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憲法より先に論じるべき「戦後の国体」

日本を規定するのは憲法ではなく、天皇制ピラミッドの頂点に米国をいただく「国体」だ

白井聡 京都精華大学人文学部専任講師

 

白井聡さん拡大白井聡さん

  自民党が憲法9条への自衛隊の明記をはじめとした4項目の改憲案をまとめました。党大会での改憲案の提示こそありませんでしたが、憲法改正を悲願とする安倍晋三首相の意欲は依然、衰えてはいないと思います。

 しかし、そもそも改憲とか護憲とか言う以前に、きちんと認識し議論しておかなければならないことがあると私は思います。それは他でもない。2018年の時点における日本の現実、国のありようです。憲法というものが、国の存立の基本・原則を定める根本法である以上、国の現状について知っていなければ、話になりません。

戦後も生き残った「国体」の概念

  近著『国体論―菊と星条旗』(集英社新書)で書いたように、私は現代日本の入り込んだ奇怪な逼塞(ひっそく)状態を分析・説明できる唯一の概念は、「国体」だと考えています。ただ、そう私が述べると、当然、以下のような疑問が出るでしょう。「戦前の時代はともかく、戦後には『国体』は死語ではないのか」と。

 「戦前の国体」とは何か。それは、天皇を頂点に戴(いただ)いた「君民相睦み合う家族国家」を理念として全国民に強制する体制のことでした。この体制は、「国体」に反対したり批判したりする人たちを打ち倒し、破滅的な戦争へと突き進み、内外に膨大な犠牲者を出したあげくに崩壊しました。

 そんな「国体」は戦後、GHQによる諸改革で打ち壊され、現代のわれわれの政治や社会は「国体」とは無縁のものになっているというのが一般的な認識でしょう。しかし、私はまったく逆の考えを持っています。

 すなわち、「国体」は表面的には廃絶されたけれど、実は再編されたかたちで生き残った。この再編劇において、決定的な役割を果たしたのはアメリカでした。その結果、天皇制というピラミッドの頂点にアメリカを鎮座させるかたちの、いわば菊と星条旗が結合した「戦後の国体」が、戦後日本の国のかたちを規定し続けてきたのです。

破滅の途をたどる「戦後の国体」

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 この「戦後の国体」はいま、明らかに破滅の途(みち)を歩んでいます。かつて「戦前の国体」が自滅の道行きを突っ走ったのと同じように、です。「失われた20年」あるいは「30年」という逼迫(ひっぱく)した状態は、戦後民主主義と呼ばれてきたレジームの隠された実態が「戦後の国体」であったがためにもたらされたものにほかなりません。

 『国体論』で私は戦前と戦後の「国体の歴史」について詳述しましたが、本稿ではそこで得られた認識をもとに、安倍首相や自民党「右派」が今の日本において進めようとする憲法改正について、考えてみたいと思います。

砂川事件にみる「おぞましさ」

 憲法とは国の最高法規です。それ以上の法的権威はないはずです。ところが、憲法のそうした位置づけを疑わせる「事件」が60年前に起きています。その事件、砂川事件から話をはじめましょう。

 敗戦から10年余、1950年代半ばの東京都北多摩郡砂川町(当時。現在の立川市)では、米軍立川航空基地の拡張に反対する現地住民や活動家と、測量を強行しようとする政府側の対立が激化の一途をたどっていました。ついに57年7月8日、測量阻止のデモ隊が基地の柵を壊して内部に不法侵入したとして、23人が逮捕、7人が起訴されます。世に言う砂川事件です。

立川基地内民有地収用の測量の警備に出動した警官隊と有刺鉄線のバリケード越しににらみ合う反対派=1957年7月8日東京都北多摩郡砂川町拡大立川基地内民有地収用の測量の警備に出動した警官隊と有刺鉄線のバリケード越しににらみ合う反対派=1957年7月8日東京都北多摩郡砂川町

 裁判がはじまり、第一審で「日米安全保障条約は憲法違反である」と断じた「伊達判決」が下されます。驚愕(きょうがく)した日本政府は跳躍上告し、同年のうちに最高裁は一審破棄、伊達判決を完全に否定する判決を下します。

