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米朝首脳会談と歴史的転換点に立つ朝鮮半島

「完全な非核化」という長く困難な道のりの出発点に

奥薗秀樹 静岡県立大学大学院国際関係学研究科准教授

拡大シンガポールで6月12日、会談するトランプ米大統領(右)と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長。朝鮮中央通信が6月13日に配信した=朝鮮通信
 6月12日,米国のトランプ大統領と北朝鮮の金正恩国務委員長は、シンガポールで史上初めての米朝首脳会談に臨んだ。朝鮮戦争勃発から68年。わずか半年前まで口を極めて罵り合っていた二人の首脳が向かい合い、握手する光景は、それだけでも、朝鮮半島に東アジア国際秩序の地殻変動を伴う歴史的転換点が到来していることを感じさせるものであった。

対決から対話・緊張緩和へ

 この会談の実現によって、一時は軍事衝突の危機さえ現実味を持って語られた朝鮮半島の対決機運は過ぎ去り、対話と緊張緩和のモメンタムがより勢いを得ることになったのは間違いあるまい。侵されざる絶対的地位に君臨する若き指導者と、枠にとらわれない特異なリーダーシップで知られる大統領が直接対面し、忌憚(きたん)のない意見を交わすことで、信頼関係を築くことが出来たのであれば、米朝関係と朝鮮半島の今後を見据えるうえで、その意義は小さくないものと思われる。それが試されるのはこれからといえよう。

 北朝鮮の核問題をめぐっては、これまでにも、南北による「朝鮮半島非核化共同宣言」(92年1月)、米朝による「合意された枠組み」(94年10月)、六者協議での「9.19共同声明」(05年9月)と、いくつもの取り決めがなされては、その度ごとに反故にされるというパターンが繰り返されてきた。それらはいずれも極めて具体的で充実した内容を含むものであったが、互いの不信感は拭うべくもなく、忠実に実行されることはなかった。

 米国が“戦略的忍耐”の名の下で北朝鮮問題を事実上放置する中、北朝鮮は核実験を繰り返し、遂には「国家核武力の完成」を宣言するに至った。そして、核弾頭の搭載が可能で、米本土を射程内に収める大陸間弾道ミサイル(ICBM)の完成が間近に迫ると、米国にとっての北朝鮮問題は、核拡散のリスクにとどまらない、自国の安全を直に揺るがす現実的脅威へと変質することとなった。これを米国が黙過するはずはなく、米朝間の緊張は一気に高まるほかなかったのである。

韓国が「仲介外交」に尽力

 大統領の弾劾罷免を経て9年ぶりに左派政権が誕生した韓国では、文在寅大統領が、当事者として韓国が朝鮮半島問題を主導する必要性を唱えながら、挑発を繰り返す北朝鮮に対話を呼びかける融和政策を粘り強く推進した。軍事衝突が起き、再び戦争が勃発することだけは何としても阻止するという固い決意の下、朝鮮半島に恒久的平和を定着させる必要性を繰り返し強調したのである。タイミングを見計らっていた金正恩委員長が、平昌五輪が目前に迫った「新年の辞」でこれに呼応すると、11年ぶりの南北首脳会談の開催決定のみならず、史上初の米朝首脳会談開催の提案をトランプ大統領が電撃的に受諾する等、事態は一気に展開することとなった。

 通算3度目となる南北首脳会談は4月27日に板門店で実現し、両首脳が署名した「板門店宣言」が発表された。会談の過程を通して、金正恩委員長の口から「非核化」という言葉が直接発せられることはなかったものの、宣言では、「完全な非核化を通じて核のない朝鮮半島を実現するという共通の目標」が確認されたほか、南北が年内に朝鮮戦争の終戦を宣言した上で、停戦協定を平和協定に転換し、朝鮮半島に恒久的で強固な平和体制を構築するための、三者(南・北・米)または四者(南・北・米・中)による会談開催を積極的に推進すること等が明記された。

 そうした内容については、既存の南北間合意の枠内にとどまるもので、目新しい前進は何ら見られないとの批判もなされた。しかし、文在寅大統領としては、南北首脳会談で対話と緊張緩和の流れをより確かなものにし、最重要課題である非核化について話し合う米朝首脳会談の実現へ向けて後押しすることには成功したといえよう。米朝首脳会談は朝鮮半島に平和を作り出す歴史的里程標であり、大韓民国と朝鮮半島の運命がかかる絶対に逃してはならない千載一遇のチャンスであるとの認識のもと、米国と北朝鮮をつなぐ韓国の「仲介外交」はますます加速化することとなった。

