「隠蔽・改竄・虚偽」で崩壊した通常国会を終えて
2018年07月26日
親は子に「嘘つきはいけません」と諭す。
実社会では、商品説明や取引情報が虚偽であると判明した場合、相応のペナルティを受ける。ところが、「国権の最高機関」である国会で、官僚が事実を歪め、あるいは糊塗する意図をもって、虚偽答弁をしたことが確定的に判明しても、何のペナルティもない状態があらわになったのが、この通常国会であった。
なるほど、議院証言法には偽証罪が設けられ、「3月以上10年以下」の重いペナルティも課せられている。先の国会でも行われた証人喚問の場で、虚偽陳述をした場合には、偽証罪に問われる場合もある。
反面、証人喚問以外の国会質問に対する答弁が、たとえ意図的な虚偽答弁であっても「言葉が走りました」「お詫びして訂正いたします」等の陳謝か、あるいは「誤解を与えたとしたら遺憾」等の決まり文句でおしまいというのは合点がいかない。
昨年から焦点となってきた森友学園問題でも、当時の佐川宣寿理財局長は、「ある」ものを「ない」と強弁してきた。野党側の「8億円値引きにいたる交渉記録」の開示要求に対して「交渉記録はすべて廃棄した」、どのような値引き交渉があったのかという質問に対しても、「財務省から価格の提示をすることはない」と完全否定の答弁を重ねてきた。
今年に入ってから、「財務省決裁文書改竄」問題で判明することになる記述によって、佐川答弁は事実とは異なり、虚構のストーリーだったことが、満天下に明らかになっている。しかも、客観的事実を慎重に調査して答弁作成をするのではなくて、「野党の追及をかわす最善の答弁」を決めてから、この虚構に「事実」を従属させる手法は、理財局からの圧力に苦しんで自ら生命を絶った官僚の犠牲者まで出している。
ミヒャエル・エンデの『モモ』には、「時間泥棒」という言葉が登場する。物語の「灰色の男たち」は人々から惜しみなく時間を奪っていく。「時間泥棒」という言葉に、昨年からの「虚偽答弁」によって費やされた膨大な時間を思い出す。
繰り返すが、「交渉記録はすべて廃棄した」「財務省から価格の提示をすることはない」等の当時の佐川答弁は、新聞やテレビで大きく報道された。佐川氏が国税庁長官に就任したこともあって、納税者からの強い関心を呼んで居酒屋での話題にもなった。「虚偽答弁」を伝えた報道も、図解して見せた解説も、それを受けた議論や茶飲み話も、「虚構の劇場」に操られたものであったとしたら影響はあまりに大きい。過失事故等で電車が数時間止まったことでの損失は計算可能だが、「虚偽答弁」がブラックホールのように吸い込んだ社会的損失は膨大で計算しがたい。
虚偽答弁が「積極的な故意」でなされたのか、「政権への忠誠心のための調査不履行」だったのかはわからないが、膨大な時間を費やして語られた国会での虚偽答弁は、深刻な「国会崩壊」をもたらす。
国家公務員のキャリア官僚が政府を代表して国会の質疑に立つ時、誠実かつ真摯に、また正確に答弁しなければならないのは当然のことだが、今回のような政権中枢にのみ誠意を尽くし、野党の国会質問や世論やメディアを見下した虚偽答弁が放置されるなら、この国の政治・行政は修復不可能なところまで堕落・失墜していく。「虚偽答弁に咎めはない」という前例は、さらに虚偽や歪曲もやり放題の国会に転じていく危惧を感じる。
1998年1月、東京地検特捜部は大蔵省に強制捜査に入った。当時、「護送船団方式」と呼ばれていた時代の大蔵省の権限は絶大で、大蔵官僚の受けていた接待の実態は当時の熊崎特捜部長をして「接待の海」と言わしめたのだった。
当初は、消極的だった橋本龍太郎総理も、国家公務員倫理法の制定へと動き出した。当時は「自民党・新党さきがけ・社会民主党」の「自社さ政権」で、私も与党議員だった。
野中広務座長のもとに国家公務員倫理法の立法チームが立ち上がった。実務作業をするワーキングチームに小川元(自民党)、太田誠一(自民党)、武村正義(さきがけ)に、社民党から国会議員1年生の私というメンバーだった。
私は国会図書館に通って、国家公務員法を調べてみた。注目したのは、17条の「人事院の調査」に盛り込まれた強い権限についてだった。
国家公務員法
第一七条 人事院又はその指名する者は、人事院の所掌する人事行政に関する事項に関し調査することができる。
2 人事院又は前項の規定により指名された者は、同項の調査に関し必要があるときは、証人を喚問し、又は調査すべき事項に関係があると認められる書類若しくはその写の提出を求めることができる。
人事院は、人事行政に関する調査のために「証人喚問」する権限を持っていることに着目した。この17条は研究者によると「抜かずの17条」と呼ばれていて、戦後の混乱期にただ1度だけ実施されたことがあるというもので、いわば塩漬け状態となっていた。
立法作業当時の国家公務員倫理法は、行政監察局を持つ総務庁(現在の総務省)に置くべきか、人事院に置くべきかで意見が分かれていたが、人事院の権能に着目して国家公務員倫理審査会を人事院に設置することで決着した(国家公務員法3条2)。そして、国家公務員倫理法にも、国家公務員倫理審査会がこの「証人喚問」も含む調査権を有していることを明記している。
国家公務員倫理法の立法をめぐっては、利害関係者と監督権限を持つ官僚たちとの間で行われる飲食やゴルフ、贈答品等に報告義務の生じる金銭的な上限を設けて、一定のルールをつくるべきだという点に注目が集まっていた。高額な接待・供応、金銭や物品等の贈与、ゴルフ・旅行等が禁止され、ペナルティが付された。こうして、人事院に公務員倫理審査会が設置され、公務員倫理規定が定められたことで、野放図な「接待の海」は表面上は姿を消した。
「公務員倫理規定」は「倫理行動基準」を次のようにうたっている。
職員は、国民全体の奉仕者であり、国民の一部に対してのみの奉仕者ではないことを自覚し、職務上知り得た情報について国民の一部に対してのみ有利な取扱いをする等国民に対し不当な差別的取扱いをしてはならず、常に公正な職務の執行に当たらなければならないこと。(公務員倫理規定)
あくまでも、利害関係者からの過剰な接待等を念頭に置いた規定だが、「職務上知り得た情報」について、「国民の一部に対してのみ有利」なはからいをして、「国民に対し不当な差別的取扱い」をしてはならないと戒めている点は、この間に問題となった中央省庁による「情報」の隠蔽や改竄、虚偽事実の公表等の行為に相通じる観点ではないか。
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