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歴史に学ぶ「朝鮮半島非核化問題」の真実(4)

「コラボレーター」概念から考える日本外交の北朝鮮問題への対応の特徴

菅英輝 京都外国語大学客員教授、九州大学名誉教授

 「歴史に学ぶ『朝鮮半島非核化問題』の真実(1)」「歴史に学ぶ『朝鮮半島非核化問題』の真実(2)」「歴史に学ぶ『朝鮮半島非核化問題』の真実(3)」で、朝鮮戦争以降の東アジアの国際情勢と朝鮮半島の非核化の問題について、歴史の文脈から読み解いてきた。最終回では、日本外交について考察を加えたい。

「非公式帝国」としてのアメリカ

米朝首脳会談の直前に行われた日米首脳会談でトランプ米大統領(右)と握手する安倍晋三首相=2018年6月7日、ワシントンのホワイトハウス拡大米朝首脳会談の直前に行われた日米首脳会談でトランプ米大統領(右)と握手する安倍晋三首相=2018年6月7日、ワシントンのホワイトハウス

 今回の「半島の非核化」に向けた動きは、大国間政治の思惑に翻弄されてきた歴史とは異なる状況が生まれた結果、南北の当事国が初めてイニシアティブを発揮できるようになっていることに重要な歴史的意義を見出すことができる。

 そうしたなか、戦後日本の外交を振り返ったとき、日米関係に「コラボレーター」の概念を適用することによって、日本外交の何が見えてくるかということを改めて考えてみる。

 筆者が『冷戦と「アメリカの世紀」』(岩波書店、2016年)において、「コラボレーター」という分析枠組みを使って明らかにしようとしたことは二つあった。

 第一に、戦後のアメリカは、秩序の基礎となるルールや規範の形成、あるいはその修正を行いうるだけの強大なパワーを持つようになった。本書の副題を、「『非公式帝国』の秩序形成」としたのはそのためである。つまり、戦後のアメリカを「非公式帝国」とみなし、その国際秩序形成の特徴と問題点を明らかにしようとしたのである。

 イギリスも「公式帝国」としての顔のほかに「非公式帝国」の顔を持っていたが、基調は植民地を有する「公式帝国」(植民地帝国)であった。それに対し、アメリカは、フィリピンやハワイを併合するなど、領土支配を伴う植民地帝国の顔を持ちながら、他方で「門戸開放帝国主義」とも称されるように、第2次世界大戦後は「自由貿易論」を旗印に掲げ、強大な軍事力を保有しつつ、領土支配を伴わない形で指導力を発揮する外交を展開してきた。

「コラボレーター」を育て外交をコントロール

 このようなアメリカという国家の特徴を、イギリスや日本、ドイツ、フランスなどの植民地主義帝国と区別する意味で、「非公式帝国」と定義することができるとすれば、「非公式帝国」アメリカの対外政策は、領土支配を通して被支配地域を統治するのではなく、対外援助や技術援助のような形をとった経済力や、民主主義や自由の世界的拡大という形をとった理念力を背景に、「コラボレーター」と称される現地エリートや現地政権をコントロールすることによって、対象国にその影響力を行使し、外交目的を実現していくというやり方にその特徴がある。このやり方のほうが、対象国の反発や抵抗が少なくてすむうえ、支配国と従属国との関係がより安定し、支配のコストが軽減されるというメリットがある。

 『冷戦と「アメリカの世紀」』のなかで私は、戦後のアメリカの世界秩序形成には、そうした特徴、すなわち、「コラボレーター」を育成することによって、当該国の外交を左右するというメカニズムが作動していたのではないかということを解明しようとした。

国益の追求はアメリカのルールの枠内で

 その際に留意するべきは、アメリカ外交は、影響力を及ぼそうとする相手国の外交を間接的にコントロールするやり方のため、当該国の側も一定の枠内で自国の利益を追求する余地があるという点だ。もちろん、そこにはおのずと限界がある。あくまでも「非公式帝国」アメリカが設定した冷戦のルールの枠内で、自国の利益を追求することが求められたのである。