 ところがトランプ大統領は、こともあろうか文在寅大統領が訪米から帰国した直後に、米朝首脳会談の開催中止を一方的に通告する内容の金正恩委員長宛て書簡を公表するという行動に出た。慌てた韓国は深い遺憾の意を表明するとともに、米朝両首脳間のより直接的で緊密な対話による解決を呼びかけた。北朝鮮は即座に、トランプ大統領に対する評価と期待を表明する異例の談話を発表して首脳会談が切実に必要であることを訴え、再考を促した。そして金正恩委員長の要請を受けて、文在寅大統領が板門店の北朝鮮側区域の統一閣を訪れ、ひと月振りの南北首脳会談が電撃的に開かれる等、事態は目まぐるしく動いた。米朝首脳会談は実現へ向けて再び歩み出す動力を得ることになったのである。

 その後も韓国は、「板門店宣言」の着実な履行と米朝首脳会談の成功のために、米朝双方と頻繁に連絡を取りあう等、「仲介」、そして「仲裁」外交に尽力し続けた。トランプ大統領が金正恩委員長からの首脳会談開催の提案を受諾してから3カ月、韓国は、2度の南北首脳会談に2度の南北高官級会談、1度の米韓首脳会談に5度の米韓首脳電話会談、そして連日の米韓NSC間協議等、米朝双方との緊密な協議を重ねて来た。すべては米朝首脳会談を成功させ、朝鮮半島から戦争の危険性を消し去り、平和を定着させるためであった。紆余曲折の険しい道のりを経て、歴史的な米朝首脳会談は実現に漕ぎ着けた。

肩すかしの内容だった「共同声明」

 しかるに、両首脳が署名し発表した「共同声明」は、最大の焦点である非核化について、さしたる進展が見られないほか、ICBMをめぐる議論や朝鮮戦争の終結宣言という形での敵対関係の清算等、注目されていたその他の問題に至っては、言及すらされていない肩すかしの内容となった。

 「共同声明」ではまず、トランプ大統領が北朝鮮に安全の保証を与えることを約束し、金正恩委員長は朝鮮半島の完全な非核化に対する確固とした不動の意志を再確認した。そして、相互信頼の構築が朝鮮半島の非核化の促進を可能にするという認識のもと、北朝鮮は「板門店宣言」を再確認し、朝鮮半島の完全な非核化に向けて努力することを約束した。

 これは、これまで北朝鮮が核問題をめぐって国際社会と交わした諸合意と比べても、具体性に欠ける抽象的なものであったと言わざるを得ない。“完全な非核化”に言及しつつも、CVID(完全かつ検証可能で不可逆的な非核化)の文言は明記されず、非核化のロードマップや期限についても触れられなかった。その意味で、非核化をめぐる具体的協議は米朝間でやるべきものとして、あえて踏み込もうとしなかったともいえる「板門店宣言」の枠内にとどまるものであったといえよう。

首脳会談の評価はこれから

 そうした結果となった背景として、一般的な首脳会談とは異なる、今回の米朝首脳会談が持つ特殊性を指摘することができよう。すなわち、通常は、実務者レベルでの入念な事前折衝を経て積み上げられた合意が首脳会談の場で確認され、署名のうえ発表されるというボトムアップの過程を経るのに対して、今回は、まず先に国交がない敵対国のトップ同士が会うことに合意し、それを受けて、限られた時間内に、信頼関係が欠如した状態で出来るところまで当局者間で話を詰めた上で、最後は二人の首脳が直接対面してから最終判断を下すという、実際に首脳会談を開いてみないとどこまで合意できるかわからない、異例のトップダウン形式で共同声明がまとめられたのである。

 平壌で、ニューヨークで、シンガポールで、板門店で、高官協議から実務者協議まで様々なチャネルを通して土壇場まで折衝が重ねられた。複雑な工程を伴う非核化をめぐる交渉を一気に妥結させることが非現実的である以上、限られた時間の中、初めての首脳会談で目に見える“成果”をあげることにはそもそも限界があったと言わざるを得ない。今回の首脳会談の評価は、これから本格化していくはずの実務当局者による具体的協議の経過を見てからということになろう。

 トランプ大統領と金正恩委員長という二人の個性的な指導者の下、米朝両国が、これまでとは異なる手法で朝鮮半島の非核化という難題に取り組み、両国関係の打開と平和体制の構築という成果をあげることができるのか。“歴史的”と言われた史上初の米朝首脳会談は、完全な非核化という長く困難な道のりの出発点として、まずは両国関係を転換させ、両首脳の信頼関係から構築していくための第一歩であり、「共同声明」は両首脳がそのプロセスの始まりを確認した文書であると捉えるのが妥当であろう。

