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南北和解へ動く韓国ロマン主義(韓国語版も)

「酒」を好む風流でエモーショナルな政治がそこにある

徐正敏 明治学院大学教授(宗教史)、キリスト教研究所所長

*WEBRONZA初めての試みです。この記事は筆者に日本語と韓国語の2カ国語で執筆していただきました。韓国語版(한국어판)でもご覧ください。 

拡大ソウル中心部の道路を埋める朴槿恵大統領の退陣を求める人たち=2016年11月

越えねばならぬ山はたくさんあれど

 朝鮮半島の雰囲気が変わった。平昌オリンピックまでは軍事的緊張のただなかにおかれていた。核兵器の完成を宣言し、ICBMの発射を続けていた北朝鮮の行動は、朝鮮半島だけでなく東アジアと太平洋地域の大きな脅威のはずだった。

 4月27日、歴史的な南北首脳会談を起点として、朝鮮半島に新たな平和ムードがあらわれた。5月26日に急遽ひらかれた第2次南北首脳会談、そして6月12日のシンガポールにおける米朝首脳会談へと、朝鮮半島の緊張緩和を促す動きが連続したことは周知の通りである。

 大部分の南北の韓国・朝鮮人たちは、平和に対するエモーショナルな希望をもち、統一の夢さえも語るようになった。実際には、朝鮮半島と東アジアに真の平和が定着するためには、越えなければならない山、すなわち解決しなければならない課題が、文字通り山ほどある。

 にもかかわらず韓国人たちの心では、すでに南北鉄道は連結されて中国やロシア、そしてヨーロッパまで走ろうとしているのである。ここでは、このような韓国人たちの韓国的な感情のあり方に注目してみたい。

拡大酒幕は、朝鮮半島の伝統社会において旅人が飲食や宿泊をする施設であり、情報交換の場でもあった。これは1920年ごろに建てられた酒幕を再現したもので、もとの屋根は草葺きだったが、展示にあたり銅板に変更した=国立民俗学博物館のHPより

日本は「宿」、中国は「飯店」、韓国は「酒幕」

 筆者は次のような文化比較をしてみたことがある。日中韓の「旅館」の呼称についてのささやかな考察である。

 日本では伝統的に旅人が泊まる場所を「宿」と呼ぶ。「旅館」「温泉宿」などの語もあり、「ホテル」もふくめて、基本的には「お泊り」である。つまり、旅館の主として意味するところは「一晩泊まって寝ること」である。文化的にいうならば、旅館は「寝るため」にあり、食べて、飲んで、旅の風情を全部楽しめる空間ということになる。もちろんそこには日本文化のトレードマークともいうべき「温泉文化、沐浴文化」が深く関わっている。入浴し、食べて飲んで人々と楽しみ、そして寝る、それが日本の「宿」である。

 中国では昔から旅館を「飯店」と呼ぶ。すなわちそこはご飯を食べる場所で、飲んで、寝て、人にも会うところである。世界最高を誇る中国料理の世界、「食」こそが一番大切であると考える中国の庶民文化の実利的な価値観を連想させる言葉であろう。中国への旅行のときたまたま泊まったホテルの「豪華大飯店」という名称を思い出す。中国の「飯店」はそのまま旅行文化の中心になっていて、そこには計算高い中国文化の価値観も透けて見える。

 韓国はどうか。伝統的には「酒幕」という。すなわち酒場である。酒を飲む場所でご飯を食べて、寝て、人にも会う。「酒を飲むこと」が最も重要なのである。三ヶ国を比較すると一番よくない文化的特長のあらわれと思われるかもしれない。しかしその「酒」は、文字どおりの意味だけではない。そこには芸術的な志向が含まれていて、実際に酒を飲むかどうかではなく、風流の感性をもって世界をみるというロマンティシズムが滲み出ているのだ。

 韓国人が旅に際していの一番に思い出す古人はいわゆる「放浪者金サッカッ」(朝鮮時代後期の詩人、1807-1863)である。「詩一首で酒一杯」という金サッカッにまつわる伝承である。定まった目標の場所もなく、足に任せてという韓国人の旅は、彼のような文化的伝統の反映であろう。そしてそのような旅の習俗と感性は、韓国人が創造的能力を発揮する力の根源ともなっている。

 ここで比較した筆者の個人的な感想と単純な「名称比較」は、枝葉末節的な文化理解かもしれない。三ヶ国の異同には他にも考慮すべき要素がたくさんある。しかし旅館の名称ひとつとっても、旅人の感情移入がこんなに異なるということは、筆者にとって新奇な発見であった。もちろんこれは優劣の問題ではない。同一漢字文化圏である日中韓三国のなかに、このような差異があることに驚かされるのである。

