朝鮮戦争勃発から約70年。いまだ休戦状態の両国の関係はどうなるのか?
2018年06月21日
2018年6月12日にシンガポールのセントーサ島のカペラホテルで開催された米朝首脳会談は、1950年に勃発した朝鮮戦争以来、軍事的に対立してきたアメリカと北朝鮮の首脳が初めて直接会って話し合う場になった。
米朝首脳会談の主題は、一言でいえば、米朝和解であった。米朝共同声明にある「新たな米朝関係」というのは、米朝和解による新たな両国関係のことである。
そのために、アメリカが北朝鮮の安全を保障し、北朝鮮が非核化を始めることが求められた。アメリカの核の脅威があるからこそ北朝鮮は核兵器を開発したが、北朝鮮が核兵器を開発したからこそアメリカでは北朝鮮を脅威と見なしていた。
だからこそ、北朝鮮に安全保障を与えることと北朝鮮が非核化を始めることが、米朝和解のための「取り引き」だったわけである。
ただし、米朝がこの首脳会談で和解できたわけではない。また「非核化」と「安全保障」の問題がこれで解決したわけでもない。
今回の首脳会談は、これから動くための「方針」を確認する場であって、実際にはまだほとんど動いていない。この首脳会談がどう歴史から評価されるのかは、これからの実務協議や実際の行動にかかっているのである。
一度の首脳会談で、約70年間も軍事的に対立してきた米朝が和解するのは難しいであろう。もちろん、約25年も続いてきた北朝鮮の核問題も、これで非核化できると期待するのは無理である。
しかし、軍事対立が続いていた米朝が、首脳会談によって和解というゴールに向けて、「非核化」と「安全保障」という障害物レースのスタートラインに立ったとは言える。
ただし、障害物レースには様々な障害が待ち受けており、ゴールにたどり着くことはとてつもなく困難であることが想像に難くない。これから首脳会談だけでなく、数多くの実務協議が開催されて、実際に合意が実行に移されていくだろうが、その途中で挫折する可能性が十分にあることは、認識しておく必要があろう。
実際にどのようにコトが進むかは、現在の時点では、米朝の2人の首脳も分かっていないのかもしれない。
まず、12日の米朝首脳会談がどのように進行したかを振り返っておきたい。
アメリカ側は現地時間の8時頃に宿泊先であるシャングリラホテルを出発、北朝鮮側は8時10分頃に宿泊先であるセントレジスホテルを出発し、ともに首脳会談が開催されるカペラホテルに向かった。
首脳会談は、現地時間の9時頃から始まった。まず両首脳が出会って握手を交わしてから約45分間、首脳2人の単独会談があった。その後、10時頃からアメリカ側と北朝鮮側から4人ずつが参加する約90分間の拡大会談が進行した。
その後11時30分頃から、アメリカ側7人と北朝鮮側8人によるワーキングランチが進行し、12時30頃から首脳2人が散歩した後、13時40分頃に共同声明の署名式があり、首脳2人は14時頃に別れた。
所要時間はたった5時間。歴史的な首脳会談にしては、あまりにあっけないものだった。
単独会談からワーキングランチまで、北朝鮮側から参加したのは、金正恩(朝鮮労働党委員長、朝鮮民主主義人民共和国国務委員会委員長、朝鮮人民軍最高司令官)をはじめ、金英哲(党副委員長)、李洙墉(党副委員長)、李容浩(党中央委員会政治局委員、外相)、努光鉄(党中央委員会政治局委員候補、人民武力相)、韓光相(党部長)、金与正(党第1副部長) 、崔善姫(外務次官) である。
一方、アメリカ側から参加したのは、ドナルド・トランプ(大統領)をはじめとして、マイク・ポンペオ(国務長官)、ジョン・ケリー(大統領首席補佐官)、ジョン・ボルトン(大統領国家安全保障担当補佐官)、サラ・サンダース(大統領補佐官)、ソン・キム(駐フィリピン大使)、マット・ポティンガー(国家安全保障会議アジア上級部長)である。
単独会談では金正恩とトランプが通訳のみを連れて会談したが、拡大会談では、北朝鮮側からは金正恩、金英哲、李洙墉、李容浩が参加し、アメリカ側からはトランプ、ポンペオ、ボルトン、ケリーが参加した。非核化や安全保障について重要な内容が話し合われたのは、この拡大会談である。
ワーキングランチには、拡大会談のメンバーに加えて、北朝鮮側から努光鉄、韓光相、金与正、崔善姫が参加し、アメリカ側からサンダース、キム、ポティンガーが参加して、前菜3つ、メイン3つ、デザート3つを楽しみながら談笑した。
ワーキングランチが終わると、金正恩とトランプはホテル周辺の散歩に出かけた。そこでトランプが「署名する」と報道陣に発言したので、何らかの合意文書に両首脳が署名することが明らかになった。
その後、報道陣が署名式場に案内されて、13時40分ごろに共同声明の署名式が開催された。署名式場を退場した首脳2人は、最初に出会った場所で、それぞれ反対方向に向かい、別れた。
その際、トランプが金正恩に「またお目にかかりましょう」と語ったので、再び首脳会談が開催される可能性があることが明らかになった。
首脳会談の後、16時20分頃からトランプがカペラホテルで記者会見を行った。米韓合同軍事演習を中止するつもりであることや北朝鮮がミサイル実験場を破棄するつもりであること、拉致問題を提起したことなどはこの記者会見で明らかにされた。