 「板門店宣言」で謳われた「完全な非核化を通じた核のない朝鮮半島の実現」という南北の共通目標をめぐっては、韓国は、単純に“realizing a nuclear-free Korean Peninsula”(韓国政府による英訳)として、国内にたった一つの核兵器も存在しないことを明言した盧泰愚大統領(当時)の「核不在宣言」(91年11月)を踏まえ、北朝鮮に核のCVIDを求める立場である。それに対して北朝鮮は、“turning the Korean peninsula into a nuclear-free zone”(朝鮮中央通信による英訳)として、朝鮮半島の「非核兵器地帯化」を唱えている。これは,在韓米軍の地上配備型の戦術核兵器を含む南北の非核化に加え、主に軍事演習等で持ち込まれる核兵器の搭載が可能な米軍の戦略爆撃機や艦船等を念頭に、朝鮮半島における核保有国による核の使用と核による威嚇まで排除する意図があるものと思われる。それは、北朝鮮だけが一方的に核廃棄を迫られることを拒否し、あくまでも「核保有国」として対等な立場から、軍事的脅威の解消に向けた相互の段階的、同時的措置を求めようとするものであろう。

 また、非核化と制裁解除をめぐる駆け引きについては、米朝首脳会談終了後も、米国のポンペイオ国務長官は、かつての過ちを繰り返さないためにも、今後の手順はこれまでとは異なり、CVIDが完了する前に経済支援を行うことはないし、制裁が緩和されることもないと述べている。他方、北朝鮮の朝鮮中央通信は、トランプ大統領が、対話と協議を通して関係改善が進むのに従って、北朝鮮に対する制裁を解除することができるとの意向を表明したとし、朝鮮半島の平和と安定、そして非核化を進めていく過程で、段階的な、同時並行原則を遵守することが重要であることについて、両首脳が認識を共にしたと伝えた。

北朝鮮に約束違反を許さない知恵が国際社会に求められる

 非核化をめぐって米朝双方に存在する認識の相違をどう調整していくのか。核開発の凍結、核施設や核物質の申告、査察、廃棄、そして検証と、完全な非核化へ向けた工程は複雑で、その着実な履行にかなりの時間を要することは明らかである。北朝鮮に対する制裁がなし崩し的に骨抜きとなる事態を防ぐためにも、国際社会で歩調を整え、安全の保証に資する措置や制裁の部分解除等、段階的に与えるものは与えていきながら、北朝鮮に約束違反を許さない知恵が求められよう。

 弾道ミサイルに関しては、日米韓の脅威認識に差があるだけに、北朝鮮に付け入る隙を与えかねない懸念がある。米国にとって、完成が時間の問題とされる北朝鮮の核弾頭搭載可能なICBMは、本土を核攻撃の危険にさらす直接的脅威であり、その開発を即時放棄させることは喫緊の課題である。それは日韓両国にとっても、米国の「核の傘」の信頼性を維持確保するうえで緊要である。「ニューヨークを北の核の犠牲にする危険を冒してでも、米国は本当に東京やソウルを守ってくれるのか」という不安は、米国の日韓に対する拡大抑止の提供に疑念を抱かせかねない問題である。

 ただ一方で、既に全土が開発済みの短距離・中距離弾道ミサイルの射程内にある日本にとって、あらゆる種類の弾道ミサイル廃棄は譲れない一線である。11月の中間選挙、さらに2年後の大統領再選を念頭に、アピールできる成果が必要なトランプ政権が、米国第一主義の立場からICBMの放棄だけを優先させて北朝鮮とのディールに出ることは、日本として看過できない事態である。

 北朝鮮にとって最優先である体制保証を米国から勝ちとるために、ICBMを差し出す選択肢は考えられよう。ただ日本に対する即時攻撃能力を維持することは、米国の先制攻撃を抑止するためにも極めて重要なだけに、全ての弾道ミサイル廃棄という要求を受け入れるのは容易でないものと思われる。また韓国については、軍事境界線からわずか40キロと,弾道ミサイルはおろか、長距離ロケット砲の射程内に首都ソウルが位置すること自体が、北朝鮮にとって抑止力として機能している側面がある。北朝鮮は韓国に対して、「核兵器はもちろん、在来式兵器も南に向けて使用しない」と述べる等、民族意識を刺激しながら日米韓の弾道ミサイルをめぐる連携に揺さぶりをかけている。

