各社で少しずつ違う教材選びの視点。影響力の大きい道徳の教科書に関心をもってみては
2018年05月13日
前回、「お母さんの無償の愛は300万円(上)」に引き続き、この春から教科化された道徳について考えたい。今回は道徳教科書の内容をめぐって。
4月から使われている小学校の道徳教科書は、文部科学省の検定に合格した8社が発行している。各社とも1年から6年まで学年ごとに1冊ずつあり、子どもが感想などを書き込むノートをつけたり、学習の「ふりかえり」として矢印や顔マークなどで自己評価をする欄を設けたりしているところもある。掲載されている読み物などには、学習指導要領に定められている教えるべき内容(「節度、節制」など)の22項目のどれに対応しているかが明記されている。
どれも似たような構成になっているが、違いはあるのだろうか。
各社の教科書を開いてみると、複数の教科書に載っている人気の教材があることに気づく。たとえば、5、6年の定番は、「手品師」という物語だ。
腕はいいが売れない手品師がいる。ある日、街角で寂しそうな男の子に出会い、手品を見せたところ、男の子は明るさを取り戻した。明日も来ることを約束して別れたが、その晩、遠方に住む友人から電話があり、「明日、大劇場に出られる」と告げられる。有名になるチャンスだ。手品師は迷いに迷って……。
さあ、どうする?
『「特別の教科 道徳」ってなんだ?』(「道徳の教科化を考える会」宮澤弘道・池田賢市編著)に挙げられている授業の実践例では、ここで読むのを中断している。
この時点で、クラスの7割の子が、「男の子をステージに招待すればよい」と答えた。「男の子のお母さんと手品師が再婚すればいい」(再婚家庭の子)、「もうけてもうけてもうけまくったほうがいい」(生活保護家庭の子)などの意見もあった。
ところが、最後まで読んだクラスの子どもたちは、「手品師が男の子との約束を守って、街角で手品をする」という結末を知ることに。途中の場面で「男の子との約束を優先」とした子どもたち(1割)から、「よっしゃ! 正解!」の声があがり、「ステージに招待」と提案した8割の子たちも、結末を支持する意見に変容したという。
教科書の持つ力は、これほど大きいことに驚く。
ちなみに、「手品師」は学習指導要領の「正直、誠実」に対応している。
「正直、誠実」の5、6年には、「誠実に、明るい心で生活すること」と書かれている。1、2年は「うそをついたりごまかしをしたりしないで、素直に伸び伸びと生活すること」だ。つまり、手品師が噓をつかずに男の子の前で手品を見せるという判断は、学習しなければならない「価値」だったのだ。
それにしても、「素直に伸び伸び」にせよ「明るい心で」にせよ、子どもの生活態度まで国が決めるのは、妥当なことなのだろうか。
結論が決まっている物語が並ぶ道徳教科書だが、中には、子どもたちに考えさせる「工夫」がうかがえる教材もある。
光文書院の4年「どっちがいいか」は、「ルールがある村とルールがない村、どっちがいいでしょうか」と問いかける。
ルールがなく自由だけれど、争いの絶えないあさひ村。村人たちは、相談してたくさんのルールを作った。「人のことをわらってはいけません」「人に出会ったら、あいさつをしなければいけません」「家の中で、ねそべったり走り回ったりしてはいけません」……。争いはなくなったが、しばらくすると、人々はたくさんのルールを少し窮屈に感じるようになっていく――。
同社の教科書には、「みんなでつくろう! がっきゅうルールブック」(3年)や、「いらなくなったきまり」(6年)などもあり、「ルールを絶対視するのではなく、自分たちで考え、つくったりやめたりすることができる」という視点が感じられた。
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