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金正恩氏は本当に核を放棄するのか

融和演出で統一に力点がおかれた南北会談。世界が注視する朝鮮半島の非核化の行方は

高橋 浩祐 国際ジャーナリスト

握手、抱擁、ジョーク……

板門店での歓送公演の後、別れのあいさつをする北朝鮮の金正恩委員長夫妻と韓国の文在寅大統領夫妻=4月27日拡大板門店での歓送公演の後、別れのあいさつをする北朝鮮の金正恩委員長夫妻と韓国の文在寅大統領夫妻=4月27日

 固い握手、熱い抱擁、冗談の言い合い、さらには夫人を交えた和気藹々(あいあい)の夕食会ーー北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が4月27日、北の最高指導者として歴史上初めて軍事境界線を越え、韓国の文在寅大統領と会談した。

 場所は、国連軍兵士と北朝鮮兵士が最前線で対峙(たいじ)し、いつ銃撃戦があるとも分からない緊迫感が漂う板門店。朝鮮半島の分断と対立の象徴となる同地で、両首脳が南北融和を演出した。

 南北首脳は「完全な非核化を通じて、核のない朝鮮半島を実現するという共通の目標を確認した」という板門店宣言に署名した。世界が、来たるべき史上初の米朝首脳会談に注目するなか、はたして金正恩委員長は本当に核を放棄するつもりなのか。戦略的に核放棄を決断したのか。

ユーフォリアに包まれる韓国メディア

 本論に入る前に、今回の南北首脳会談をめぐる日米メディアの報道ぶりや南北の統一問題について少し触れたい。せっかくの大イベントである。歴史的な背景や朝鮮の人々の思いについても考察してみたい。

 韓国メディアの中には、「“平和の大転換”もたらす板門店南北首脳会談」(ハンギョレ新聞)などと歴史的な瞬間を目の当たりにし、高揚感や陶酔感を伝える社説や記事が目立った。韓国メディアの報道ぶりについて、28日付の朝日新聞は「各紙ともに、正恩氏や妻李雪主(リソルチュ)氏が夕食会などで見せた打ち解けた姿については、好意的に手厚く紹介した」と伝えた。

 対照的に日米メディアの中には、今回の南北首脳会談について冷ややかに伝える記事も少なくない。例えば、米紙ウォールストリート・ジャーナルは27日付の社説で「Korea Summit Hype」(南北首脳会談の高揚感に惑わされるな)と銘打ち、「韓国政府は北朝鮮の巧言だと知りながら、その意味を世界に向けて誇大宣伝することを選んだ」と批判した。「南北首脳会談は偽装平和ショー」と題する記事を掲載した日本メディアもあった。

 筆者は、今回の南北首脳会談のような画期的な出来事によって、韓国の国民も北朝鮮の国民も、ある種のユーフォリア(熱狂・酔狂)に包まれることは当然だと思っている。なぜなら、彼らはナショナル・アイデンティティー(民族と国家の同一性)や民族の自尊心をこれまでずっと傷つけられたからだ。

朝鮮半島は「クジラに囲まれたエビ」

 歴史を振り返れば、朝鮮半島は、中国、日本、ロシア、米国、モンゴルという世界列強の「クジラに囲まれたエビ」と言われてきた。20世紀前半は日本の帝国主義的植民地となり、同世紀後半は東西陣営対立の冷戦の最前線に置かれた。朝鮮の人々にとって、第2次世界大戦の終わりは冷戦と朝鮮戦争の始まりを意味した。

 南北を分断する北緯38度線は、1945年8月にディーン・ラスクら当時の米軍幹部2人がわずか30分間で決めたとされる。また、1950年6月に始まった朝鮮戦争は、同年1月に当時のディーン・アチソン国務長官が「米国のアジア防衛ラインから朝鮮半島は除外される」と発言したことで北朝鮮の攻撃を招いたとされる。

 こうした歴史的背景を受け、これから先はできる限り、大国の介入に振り回されずに、南北で自主的に朝鮮半島の未来を築きたいとの思いや願いが、今回のような重大イベントに際して表に出てくるのは、健全なナショナリズムの発露とも受け取れる。

非核化問題より「自主統一」

 こうしたナショナリズムや民族愛を背景にしてか、今回の南北首脳会談においては、世界の注目が北朝鮮の「非核化」問題に集まっていたのとは裏腹に、南北間では「統一」により力点が置かれたようだ。