 最高裁は「米軍の駐留は憲法や憲法前文の趣旨に反しない」とし、「日米安保条約のように高度な政治性を持つ条約については、きわめて明白に違憲無効を認められない限り、違憲かどうかを司法が判断することはできない」と〝統治行為論〟を援用した判決を下しました。

 一審の判断を最高裁が覆したこと自体は、日本の三権分立の形式性の実態に照らしてみて、驚くには値しないかもしれません。ただ、この最高裁判決が出されるに至る過程は、およそ独立国とは思えないおぞましいものでした。

憲法より上位にたつ日米安保条約

 伊達判決に驚いたアメリカの当時の駐日大使ダグラス・マッカーサー二世は、判決が無効化されるよう、当時の藤山愛一郎・外相や田中耕太郎・最高裁長官に圧力をかけました。あろうことか田中長官はマッカーサー大使に、どういう判決がいいかお伺いをたてています。つまり、最高裁の判決は「駐日米大使から指示と誘導を受けながら」書かれたものなのです。

 砂川事件・判決の経緯から読み取れるのは、日米安保条約が日本国憲法の上位にあるという構図です。憲法学者の長谷川正安は、日本には日本国憲法と安保法体系の「二つの法体系」が存在し、後者が前者に優越する構造があると論じましたが、正鵠を射ています。そして、この構図は現在も変わりません。

 憲法改正に踏み込むのであれば、こうした現実を前提に議論をしないと、改憲を唱えるのであれ、護憲を主張するのであれ、意味のない議論になります。

9条改正で自立性が失われる?

自民党大会で演説し「結党以来の課題である憲法改正に取り組む時がきた」「自衛隊を明記し、違憲論争に終止符を打とうではありませんか」などと訴えた安倍晋三首相=3月25日拡大自民党大会で演説し「結党以来の課題である憲法改正に取り組む時がきた」「自衛隊を明記し、違憲論争に終止符を打とうではありませんか」などと訴えた安倍晋三首相=3月25日

  安倍首相や首相を後押しして改憲を主張する「右派」の人たちは、こうした現実に対して徹底的に目を閉ざしています。

 自民党の9条の改憲案は以前より随分トーンダウンし、1、2項をそのままに自衛隊を明記するというものになっていますが、本来の彼らの望みは、改憲で軍事力を堂々と保持したいということでした。

 首相や「右派」の人たちにとって、軍事力の保持を否定する戦後憲法は「みっともないもの」です。では、軍事力を保持できる憲法にすれば国の自立性を取り戻せるかというと、前述の「二つの法体系」のもとでは、まったく逆です。

 これまでアメリカの軍事的な要求に対し、日本が一応の自立性を発揮して100%のお付き合いをせずにすんだのは、憲法があったからこそ。9条から歯止めの部分をなくすと、アメリカの要求を断る理由がなくなってしまう。アメリカは日本の軍事力を米軍の補助戦力に使いたいので、要求はますます強まるでしょう。

死語ではない日本の「国体」

 なぜ、このような状況になっているのか。背後に透けて見えるのは、本稿の冒頭で述べたアメリカを頂点にする「戦後の国体」の存在です。

 そもそも「国体」とは何か? 歴史をひもといて説明します。 ・・・続きを読む
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筆者

白井聡

白井聡(しらい・さとし) 京都精華大学人文学部専任講師

1977年生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業、一橋大学大学院社会学研究科総合社会科学専攻博士後期課程単位修得退学。博士(社会学)。専攻は政治学・社会思想。著書に『永続敗戦論――戦後日本の核心』(太田出版)、『未完のレーニン――〈力〉の思想を読む』(講談社選書メチエ)、『「物質」の蜂起をめざして――レーニン、〈力〉の思想』(作品社)『国体論――菊と星条旗』(集英社新書)。共訳書に、スラヴォイ・ジジェク『イラク――ユートピアへの葬送』(河出書房新社)、監訳書にモイシェ・ポストン『時間・労働・支配――マルクス理論の新地平』(筑摩書房)。

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