 日本としては、自国だけが北朝鮮の弾道ミサイルの脅威にさらされたまま後回しにされ、放置されることはあってはならない事態である。朝鮮半島の恒久的平和体制は、日本が弾道ミサイルの射程内にとどまったままでは構築できないことを米韓両国に訴え続ける必要があろう。

朝鮮戦争の「終結宣言」はなぜ見送られたのか

 非核化や弾道ミサイルをめぐる協議には紆余曲折が避けられないことが徐々に明らかになっていく中、短期間で合意を整え、目に見える成果をあげることが比較的容易であるとの見方から注目を集めたのが、朝鮮戦争の終結宣言という形による戦争当事国間の敵対関係の清算であった。とりわけ韓国は、米朝首脳会談後に文在寅大統領がシンガポールに駆けつける形で南、北、米の三首脳が一堂に会し、「終戦宣言」をする可能性に言及する等、“仲介者”として自身の存在感を改めて誇示する意味でも、その実現に少なからぬ意欲を見せていた。

 「板門店宣言」において、南北は、朝鮮戦争停戦後65年目にあたる今年中に終戦を宣言した上で、停戦協定を平和協定に転換し、恒久的な平和体制を構築するために、南、北、米の三者、または南、北、米、中の四者による会談開催を積極的に推進していくことで合意している。戦争の当事国ではあるものの、停戦協定には署名していない韓国にとって、依然停戦状態にある朝鮮半島に平和体制を構築する取り組みを自らが主導するためには、まず、戦争の当事国である南、北、米、中の間でいまだ解消されていない敵対関係の終結を図ることは重要な意味を持っている。

 停戦協定を平和協定に転換するのは法的な措置であり、協定の調印国である米、中、朝による国際法的な手続き、また場合によっては国内における法的手続きが必要となる。一方、“終戦宣言”は一種の政治的メッセージであり、当事国首脳の合意さえあれば発出が可能な象徴的なものである。韓国としては、戦争当事国4カ国のうち,米中、中韓は既に国交正常化で敵対関係を解消済みであり、残された敵対関係は南北と米朝ということになる。米朝が敵対関係を終息させることに合意すれば、そこに韓国が加わることで南、北、米の三者による「終戦宣言」も可能となり、そうなれば、さらに中国も参加する形で平和協定の協議へとつなげることも可能になるというわけである。

 「終戦宣言」を出すことで合意できれば、ロシア疑惑等により国内で苦しい立場に置かれるトランプ政権としては、68年に及んだ戦争状態を終わらせることに成功し、軍事費負担の軽減にもつながるものとして、中間選挙を控え、目に見える“成果”としてアピールすることも可能であろう。また北朝鮮にとってもそれは、完全な非核化を待たずして米国による先制攻撃のリスクを低下させ、対話と緊張緩和の流れをより確かなものへと勢いづかせることができるという意味で、体制の安全保証に向けた一歩とすることができるであろう。さらに韓国にとっても、朝鮮半島に恒久的平和体制を構築していくのに自ら関与し、文在寅政権の平和仲介外交の“成果”を見せつける形で、翌日の全国同時地方選挙の投票日を迎えることができたであろう。

 それぞれにとってプラスになるにもかかわらず、「終戦宣言」が見送られた背景には何があるのか。そこに、「終戦宣言」をめぐる議論が急進展し、中国を巻き込む形で在韓米軍の不要論へと一気に飛躍することで、後戻りできない流れが作られていくことに対する、米国と韓国の警戒感があるのは間違いないであろう。

在韓米軍をめぐって

 米朝、南北、そして南北米三首脳による「終戦宣言」と、停戦協定の平和協定への転換、さらには米朝国交正常化が、朝鮮半島を戦争の恐怖から解放し、北東アジアの安全保障環境を劇的に変容させるのは疑いのないところである。ただし、それが米韓合同軍事演習の必要性や、ひいては在韓米軍の存在意義そのものにも飛び火し、韓国内で在韓米軍不要論や撤退論に火がつく事態に発展するとなると、それは朝鮮半島だけにとどまらない破壊力を持つことになる。

 トランプ大統領自身、米朝首脳会談後の記者会見でも、米韓合同軍事演習について「戦争ゲーム」と呼び、巨額の費用がかかるし挑発的だとして、北朝鮮との交渉が続いている間は中止する考えを示したが、一方で在韓米軍については、削減は検討しておらず、いずれは連れて帰りたいと思ってはいるが、今すぐというわけではないとして一線を画した。それでも大統領が自ら,在韓米軍の将来の撤退可能性に言及したことで、日韓両国には少なからぬ動揺が走ることになった。