 文大統領は南北首脳会談で、統一旗の色である青色のネクタイを着用した。側近を外して2人だけで44分間も散策した「徒歩の橋」やベンチの色も青。金委員長の妹の金与正氏の手帳のカバーも青色だった。色だけなく、統一旗の飾り付けを乗せたマンゴームースなど、統一を意識させる演出が全般に目立った。

 そして、文大統領は共同発表の壇上で、「民族の念願である統一を我々の力で成し遂げるために大きな一歩を踏み出した」と力説してみせた。

 発表された板門店宣言は3章で構成され、(1)南北関係の改善(2)朝鮮半島の緊張緩和(3)平和体制の構築の順に並ぶ。南北の「自主統一」が最初の項目の中で取り上げられる一方、「非核化」が登場するのは実に最後の(3)の項目となった。

南北統一の流れを加速する文政権

 親北派の文政権は金大中、盧武鉉の両政権と同様、南北統一の流れを加速しようとしている。昨年7月には北朝鮮に対して「新ベルリン宣言」を発表。西ドイツによる東ドイツの吸収統一のように北朝鮮を吸収統一するのではなく、かつての欧州共同体(EC)のような経済共同体構想を打ち出した。一方の北朝鮮は長期目標として、労働党規約と憲法にあるように、朝鮮半島を北朝鮮主導で統一することを目指している。

 いずれにせよ、今後は南北関係の改善を進めながら、「我が民族の運命は我々が決定するという民族自主の原則」(板門店宣言)の下、自主統一の雰囲気が醸し出されていくことになりそうだ。

 ソウルにいる筆者の韓国人の友人たちも、非核化問題より統一問題に関心が向いていた。平和共存や統一に向けた協議プロセスの中で、核問題も解決できると思っているかのようだ。

核だけではない韓国にとっての脅威

フェンスの向こう側は非武装地帯(DMZ)。警備は厳重だ=韓国北西部で拡大フェンスの向こう側は非武装地帯(DMZ)。警備は厳重だ=韓国北西部で

 非核化について付言すれば、韓国にとっては核だけが脅威ではない。ソウルは南北の軍事境界線から40㌔しか離れてない。北朝鮮軍は非武装地帯(DMZ)近くに長射程火砲を重点配備し、その数は多連装ロケット砲など数千門にのぼるとされる。

 戦争になれば、ソウルには1時間あたり50万発の砲弾が降り、最初の24時間での死傷者が100万人に達するとの推計もある。ソウル首都圏には、韓国総人口の約半分の2500万人が住んでいるが、有事には通常兵器だけでも、北朝鮮が警告するようにそこが「火の海」になりかねない。

 脅威とは、「意図」と「能力」によって構成される。北朝鮮が通常兵器によってソウルを火の海に化す「能力」を有し、韓国もそれを破壊できない以上、北の攻撃の「意図」を無くしていくしかない。核兵器と同様、北が「能力」を有してしまった以上、対話と関与で相手の「意図」を無くしていくことが極めて重要になる。

北朝鮮がいう「核のない朝鮮半島」とは

 今回の会談で、南北首脳は「完全な非核化により、核のない朝鮮半島の実現という共通の目標を確認した」とする板門店宣言に署名した。

 米国は父ブッシュ政権下の1991年、当時の盧泰愚大統領による「朝鮮半島非核化宣言」を受け、在韓米軍の戦術核を朝鮮半島から全て撤去した。南北朝鮮は同年、南北非核化宣言を発表した。では、北のいう「核のない朝鮮半島」、つまり、朝鮮半島の非核化とは何を意味するのだろうか。 ・・・ログインして読む
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筆者

高橋 浩祐

高橋 浩祐(たかはし・こうすけ) 国際ジャーナリスト

英国の軍事専門誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー」東京特派員。1993年3月慶応大学経済学部卒、2003年12月米国コロンビア大学大学院でジャーナリズム、国際関係公共政策の修士号取得。ハフィントンポスト日本版編集長や日経CNBCコメンテーターを歴任。朝日新聞社、ブルームバーグ・ニューズ、 ウォール・ストリート・ジャーナル日本版、ロイター通信で記者や編集者を務める。

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