 このように考えてみると、アメリカの「モーテル文化」とはなんとも無風流に感じられる。一体何が特徴なのか、意味するところも分からないまま、ただ単に遠いところまでいくという目的に必要な「ガソリンスタンド」のようなもの、もっと酷くいえば「馬小屋」のような印象をもつのは筆者だけだろうか。

 アメリカを旅行して時々感じるのは、そこでは旅行とは「疾駆すること」であるし、モーテルは走るための力を充填する空間にすぎないということである。そこには「宿」も、「飯店」も、「酒幕」もない。(参照:筆者ブログの「旅館の呼称」のハングル原文

拡大板門店の軍事境界線を一緒に越える韓国の文在寅大統領(右)と金正恩朝鮮労働党委員長=2018年4月27日、韓国共同写真記者団撮影

南北首脳会談は「ハン」を乗り越えるセレモニーだった

 世代の差がかなりある南北の首脳が、会談のスケジュールの一環としていわゆる「徒歩橋」を一緒に散歩した。そこには随員も通訳者もいなかったし、記者たちも退けられた。そして遠く離れたところから無声映画のようにテレビカメラだけが二人をズーム・インした。

 真顔の表情の対話、たまに笑顔、優しいジェスチャー。平和な鳥の声だけがみちていた。その場所は朝鮮半島における対立と緊張のシンボルのはずであったが、彼らはそこで古くからの友人のように一緒に散歩して、談笑を交わした。それを南北の韓国・朝鮮人と世界の人々が見守った。

 韓国人たちは涙を流しながらこの場面を見た。対話の内容はそんなに大事ではない。分断73年、朝鮮戦争68年の傷跡と痛みに満ち満ちた韓国人たちの「ハン」(トラウマ、「恨み」といった意味の韓国的表現)が解ける瞬間だった。

 もう争う必要がなくなるかもしれない、とうとう我らの願いである統一ができるかもしれないという、韓国民族の「ハンプリ」(「ハン」を乗り越えるためのシャーマニズム的な祭祀に由来する韓国の言葉)のセレモニーでもある。

 南北の首脳たちはそれを予期していたかもしれない。ドラマチックな場面一つから得られる政治的効果は、我々の想像をはるかに超えて、千倍、万倍にも達する。

 南北はまず首脳会談以前に、スポーツ交流と南北合同チームを作った。そして南北の芸術家たちが南北を往復しながら公演を行った。南北の観客は涙で南北の歌と踊りに応答した。これこそ韓国人のエモーショナルな特質が発揮され、利用された政治学である。

 旅人が泊まるホテルを「酒幕」と呼んで、そこで「詩一首で酒一杯」を楽しんだ韓国人。今も歌と踊りが日常生活の中にあり、世界中に「韓流大衆文化」の国として認知されている韓国に最も似つかわしく、有効な「エモーショナルな政治」が今まさに朝鮮半島で進行しているのだ。

 現在進行中の朝鮮半島の状況変化について、日中韓の認識やアプローチは、それぞれに異なる国民性と関係があるはずだ。特に韓国の現代史における極端な政治変革や急速な経済成長、民主化運動と統一運動の活発な展開も、このようなエモーショナルな特質をもつ国民性のなかに、そのダイナミズムを発見することができる。延べ数千万人が参加したとされるいわゆる「キャンドル革命」による政権交代や、その一方で、南北の和解に反対する反共保守グループの継続的デモなども、このようなエモーショナルな国民性と深く関連していると思われる。

*徐正敏教授には今後も日本語と韓国語の2カ国語で随時ご執筆いただきます。ご期待ください。


筆者

徐正敏

徐正敏(そ・じょんみん) 明治学院大学教授(宗教史)、キリスト教研究所所長

1956年韓国生まれ。韓国延世大学と大学院で修学。日本同志社大学博士学位取得。韓国延世大学と同大学院教授、同神科大学副学長、明治学院大学招聘教授、同客員教授を経て現職。アジア宗教史、日韓キリスト教史、日韓関係史専門。留学時代を含めて10年以上日本で生活しながら東アジアの宗教、文化、社会、政治、特に日韓関係を研究している。主なる和文著書は、『日韓キリスト教関係史研究』(日本キリスト教団出版局、2009)、『韓国キリスト教史概論』(かんよう出版、2012)、『日韓キリスト教関係史論選』(かんよう出版、2013)、『韓国カトリック史概論』(かんよう出版、2015)、『東アジアの平和と和解』(共著、関西学院大学出版会、2017)など、以外日韓語での著書50巻以上。

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