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北朝鮮から解放されて帰国し、喜びを体で表す牧師のキム・ドンチョル氏(右端)、平壌科学技術大運営関係者のキム・ハクソン氏(右から4人目)、同大教授のキム・サンドク氏(右から5番目)。トランプ大統領らが出迎えた=2018年5月10日、米ワシントン郊外のアンドルーズ空軍基地、ランハム裕子撮影拡大北朝鮮から解放されて帰国した3人をトランプ大統領たちが出迎えた=2018年5月10日、アメリカのアンドルーズ空軍基地 撮影・ランハム裕子

5月8日(火) 朝10時にニューアーク空港近くのホテルをチェックアウト。同じニュージャージー州内に住む元外交官のお宅を訪ねる。東アジア担当だったEvans Revere氏だ。旧知のRevere氏が、対イラン核合意からの撤退と、目下進行中の米朝首脳会談に向けた動きをどう見ているのか。緑に恵まれた閑静な住宅地だが、この冬は雪が多くて大変だったという。Revere氏は、長年の対北朝鮮外交の経験を踏まえた上で「北朝鮮は決して核兵器を手放さないだろう」という悲観論の立場にあった。対イラン核合意撤退については非常に怒っていた。

 その後、NY州在住の元駐韓大使Donald Gregg氏のご自宅へと移動。90歳とは思えない抜群の記憶力と鋭い洞察力に舌を巻く思い。Gregg氏は「結局のところは(eventually)北朝鮮は核兵器を放棄せざるを得ない」という楽観論に立つ。朝鮮半島の変転と運命に対する思いは格別のようだった。話があまりにも多岐にわたり面白いので随分時間を費やしてしまった。

 その後、NY支局を表敬訪問。キムと久しぶりに顔を合わせた。19時のアムトラックでワシントンDCへと移動。とても混んでいた。列車の運行が1時間近く遅れてユニオンステーションに到着したのは結局午後11時を過ぎていた。取材・撮影と長時間移動を繰り返していて、本当に今回は体が相当に消耗している。ホテルにチェックインしたら、もうバーも閉まっていた。喉がカラカラだ。

トランプに向かって叫ぶ!

5月9日(水) 朝早くメリーランド州の国立公文書館へと移動。ワシントンDC支局表敬。支局長が交代したばかりのワシントン支局はとんでもない忙しさに見舞われていた。何というタイミングか、今日の夜中、日付をまたいで午前2時すぎにアンドリュース空軍基地に北朝鮮から解放された3人のアメリカ人が還ってくるのだという。それでちょうど今、ホワイトハウスのプレスオフィスが取材登録を受け付けているとのこと。せっかくの機会なので登録することにする。すると「受け入れOK」のメールが2時間ほどしてから返ってきた。何というラッキーなタイミング。ふだんのトランプのメディア対応なら絶対にありえないサービスぶりだ。

 DC支局のそばでかつての取材関係者らと打ち合わせ。夜10時15分、支局から岩田DC支局長らのクルーの車に、Kディレクターと僕が便乗させてもらい、アンドリュース空軍基地へ。ワシントン支局勤務時代、ここを何度も訪れた記憶がよみがえってくる。ブッシュ大統領の外遊に同行取材する場合は、プレスチャーター機がここから飛び立つ。それで何度もここにやって来て待たされた。ホワイトハウス・チャーターの同行機には当時不愉快な慣習があって、同じ料金を支払うのに、NYタイムズやAPといったアメリカのプレスは、ファーストクラスやビジネスクラス席に振り当てられ、アジア人ら他の国のプレス(当時は圧倒的に日本の同行取材が多かった)の記者らはエコノミー席に押し込まれていた。それである記者が抗議をしたところ、次の回1回だけビジネス席に振り分けられたことがあった。遠い過去の話だ。

