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お母さんの無償の愛は300万円!(上)

「道徳」が春から小学校で教科化。定番の教材を使った授業が浮き彫りにしたものとは

杉原里美 朝日新聞専門記者

男の子の目に涙が……がネットで話題に

「ブラッドレーのせい求書」が掲載された副教材「わたしたちの道徳」拡大「ブラッドレーのせい求書」が掲載された副教材「わたしたちの道徳」

 ほかの人と違う意見を堂々と発表したのに、クラスのみんなに笑われて、先生にも受け止めてもらえなかった男の子の目に涙が……。

 4月23日放送のNHK「クローズアップ現代+」で映し出されたシーンが、インターネット上で話題になった。番組は、今春から小学校で教科化された「道徳」をテーマに、実際の授業にも密着。先生と子どもたちとのやりとりや戸惑いを描いていた。

 冒頭のシーンは、杉並区立小学校の4年生の教室でのできごと。男の子の涙が衝撃的だったのか、ツイッターでは、10万件を超える「いいね」が付いたツイートもあったほどだ。

「お母さんのせいきゅう書」という物語

 なぜ、こんなことになったのか。問題の場面で使っていた教材は、「お母さんのせいきゅう書」という教科書に載っている物語だった。まず、そのあらすじを紹介する。

 ある日曜日の朝、主人公のたかしがテーブルにつくと、お母さんのお皿の近くに1枚の紙切れをおきました。それは、お母さんへのせいきゅう書。「お使い代」「おそうじ代」「おるすばん代」で合計500円と書かれていました。それを見たお母さんは500円をお皿に添えて、たかしへのせいきゅう書をおきます。病気をしたときの看病代、洋服や靴、おもちゃ代などの項目はすべて0円で、合計も0円。読み終わると、たかしの目には涙があふれました――。

 物語を読んだ後、先生は、「お母さんは、どんな気持ちだった?」と問いかけた。子どもたちからは、「私の宝物はたかしだから、お金なんてもらわないよ」「お金の代わりに成長を見せてね」など、お金を請求しなかったお母さんを支持する意見が相次いだ。

教室は笑いに包まれたけど……

 その中で一人だけ異なる意見を発表したのが、冒頭の男の子だった。男の子は、お母さんの気持ちをこんなふうに想像した。

 「子どもっていいな。えらいことするとお金がもらえるから、私も子どもがいいな」

 教室は笑いに包まれた。しかし、先生は男の子の意見を受け止めることなく、「でも、お母さんは0円の請求書を渡した」と言ったのだった。予想外の意見が出たことに驚き、ほかの子と同じ答えに導こうとしたのかもしれない。

 男の子は涙を流し、それ以上、意見を言うことはなかったという。「男の子の家庭は共働きだ」というナレーションも挿入された。

 「あの子の主張は決して間違いではない。多様性はどこへ」
 「親の立場として、最初のVTRは涙が出た」

 ツイッターでは、番組終了直後から、この授業に疑問を投げかける声が次々に投稿された。

「無償の愛」が見えなくするもの

 そもそも、「お母さんもお小遣いがほしい」という男の子の考えは、先生が修正しなければならないほど珍しい意見だったのだろうか。

 家事や子育てなど家庭内の「無償労働」は「アンペイドワーク」とも呼ばれ、女性に押しつけられていることが問題視されている。

 1995年の「世界女性会議」以降、無償労働を貨幣評価して可視化する試みが盛んになった。日本でも97年から4回、内閣府が推計している。直近の2013年には、11年時点の無償労働を推計。その結果、日本の無償労働の総額は、GDP換算で97兆~140兆円にのぼるとされた。

 専業主婦1人あたりの年間の無償労働は304.1万円、有業の既婚女性は223.4万円で、男性の平均は51.7万円だった。母親の家事や育児を「無償の愛」と決めつければ、こうした男女の偏りも見えなくなってしまう。

 2016年に放送されたTBSのドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」が社会現象にまでなったのも、主人公の女性が家事をして、同居人の男性から給料を受け取り、対等なパートナーシップを模索する姿が、多くの人から共感を得たからではないだろうか。

 とすれば、男の子の意見は、的を射た意見だったともいえる。

「道徳」で教えるべき22の「価値」

 こうした「無償の愛」の授業は、全国の学校で行われている可能性もある。

 「お母さんのせいきゅう書」は、小学3、4年生の道徳では定番の教材だ。小学校の道徳教科書を発行する8社すべてで採用されている。文部科学省が2014年から配布している副教材「わたしたちの道徳」(小学校3、4年)にも、「ブラッドレーのせい求書」という題名で載っている。出典は、上村哲弥訳「子供研究講座第九巻」(先進社)とある。道徳が正式な教科になる前から、先生たちにはなじみの深い教材だったようだ。

 とはいえ、この一件では、授業を一定の方向に進めようとした先生だけを責めることはできないだろう。 ・・・ログインして読む
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筆者

杉原里美

杉原里美(すぎはら・さとみ) 朝日新聞専門記者

1969年、長崎県生まれ。92年に入社し、熊本支局、福岡本部報道センター社会部、東京本社くらし編集部、社会部・教育班などを経て、2018年4月から朝日新聞専門記者(家族、教育分野などを担当)。家族をめぐる法律や社会保障、家計などを取材。「徹底検証 日本の右傾化」(筑摩選書)で教育分野を執筆した。