記者会見は1時間ほどで終わり、アメリカ側も北朝鮮側もその日のうちに帰国の途についた。
こうして振り返ってみると、今回の米朝首脳会談で実質的に内容がある協議は、拡大会談の90分間だけであったようである。首脳会談以前に行われてきた実務協議で、米朝の間にどれほどの合意事項があったのかは、いまの時点では分からない。ただし、重ねて言うが、首脳会談そのものは非常に短かった。
多くの人々が期待するような重厚な共同声明を出すのは、そもそも難しい首脳会談だったのである。
アメリカ大統領であるドナルド・トランプと朝鮮民主主義人民共和国国務委員長の金正恩の署名が入った米朝共同声明についての批判は、それこそ多岐にわたるが、重要なのは「非核化」に関するそれである。
特にアメリカが非核化の目標としていたCVID (完全かつ検証可能で不可逆的な非核化: Complete, Verifiable and Irreversible Denuclearization[Dismantlement])が入らなかったことについて、批判が強い。共同声明では「完全な朝鮮半島の非核化(complete denuclearization of the Korean Peninsula)」になっていた。つまり、「完全な(C)」だけが入り、「検証可能で不可逆的な(VI)」が入らなかったのである。
しかし、この批判ははたして適切なのだろうか。
CVIDとは、もともと2003年から07年まで開催されていた6者会合において、アメリカが設定した北朝鮮の非核化の目標である。しかし、実際に、6者会合の合意文書に含まれたことはない。北朝鮮がCVIDという文言に反対していたからである。
2005年9月19日に発表された「第4回六者会合に関する共同声明」では、「朝鮮半島の検証可能な非核化(verifiable denuclearization of the Korean Peninsula)」であった。2007年2月13日に発表された「共同声明の実施のための初期段階の措置」では「朝鮮半島の早期の非核化(early denuclearization of the Korean Peninsula)」であった。
「完全な非核化(C)」が北朝鮮との合意文書で最初に出てきたのは、4月27日に開催された第3回南北首脳会談で発表された「板門店宣言」である。米朝共同声明は、この「板門店宣言」を再確認したに過ぎない。実際、共同声明には「2018年4月27日の『板門店宣言』を再確認し、北朝鮮は朝鮮半島の完全な非核化に向けて努力すると約束する」と記してある。
しかし、「完全な非核化(C)」ではなく、「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)」が共同声明に入っていたら、何が違ったのかというと、実は難しい。「完全な非核化(C)」にも定義がないが、「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)」にも定義はないからだ。
定義がないということは、非核化が実際に進んだとしても、北朝鮮に対し、「まだCVIDではない」とも、「すでにCVIDである」とも、言うことができる。換言すれば、アメリカが、「これはCVIDだ」と言えば、CVIDになるのである。
とすれば、重要なのは、文言ではなく、実際にどのような非核化作業が実施されるかであろう。首脳会談に続き、実務協議が開催されると共同声明には記されている。その実務協議で、どのように非核化の期間と範囲、作業手順が合意され、実行に移されるのかが注目されよう。共同声明における非核化の合意事項についての評価は、実務協議の結果を待ってからでも遅くはない。
最後に、今回の米朝首脳会談が、北朝鮮にとってどういう意義があったのか、考えてみたい。
米朝首脳会談は、勃発から約70年、休戦状態にはあるものの、いまだに終結していない朝鮮戦争を終わらせ、アメリカと和解するために、初代最高指導者である金日成が提唱したのが最初であった。1989年のことである。次代の金正日でも、2000年に米朝首脳会談の開催が提起されたが、実現しなかった。
今回、三代目の金正恩が、北朝鮮の悲願ともいえる米朝首脳会談を実現したわけである。北朝鮮にとって、米朝関係を対立関係から転換させる点で重要な意義を持つのは間違いない。
なにより、未完とはいえ、朝鮮戦争終結や米朝和解の方向性が示されている点はポイントだ。共同宣言の第1項「米朝は両国民が平和と繁栄を切望していることに応じ、新たな米朝関係を確立すると約束する」、第2項「米朝は朝鮮半島において持続的で安定した平和体制を築くため共に努力する」に、それらは内包されていると解釈できよう。
ただし、これらはこれからの努力目標を示したに過ぎないとも言える。北朝鮮にとっても、米朝首脳会談が実際に米朝関係を転換させたことになるのかは、これからの米朝協議にかかっている。
障害物レースはスタートしたばかりなのである。
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