山口 昌子(やまぐち しょうこ) 在仏ジャーナリスト
元新聞社パリ支局長。1994年度のボーン上田記念国際記者賞受賞。著書に『大統領府から読むフランス300年史』『パリの福澤諭吉』『ココ・シャネルの真実』『ドゴールのいるフランス』『フランス人の不思議な頭の中』『原発大国フランスからの警告』『フランス流テロとの戦い方』など。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
フランスのW杯優勝も支持率アップにつながらず。ガードマンの傷害事件で暗雲
マクロン大統領にとって就任2年目のこの夏は、文字どおり「熱い夏」となっている。サッカーの世界選手権大会(W杯)で20年ぶりにフランス代表が優勝し、国家元首として晴れやかな気分で勝利を堪能したのもつかの間、自身のガードマンが「傷害、職権乱用」容疑で本格的取り調べを受けるという集中豪雨に見舞われているからだ。
W杯優勝チームをエリゼ宮(大統領府)に迎えて祝宴をはった翌々日の7月18日、有力紙ルモンドが電子版で「エリゼ宮の大統領担当の警護員がデモ隊員に暴行」というショッキングなニュースを流した。同時に流された映像では、機動隊員(CRS)と同じヘルメット姿の男が、デモ参加者の若者の首を背後から締め付けているシーンなどとともに、このヘルメット男がマクロンのガードマン、「アレキサンドル・ベナラ(26)」であると、その身元を明かした。
翌19日発行の紙面でも、5月1日(メーデー)にパリ5区で発生した事件の詳細や、ベナラが2016年の大統領戦中からマクロンの身辺警護に当たっており、大統領にごく近い人物であることなどを報道。野党は一斉に「国家的事件」として、マクロンへの攻撃を開始した。
実は、デモ参加者がスマホで撮影したこの暴力シーンは5月1日以降、「機動隊員の暴力シーン」として、インターネットで流され、7月中旬までに12万回以上ヒットされた。引き倒されて足蹴にされる若者のシーンのほか、撮影されていることに気付いたのか、ヘルメット男が足早に去っていく様子も映っていた。
ルモンドは、この暴力シーンがインターネットで流された直後から、ヘルメット男を特定するための取材を始め、7月17日に「ベナラ」と断定。18日にエリゼ宮の官房長パトリス・ストルロザに確認したうえで報道したという。
官房長は5月2日にベナラを呼んで厳重注意し、5月3日付けの書簡で「明白な不適切な行為」として、同4日から19日までの2週間、業務停止の制裁を行い、大統領にも報告したという。エリゼ宮側としては、これで一件落着と考えたわけだ。
ベナラは、政治担当記者の間では、よく知られた存在だった。マクロンが大統領選に立候補した2016年秋以降、マクロンが行くところ、影のように付き従う姿が見られていたからだ。
それ以前は社会党の警備員として、党の重鎮マルチーヌ・オブリ(リール市長)や経済・再建相時代のアルノー・モントブールの警護に当たった。モントブールの警護は1週間で辞めさせられたが、理由についてモントブールは「自分が乗っているときに、車の運転手として事故を起こしたから」と説明している。
党の警備員として採用した当時の上司らは、「感じの良い青年」と述べるなど、評判は上々だったようだ。ただ、法学士の免状も持っているので、事務職への配置換えを打診しても、本人は現場での警護を希望したという。
パリ検察庁は22日、「障害、職権乱用」容疑でベナラに対し、起訴前提の本格取り調べを開始。エリゼ宮も20日に解雇に踏み切った。この事件でベナラは、証拠隠滅を図ろうとしたのか、現場に設置されている監視カメラのビデオ・テープのコピーを警察に要求。その要求に応じた警察官3人と、ベナラとともに暴力を振るった共和国前進党の警備員に対しても、本格的取り調べが開始された。
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