 日本もまた、アメリカの冷戦政策に協力している限り、一定の利益がもたらされるというメリットがあった。しかし、一方で、アメリカの目指す秩序とは異なる、独自の東アジア秩序の形成を日本が目指すことは困難になる。

 戦後日本の外交はアメリカの言いなりで、自主外交が展開できていないという批判がしばしばなされてきた。そういった日本外交の対米依存の構造に光を当てる意味でも、「コラボレーター」概念は有効と言える。

日本に相談せずに政策を転換するアメリカ

佐藤栄作首相は竹下登官房長官とニクソン訪中のテレビ中継を終始無言でくい入るように見守った=1972年2月21日、首相官邸拡大佐藤栄作首相は竹下登官房長官とニクソン訪中のテレビ中継を終始無言でくい入るように見守った=1972年2月21日、首相官邸

 そのような戦後の日米関係のありようを前提にすると、朝鮮半島で目下起きている「非核化」問題への日本の対応の特徴も、かなり説明がつくのではないだろうか。

 安倍晋三首相は、トランプ政権が誕生すると、いち早く首脳会談を開き、予測不可能性が特徴のトランプのディール外交に同調、北朝鮮に対する「最大限の圧力」政策で足並みを揃えてきた。だが、トランプ政権は日本政府と相談することもなく、水面下で北朝鮮と接触を続け、突然米朝首脳会談に応じるという手を打ってきた。

 かつてニクソン米大統領のもと、米中和解に向けた秘密交渉が両国間で行われ、日本政府に事前の相談もなく、1971年7月15日、突如ニクソン氏の訪中が公表された。朝鮮戦争を契機にアメリカが実施してきた対中国「封じ込め」政策に全面的に協力してきた日本は、文字どおりはしごをはずされることになった。

 この出来事は、同じ頃に行われた金・ドルの交換停止とあわせて「二つのニクソン・ショック」と称されたように、日本にとって衝撃的な出来事であった。

 1970年代の日本は、このショックを利用して日中関係を正常化するなど、うまく対応したが、仮に中国が日本との関係改善を考えていなかったならば、日本の国益は大きく損なわれただろう。

コラボレーター政権が陥るディレンマ

 本来であれば、この反省を踏まえ、日本政府は東アジアの秩序形成に積極的な役割を果たすべく、日米安保の相対化とか、日朝国交正常化に向けたオルタナティブを追求する環境を作り出していく努力をするべきであった。しかし、アメリカの北朝鮮敵視政策に同調することに安住してきたというのが実情である。

 実際、日本政府はトランプ流のディール外交に合わせることしかしてこなかっことで、協議の枠外に置かれ、主体的に解決しなければならない拉致問題と短中距離ミサイル問題に関しても、トランプ大統領を通じて、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長に日本側の要望を伝えてくれるよう要請する以外、打つ手がない状況に陥った。

 この点、ニクソン訪中発表後に行われたニクソン大統領と佐藤栄作首相の首脳会談で、佐藤首相が「ニクソン大統領が訪中したさいに、日本も中国との関係改善を望んでいることを伝えて欲しい」と依頼した状況と似ている。

 コラボレーター政権のディレンマがよく表れているのではないだろうか。

賠償金を外交カードに

日朝国交正常化交渉再開に向け、北朝鮮入りした連立与党3党訪朝団。右から自民党・麻生太郎氏、鳩山由紀夫・新党さきがけ代表幹事、渡辺美智雄・元自民党副総理・外相、中川秀直氏、久保亘社会党書記長 =2017年8月3日、平壌空港拡大日朝国交正常化交渉再開に向け、北朝鮮入りした連立与党3党訪朝団。右から自民党・麻生太郎氏、鳩山由紀夫・新党さきがけ代表幹事、渡辺美智雄・元自民党副総理・外相、中川秀直氏、久保亘社会党書記長 =2017年8月3日、平壌空港

 ただし、日本にも外交カードはある。それは北朝鮮が期待する巨額の賠償金(経済協力金)である。これをテコにして、拉致問題の解決と日朝国交正常化を今度こそ実現するべきである。

