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「アベ流言葉」が空疎に響いた国会

「人を空疎にさせる言葉」は教育界にも波及

徳山喜雄 ジャーナリスト、立正大学教授

 「言葉は人間がもつ最大の武器である」「言葉は政治家の命である」

 長らくこう信じてきたが、言葉がこれほど空疎に響いた国会はなかった。人間や政治のありようが根底からひっくり返されたかのようだった。

見落としていた「人を空疎にさせる言葉」

拡大党首討論で答弁する安倍首相=6月27日、国会内
 安倍晋三首相は昨年2月、森友学園問題で「私や妻が関係していれば首相も国会議員も辞める」と国会で答弁した。その後、妻の昭恵氏付き職員が森友学園や財務省とやり取りしていたことが発覚すると、7月22日に閉幕した先の国会で「贈収賄に関わっていたら辞める、という意味」と手のひらを返すように取りつくろった。

 私は2016年1月、『安倍晋三「迷言」録』との新書を出版し、「安倍氏一流の言葉」を「断定口調」「レトリック」「感情語」の3パターンあると分析。「アベ流言葉」と名付けた。

 同書では、たとえば集団的安全保障をめぐっての「戦争に巻き込まれることは絶対にない」「まったく正しいと思いますよ、私が総理大臣ですから」との安倍氏の言葉を「断定口調」の例にし、戦後70年の安倍談話でみられた「私は」という主語を使わずに間接話法をもちいたことを「レトリック」とした。

 最後に突然キレる「感情語」として、出演したTBSテレビや日本テレビのキャスターに投げつけられた言葉や、「早く質問しろよ!」「日教組。どうするの!」など国会で自席から飛ばすヤジを挙げた。冒頭の「私や妻が関係していれば首相も国会議員も辞める」という言葉は、あらかじめ用意された答弁ではなく、感情的に発した言葉だろう。

 この「感情語」によって、それを忖度した財務官僚が決裁文書改ざんや廃棄という暴挙に走り、末端の職員が自殺するという悲劇的な事態にまで発展していったとするのは衆目の一致するところであろう。私は安倍氏の「迷言」録を上梓し、そのアベ流言葉へ警鐘を鳴らしたつもりだった。しかし、ここでその不明を恥じたい。

 もっとも重要なアベ流言葉のパターンを見落としていたのである。それは「人を空疎にさせる言葉」であった。その最たるものは「贈収賄に関わっていたら辞める、という意味」との逃げ口上ではないか。贈収賄に関係していたら、議員を辞めるとか辞めないとかの話ではそもそもない。一国の首相の言葉が、これほど虚しく響いたことがかつてあっただろうか。

弱者が犠牲となる痛々しい構図

 こうした言葉は安倍氏だけに止まらず、日本のあちこちに蔓延していっているといえないか。日本大学アメリカンフットボール部選手の悪質タックルによって、関西学院大学選手が負傷した問題をめぐっての日大の内田正人前監督や井上奨前コーチの会見での言葉。獣医学部新設をめぐる加計学園の加計孝太郎理事長の突然の会見での弁。

 内田氏らは、一切合切を大学生のアメフト選手の所業として罪をなすりつけようとした。問題の論点をずらして責任を下のものに押しつけていった。関東学生アメリカンフットボール連盟の規律委員会は「白いものも内田氏が黒いといえば黒」「どんなに理不尽でも『はい』と実行する掟」という支配構造が確立されてきたとする。

 安倍首相の「腹心の友」である加計理事長は、新聞紙面や放送枠が窮屈になるサッカーW杯での日本初戦と大阪府北部地震発生というタイミングに合わせて、地元岡山市の記者クラブ員だけを対象とした初の記者会見を開催。首相との面会に関して「記憶も記録もない」「事務局長が勝手にやった」などと開き直ったのは記憶に新しい。

 二つの例を挙げたが、いずれも教育現場での出来事だ。私が見落とした第4のアベ流言葉「人を空疎にさせる言葉」が教育者といわれる立場の人たちにも波及しているように思えてならない。学生がこの真似をしないか心配だが、日大アメフト部選手が会見で正直に話し、関学大選手に謝罪したことがせめてもの救いだ。