 在韓米軍の「戦略的柔軟性」については、既に盧武鉉政権期に米韓両国間で了解済みである。在韓米軍は、北朝鮮に対する抑止力としてのみ機能するのではなく、北東アジア地域の安定に寄与する役割を担う存在である。中国、ロシアをにらんだ米国のアジア戦略の中に位置づけられており、日本にとっても極めて重要な意味を持つことは言うまでもない。対中戦略上の拠点としての役割も果たす平澤、烏山、群山等、在韓米軍の主要基地は、その大半が黄海側に展開しているほか、北朝鮮の弾道ミサイルを念頭に星州に配備された在韓米軍の高高度ミサイル迎撃システム(THAAD)は、中国やロシアのミサイルをも無力化し得るものとして、両国の強い反発を招いている。

 そうした文脈からみると、北朝鮮が求める朝鮮半島の「非核兵器地帯化」もまた、それが、米国の「核の傘」から韓国が外れることを意味する以上、在韓米軍の必要性にまで議論が及ぶ可能性を秘めたものである。朝鮮半島における米軍のプレゼンス低下は、即、中国の影響力拡大へとつながりかねないだけでなく、日本が東アジアにおける米国の対中戦略の最前線に位置することになれば、日本自身が大きな刺激を受けることになるのはもちろん、米国から、「非核三原則」の見直しを含む日本の軍事的役割増大に向けた防衛政策の根本的転換を求める圧力が一層強まってくる展開も想定されよう。

 在韓米軍の存在を、北朝鮮への抑止力だけを前提に語ることは出来ず、それが既に、中国の脅威を念頭に置いた米国の東アジア戦略上、重要な役割を担っていることについては疑いのないところである。ただそれだけに、在韓米軍の撤退をも視野に入れた米国のアジア戦略の転換がもたらす東アジアの安全保障秩序の構造的変容を、中国はもちろん、韓国や北朝鮮も、果たして受け入れる覚悟ができているのかについては、様々な側面から慎重に検討する必要があろう。

 米朝首脳会談後、金正恩委員長はこの3カ月で3度目となる中国訪問を行い、習近平国家主席との首脳会談で中朝の連携を固めた一方、「板門店宣言」を忠実に履行する形で高官級会談、実務者会談に応じる等,韓国との関係も順調に推移している。保護主義的通商政策によって“貿易戦争”の様相を呈してきた米中関係が予断を許さない局面を迎えつつある中、国内問題に頭を悩ませ続けるトランプ政権は、11月に中間選挙を控え、米国第一主義を掲げた外交成果のアピールに余念がない。全国同時地方選で空前の地滑り的勝利を収め、国民の圧倒的支持を得た文在寅大統領は,かつて盧武鉉政権の中枢で経験した挫折を教訓に,今後も,米朝関係と南北関係のバランスを保ちながら両者の間に“善循環”の関係を作り出し、朝鮮半島に恒久的平和体制を構築する上で主導的役割を果たすことが出来るのか。

日朝首脳会談に前向きな安倍首相

 そして、「置き去りにされた」との指摘もある安倍首相は、9月の自民党総裁選での連続3選に向けて支持率の上昇を図る上でも、日朝首脳会談の実現に前向きの姿勢を見せている。今後、非核化をめぐる米朝交渉に具体的進展がみられ、北朝鮮に対する事実上の“代価”として支援の必要性が語られる段階に入った時、日本が、拉致問題にさしたる進展がないまま、米国から対北支援の政治的決断を迫られるようなことがないよう、日朝関係打開に向けた戦略的取り組みが求められよう。

 歴史的転換点を迎えた朝鮮半島情勢の今後の展開から目が離せない。

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筆者

奥薗秀樹

奥薗秀樹(おくぞの・ひでき) 静岡県立大学大学院国際関係学研究科准教授

静岡県立大学現代韓国朝鮮研究センター副センター長。専門は現代韓国政治外交。朝鮮半島地域研究。韓国・延世大学大学院政治学科修士課程留学後,広島大学大学院社会科学研究科博士課程前期修了(学術修士)。九州大学大学院比較社会文化研究科博士後期課程単位取得退学。NHK記者,朝日新聞記者,韓国・東西大学国際学部助教授等を経て,2010年より現職。主な論文に,「韓国司法が揺るがす日韓関係」,「朴槿恵政権と日韓関係の隘路」,「盧武鉉政権と米韓同盟の再編」,「朴正煕のナショナリズムと対米依存」等。