 習近平政権が国連安保理制裁決議のネジを強く締め始めたとき、北朝鮮が認識したのは、「中国への過度の経済的依存は、自国の脆弱性を増す」ということであった。この時点で、中国は対北朝鮮貿易の9割を占めていた。その経済の「命綱」が、中国の制裁強化によって、今年1~3月でみると、輸入が4割、輸出にいたっては9割も減ったといわれる(朝日新聞2018年5月18日)。

 北朝鮮がこの教訓に学んだとすれば、金正恩政権が今後、中国経済への依存度を減らしていくことは国益にかなうのではないか。そして、ここにこそ、日本の出番がある。

 拉致問題と核・ミサイル問題を解決し、日朝国交正常化が実現することで、もし1~2兆円もの大金が北朝鮮に流れ込むことになれば、これは日朝の懸案事項を北朝鮮が解決しようと考える十分なインセンティブとなる。

相互不信と隣り合わせの中朝関係

  さらに念頭に置くべきは、「歴史の文脈」である。中国は今回、北朝鮮の後ろ盾になり、北朝鮮の段階的非核化プロセスを支持している。だが、中朝関係を「歴史の文脈」からみると、朝鮮戦争以来、「血の同盟」関係といわれる中朝関係が、かならずしも確固たる信頼関係に基づくものでないことも見えてくる。

 華東師範大学の歴史学者沈志華氏は近著『最後の「天朝」』上下巻(岩波書店、2016年)で、中朝の関係は「血で結ばれた同盟」などではなく、親と子の関係のような特殊な関係、相互不信と隣り合わせの関係にあったことを明らかにしている。

 たとえば、韓中国交正常化の際の中朝関係の悪化は相当、深刻だった。北朝鮮の金日成主席は、韓ソ国交樹立のあと、中韓の接近に神経をとがらせ、中韓の国交樹立はないか念を押し続けた。中国の答えは、「経済関係だけ」というものであったが、92年、中韓は国交樹立を行った。沈教授は、このとき、両国間には決定的な亀裂が入ったと述べている(沈志華教授インタビュー、野嶋剛ブログ、2017年11月23日)。

 また、鄧小平指導下の中国は、自国が「二つの中国論」に反対の立場をとっていることから当初、南北両朝鮮の国連同時加盟(1991年9月に実現)には反対の立場をとってもいた。

状況の変化を踏まえた対応こそ

 上述のような中朝関係の歴史を踏まえると、北朝鮮が、中国依存度を減らすため、南北関係の分断を解消し、平和協定を締結し、さらに米朝正常化、日朝正常化を視野に入れながら、より多角的な外交関係の構築を考えている可能性も捨てきれない。

 付言するならば、6・12米朝首脳会談で署名された共同声明は、「朝鮮半島の完全な非核化」、「安全の保証」を実現する具体的方法や時期を明示しておらず、実務者協議の段階で解釈の違いが表面化して対立する可能性もある。

 今後、アメリカ国内でトランプ大統領が譲歩し過ぎたとの不満が高まれば、民主党議員からだけでなく、共和党議員の間からも批判が高まることが考えられる。そうなれば、北朝鮮としても、日本との関係改善に前向きなることは十分に考えられる。

 日本政府に求められるのは、もろもろの状況の変化を踏まえた独自の対応に他ならない。(完)


筆者

菅英輝

菅英輝(かん・ひでき) 京都外国語大学客員教授、九州大学名誉教授

1942年生まれ。専門はアメリカ政治外交史、冷戦史。オレゴン大学政治学科卒業。ポートランド大学大学院政治学修士課程修了。コネチカット大学大学院博士過程修了。法学博士。著書に、『冷戦と「アメリカの世紀」』(岩波書店、2016年)、『アメリカの世界戦略』(中公新書、2008年)、『アメリカの核ガバナンス』(初瀬龍平との共編著、晃洋書房、2017年)、『冷戦変容と歴史認識』(編著、晃洋書房、2017年)、『アメリカ20世紀史』(共著、東京大学出版会、2003年)、『アメリカの戦争と世界秩序』(編著、法政大学出版局、2008年)、『冷戦史の再検討』(編著、法政大学出版局、2010年)など。