 近現代史に詳しいノンフィクション作家の保阪正康氏が「私は日大アメフット部の監督とコーチが記者会見で語った弁解と孤立する学生、そして柳瀬唯夫・元首相秘書官や佐川宣寿・元財務相理財局長の国会での答弁などは、まさにBC級戦犯裁判そのものだとの感がしてならない」とし、「責任を押しつけられる末端の官僚が資料を改ざん、隠蔽を行い、あるいは自死を選ぶ悲劇は、近代日本の歪みの構図と思えてならないのだ」(東京新聞2018年7月13日夕刊)と指摘している。

 保阪氏がいう弱者が犠牲になる構図が痛々しい。防衛省のイラク日報が隠蔽されていったのも例外ではなかろう。「私や妻が関係していれば首相も国会議員も辞める」という答弁に象徴される「政治家の言葉」によって、部下などより下のものが近代日本の歪みの構図に絡みとられていったのが、昨年2月以来のモリカケ問題(森友学園と加計学園問題)の本質のように思えてならない。

大量処刑前夜に女将役を務めた法相

 過去に問題となった池田勇人蔵相(当時)の「貧乏人は麦を食え」や、森喜朗首相(当時)の「日本は天皇を中心とする神の国」、麻生太郎財務相・副総理の「新聞を読まない人は全部自民」などは、あるまじき発言ではあるが、誤解を恐れずにいえばかわいいものだ。

 国会終盤での看過できない出来事といえば、7月5日夜にあった宴会「赤坂自民亭」での写真を西村康稔官房副長官がツイッターに投稿。「和気あいあいの中……」とのコメントをつけた件だ。

 東京・赤坂の衆院議員宿舎での自民党議員の懇親会で、約40人が参加。杯を片手に安倍首相や小野寺五典防衛相、岸田文雄政調会長らが談笑している。定期的に開かれているようだが、豪雨災害としては平成最悪の犠牲者を出した西日本豪雨が降りはじめた日で、気象庁は東京と大阪で異例の記者会見を設定。記録的な大雨になる恐れがあるとし、避難を呼びかけた。午後10時までに京都、大阪、兵庫の3府県約11万人に避難指示を出していた。

 西村氏の地元兵庫にも避難指示は出ている。集合写真の掲載から約1時間40分後には地元の雨は「山を越えた」と書き込んだ。ほどなくネットが炎上したが、時期をわきまえずに「和気あいあいの中……」「山は越えた」とする発言は、分別のある政治家の言葉といえるだろうか。

 しかし、それよりも何よりも衝撃的だったのはオウム真理教の麻原彰晃(本名松本智津夫)教祖ら7人の死刑執行を翌朝に控え、その執行命令書に署名した上川陽子法相が「赤坂自民亭」の女将役として宴席に出席していたことだ。上川氏を参加者が囲み、右手の親指を上げた記念写真も投稿されている(死刑執行を前にして親指を下げていたら洒落にならない)。

 戦前の大逆事件以来の大量の死刑執行のわずか10時間ほど前に、宴席で戯れる上川法相のその強靱ともいえる精神には恐れいった。というよりも、薄気味悪く感じた。上川法相は7月6日午後、法務省で「本日、7名の刑を執行しました」と神妙に切り出し、死刑囚の犯罪事実を読み上げた。額面どおりに受け取るなら政治家の重い言葉であるが、前日の写真と西村官房副長官の言葉が脳裏をよぎり、強い違和感を抱くとともに空恐ろしくもなった。

「独裁者」の空疎な言葉の山脈

 衆参両院で多数派が異なるねじれ国会が解消されることになる2013年の参院選の際、自民党の圧勝を確信した麻生氏が安倍首相に対し、「あなたは歴史上にない独裁者になりますよ」(朝日新聞2013年7月23日朝刊)と予言した。果たしてこの予言は的中したのか。安倍政権は翌14年、閣議決定による憲法9条の解釈変更で安全保障政策を180度転換。専守防衛を棄て、集団的自衛権を行使できる国になった。

 これが安倍政権が断行した最大の理屈に合わないことだと考えられるが、その際に首相が多用した「積極的平和主義」という言葉が今更ながらにフラッシュバックしてくる。ここを頂点に「人を空疎にさせる言葉」の山脈が築きあげられてきたということか。

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筆者

徳山喜雄

徳山喜雄(とくやま・よしお) ジャーナリスト、立正大学教授

1984年朝日新聞入社。写真部次長、「AERA」フォト・ディレクターなどを経て、2016年に退社。新聞社では東欧革命や旧ソ連邦の崩壊など共産圏を取材。17年から現職。著書に『新聞の嘘を見抜く』(平凡社新書)、『安倍官邸と新聞』(集英社新書)など。