=EUを含む)、公共管理、経済分析、司法、予算、財政、外交など官僚に必要な最低限の知識を学ぶ。

 毎年の合格者は80~100人。春に願書を提出し、夏に筆記試験、秋に合格者が発表されるが、倍率は10数倍という「狭き門」だ。願書を提出できるのは、一つ以上の高等教育の免状のある者。ほかに3年以上の公務員経験者や10年以上の就業経験者、また外国人の枠組みがある。通常、「エナルク」と呼ばれるのは、この80人前後の合格者を指す。創立以来、フランス人のエナルクは約6500人、外国人は365人(2016年現在。ENAの公式サイトから)だ。

 エリート養成機関として評価される一方、近年は創立当初の理念が徐々に失われているとも。また、官界はもとより、政界や財界のトップもエナルクが占めるようになり、「権力の苗場」としての弊害も指摘される。実際、創立以来、マクロン大統領を含めて大統領を4人、首相は現在のエデュアール・フィリップ首相を含めて8人、閣僚になると、それこそ数え切れないぐらい輩出している。

愛憎半ばするエナルク

 フランスでは、「最も嫌われているのがエナルクなら、世の親たちが最も希望するのは息子、娘がエナルクになること」と言われる。 ・・・ログインして読む
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筆者

山口 昌子

山口 昌子(やまぐち しょうこ) 在フランス・ジャーナリスト

産経新聞パリ支局長を1990年から2011年までつとめる。著書に『ドゴールのいるフランス』(河出書房新社)、『フランス人の不思議な頭の中』(KADOKAWA)、『原発大国フランスからの警告』(ワニブックスPLUS新書)、『フランス流テロとの戦い方』(ワニブックスPLUS新書)、『ココ・シャネルの真実』(講談社+α新書)、『パリの福澤諭吉』(中央公論新社)など。ボーン・上田記念国際記者賞、レジオン・ドヌール勲章シュヴァリエを受賞。

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