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韓国や台湾で進む終末期医療の法制化

欧米に続きアジアでも患者の自己決定や意思を尊重する法律を制定する動きが

田中美穂 児玉聡  

 すべての人にやがて訪れる人生の終末期。どのような医療を受けたいか、あるいは、受けたくないか、自分の考えを持つことの大切さが社会的にも認識され、その取り組みも進みつつある。だが、日本には、終末期医療において患者の自己決定や意思を尊重することを保証する法的枠組みが存在しない。患者の自己決定や意思を尊重するための法律が、欧米を中心に整備されているが、近年、アジア諸国の中にもそうした法律を制定する動きが出てきた。本稿では、韓国と台湾における終末期医療の法制化を中心に海外の動向を紹介する。

韓国の延命医療決定法の特徴

登録された延命医療計画書や事前延命医療意向書を管理する国立延命医療管理機関のホームページ登録された延命医療計画書や事前延命医療意向書を管理する国立延命医療管理機関のホームページ
 2018年2月、平昌オリンピックの熱気に包まれていた隣国の韓国。その韓国で同じ2月、一つの重要な法律が全面施行された。終末期の生命維持治療の中止を認める「ホスピス・緩和医療および終末期患者の延命医療の決定に関する法律」(以下、延命医療決定法)だ。

 一方、韓国と同様の治療中止を認める法律を、20年近く前に制定していた台湾。その台湾も、2016年1月、治療中止の対象を終末期以外の患者にも広げる新たな法律を公布した。

 韓国の延命医療決定法には、日本にとっても参考になる特筆すべきいくつかの点がある。

 まず、この法律の大原則は、患者は最善の治療を受け、自分が受ける医療行為を決定する権利を持つことだ。日本の厚生労働省が策定した「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」では、本人の自己決定の尊重にとどまっていて、患者の権利としては明確に謳われていない。

 次に、日本ではなかなか議論が進まない「終末期」の定義を、2段階で定義したという点。これは、①ホスピス・緩和ケアを受けられる段階の「終末期」と、②生命維持治療の中止が検討される段階の「臨終過程」の2段階だ。図1を見てほしい。

図1 韓国の延命医療決定法における終末期の概念(AIDS: 後天性免疫不全症候群、COPD: 慢性閉塞性肺疾患)

 最後に、生命維持治療をどうするか、という点について、患者自身が事前に文書で示した「事前延命医療意向書」と、担当医が患者やその家族と相談した上で作成する「延命医療計画書」を法的に認めたという点だ。前者はいわゆる「リビング・ウィル」と呼ばれる文書に、そして、後者は終末期医療に関する医師の指示書であり、主に米国で活用されている「ポルスト」に近い。

 これらの文書は法律に基づき、医療機関によって登録・保管されるだけでなく、国の管理機関によってオンラインデータベースにも登録される。臨終過程にある患者の治療中止を検討する段階で、当局の指定を受けた医療機関の医師がデータベースにアクセスし、文書の内容を確認して治療を差し控え・中止することができる。

 もちろん、文書を作成した本人がアクセスしたり、担当医に照会を求めたりすることも可能だ。これまでに、4万482人の事前延命医療意向書が、そして、7066人の延命医療計画書の登録があった(https://www.lst.go.kr/main/main.do 2018年7月24日アクセス現在)。

 日本でも、公証役場で作成できる「尊厳死宣言公正証書」がある。これは、本人が、治療の差し控え・中止の意思を公証人の前で宣言し、その結果を公証人が公正証書にするというものだ。しかし、文書の存在を医療従事者や家族らに明らかにしておく必要があるし、証書に示された意思が治療に反映されるかどうかはわからないため、韓国の法的文書とは異なる。

ランドマークとなる二つの事件

 韓国の延命医療決定法はどのような経緯で制定されたのだろうか。

 韓国では、治療中止に関する二つのランドマークとなる事件があった。

 一つは、ボラメ病院事件(1997年発生)。これは、重度の頭蓋内出血で入院中であった男性患者の家族の要請に基づいて、医師が退院を許可し患者の自宅で人工呼吸器を取り外したため、殺人ほう助罪に問われた事件だ。

 これ以前は、終末期の患者に対する無益な生命維持治療を中止し、希望のない退院を許可してきた医師が罪に問われることはなかった。だが、韓国大法院(日本の最高裁にあたる)は2004年、本事件で治療を中止した医師を有罪とする判決を出した。そこで韓国の医師たちは、この判決を、たとえ家族の要請があったとしても生命維持治療の中止は罪に問われる可能性があると解釈したのだ。

 もう一つは、セブランス病院事件(2008年発生)である。これは、検査中に心停止して遷延性意識障害に近い状態となった患者の家族が、患者から人工呼吸器を取り外すよう病院を相手取り裁判所に提訴したという事件だ。

大法院が治療中止を認める

 2009年、韓国大法院は、治療中止の根拠として、①回復不能で死が間近であること②患者の意思表示があること――を挙げ、患者の家族の訴えを認めた。さらに、治療中止に関する法制度の必要性にも言及した。この判決を受け、それまで鈍かった立法化の動きが加速することになった。

 筆者らの共同研究者で、ソウルにある延世大学のイルハック・リー助教(生命倫理)は、次のように課題を指摘している。

 「医療従事者も市民も合わせて、法についての普及啓発が重要だ。また、法には不足している部分や、整合性がないと思われるところもあるため、現在も国会で活発に改正のプロセスが進んでいる」

法整備は早かった台湾

 さて、ここからはアジアでは比較的早く法整備を行ってきた台湾の状況を見てみよう。

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