 基地に取材に来たのはかれこれ150人は超えていたか。その中に懐かしい顔があった。日テレDC支局のAさんや元テレ朝DC支局で今は独立したEさん。Eさんは非常に忙しそうで、この取材はAPの仕事として来ていた。ABCやアメリカメディアからの仕事の依頼が増えているという。いいことだ。軍用犬も使った手荷物チェックを受け、バスに乗って到着地点のメディア用ひな壇へ。熾烈な場所取りがもう終わっていた。それで最前列に脚立を立てていたら、相当肥満気味の女性係官(おそらく軍の広報)が「そこはフォックスニュースの場所だわよ。どきなさい」とか喚いてきた。

 僕らの正面の滑走路には、消防用のはしご車が2台とまっていて、そのはしごの先2基で巨大な星条旗が掲げられていた。いかにもトランプ的。横にいたアメリカ人記者が「下品だ」と言っていた。Kディレクターと相談して場所を確保したが、他の同業メディアに脚立がどんどん僕らの近くに立てられる。言葉を聞く限り、中東のテレビ局だ。さっきからずっと10分以上リポートし続けている。

 基地の兵士たちが集まってきている。よくわからないが、野次馬のような感じ。手に手にスマホを持っている。やはり見たいのだ、解放されたアメリカ人が帰還してくるシーンを。DC支局の岩田支局長は、日本の夕方のニュース時間用に生中継で対応している。僕らはミニマム2人組でKディレクターがデジカメで撮影してくれる。最初にペンス副大統領の乗ったヘリが到着。次に大統領夫妻の乗った専用ヘリ、マリーン1が到着。さらにポンペオ国務長官(今回の3人を連れ帰ってきたいわば主役)を乗せた小型機が着陸する。到着した大統領らは基地の建物内で待機している。

 北朝鮮から解放された3人を乗せたUNITED航空機が着いたのは午前3時。大統領らが出迎え、トランプ夫妻らは機内に入って行った。数分後、扉があき、3人のアジア系アメリカ人がVサインを掲げながら出てきた。拍手と歓声が、迎えの兵士たちのなかから巻き起こった。彼らはスマホでこの瞬間を懸命にワイワイ言いながら撮影している。日本の自衛官や警察官では考えられない態度だ。

 僕らを含めたメディアは時々刻々と目の前で起きていることをリポートしている。3人の解放アメリカ人を挟むようにしてトランプ大統領とメラニア夫人がこちらに近づいてきた。そしてメディアが詰めているひな壇の前に来て話し始めた。これほど「してやったり」効果満点の演出はないだろう。マイクを使っていないので、トランプ大統領が何を言っているのか、よく聞き取れない。報道陣はシャウティングという形で無差別に質問を浴びせかける。アメリカの大統領取材では普通のことだ。Kディレクターが「金平さん、絶対に何か聞いてください」とカメラで撮影しながら注文をつけてくる。まいったなあ。午前3時に基地の吹きさらしでシャウティングするとは予想もしていなかった。 ・・・ログインして読む
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筆者

金平茂紀

金平茂紀(かねひら・しげのり) TBS報道局記者、キャスター、ディレクター

TBS報道局記者・キャスター・ディレクター。1953年、北海道生まれ。東京大学文学部卒。1977年、TBSに入社、報道局社会部記者を経て、モスクワ支局長、「筑紫哲也NEWS23」担当デスク、ワシントン支局長、報道局長、アメリカ総局長、コロンビア大学客員研究員などを経て、2010年より「報道特集」キャスター。2004年、ボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『沖縄ワジワジー通信』(七つ森書館)、『ロシアより愛を込めて――モスクワ特派員滞在日誌 1991-1994』(筑摩書房)、『二十三時的――NEWS23 diary 2000-2002』(スイッチ・パブリッシング)など。共著に『テレビはなぜおかしくなったのか<原発・慰安婦・生活保護・尖閣問題〉報道をめぐって>』(高文研)、『内心、「日本は戦争をしたらいい」と思っているあなたへ』(角川書店)など多数。

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