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問題だらけの日本のエネルギー転換

エネルギー基本計画にはすべてのステイクホルダーによる科学的考察が必要だ

平沼光 東京財団政策研究所 研究員

第五次エネルギー基本計画が閣議決定

敷地いっぱいに広がるメガソーラー「けいはんな太陽光発電所」=2015年3月13日、京都府精華町 敷地いっぱいに広がるメガソーラー「けいはんな太陽光発電所」=2015年3月13日、京都府精華町

 2014年4月の第4次エネルギー基本計画の策定から4年、内容の改定を行った第五次エネルギー基本計画が2018年7月3日に新たに閣議決定された。

 エネルギー基本計画は国のエネルギー政策の基本的な方向性を示す重要なものである。だが、今回決定された内容を見ると、パリ協定の発効によって加速する世界のエネルギー転換の動向と比べると、後れを取ってしまったと言わざるを得ない。

 本稿では、エネルギー基本計画における課題とともに、今後のエネルギー政策立案のあり方について考察してみたい。

1年で発効したパリ協定

 COP21(国連気候変動枠組条約第21回締約国会議)において採択されたパリ協定は、採択後およそ1年という異例の速さで2016年11月に発効した。

 パリ協定は産業革命前からの世界の平均気温上昇を2℃未満に抑えること、そして今世紀後半には温室効果ガスの排出を実質ゼロにすることを批准国共通の目標としており、今後、世界各国は目標達成のため、自国の温室効果ガスの排出削減目標である「約束草案」(INDC)の実現にむけて、具体的なエネルギー政策を推進していくことになる。

 国際エネルギー機関(IEA)のWorld Energy Outlook2016(以下IEA報告)では、各国の「約束草案」に記された気候変動問題への対処策をすべて行った場合の2025年と2040年の世界のエネルギー動向を、ニューポリシーシナリオ(New Policy scenario)として分析している。

再生可能エネルギーの構成を巡る幾つかのシナリオ

 それによると、発電電力量構成における2014年の再生可能エネルギー(水力含む)の構成比率が22%であるのに対し、ニューポリシーシナリオにおける2025年の再生可能エネルギーの構成比率は30%、2040年には36%に達する見通しとなっている。

 その一方で、各国が「約束草案」に記した政策を実行しても、パリ協定の削減目標には達しないことが、クライメート・アクション・トラッカー(CAT:Climate Action Tracker)などの科学者グループから指摘されている。そこで、IEA報告ではパリ協定の2℃未満の目標を達成するためのシナリオとして、450シナリオというバックキャストの視点による分析もされている。450シナリオでは、2025年に再生可能エネルギーの構成比率は36%、2040年に58%にまで大幅に増加させる必要性が示されている。

大幅な抑制が必要な石炭火力発電

 対照的に、大幅な抑制が必要となるのが石炭火力発電である。石炭火力発電の2014年の発電電力量構成比率は41%であるのに対し、ニューポリシーシナリオでは、2025年に34%、2040年には28%と抑制されていく見通しにある。また、450シナリオでは、2025年26%、2040年には7%と大幅に削減しなければならない見通しとなっている。

 エネルギー分野の中でも電力部門は、石炭需要の約6割、天然ガス需要の約4割を占め、さらに世界の部門別二酸化炭素排出量割合の約4割を占めることから、今後の電力部門の国際動向はエネルギー転換の具体像を表すものとなる。

 換言すれば、パリ協定後のエネルギー転換の具体像は、再生可能エネルギーの大幅な普及拡大と石炭利用の削減が大きな柱になると言っていい。

欧州各国は再生可能エネルギー拡大の方向

 こうした潮流を反映して、欧州各国は石炭利用を減らし、再生可能エネルギーの普及を大幅に拡大していく方向にある。

 例えば、原子力大国であるフランスでは、2015年に制定した「エネルギー転換法」において、再生可能エネルギーの構成比率を2015年の16%(水力含む)から40%に引き上げるとしている。再生可能エネルギーの普及を積極的に進めているドイツでは、2015年の構成比率30%から2030年に50%以上に引き上げるほか、スペインは2015年の35%から2020年に40%へ、イギリスは2015年の25%から2020年に31%へと再生可能エネルギーの構成比率を引き上げる目標を立てている(注1)。

 また、EUとしても2014年時点で21%の再生可能エネルギー構成比率を、2030年には最低でも45%にまで引き上げることを目指す(注2)など、高い目標を掲げている。

注1)経済産業省 総合資源エネルギー調査会 省エネルギー・新エネルギー分科会/電力・ガス事業分科会 再生可能エネルギー大量導入・次世代電力ネットワーク小委員会(第1回 2017年12月18日):‐配布資料3「再生可能エネルギーの大量導入時代におけ
る 政策課題と次世代電力ネットワークの在り方」,p9
注2)EU Press release(22 January 2014): Questions and answers on 2030 framework on climate and energy

普及を促進する状況の大きな変化

 京都議定書の発効は、再生可能エネルギーの普及をはじめとする気候変動問題への対処は「自国の経済発展に悪影響がある」とするアメリカなどの国の意見もあり、京都議定書の採択(1997年)からおよそ8年もかかったが、パリ協定の場合、採択後約1年というスピードで発効されている。

 京都議定書当時と違い、各国が再生可能エネルギーの普及に積極的になったのは、▼再生可能エネルギーのコストが急激に下がってきたこと▼再生可能エネルギーの導入に向けたエネルギーマネジメントシステムの技術革新が進み、気象条件によって発電が不安定化して電力系統への統合が難しかった発電のコントロールが可能になってきたこと▼新しいエネルギーマネジメントシステムや、それに組み込まれる電気自動車(EV)、燃料電池車(FCV)、高性能蓄電池などをはじめとするエネルギー分野の革新技術が、160兆円規模とも言われる巨大市場を生み出すことが見込まれていること――など、京都議定書当時にはなかった大きな状況の変化があったためだ。

着々と進むエネルギービジネスの転換

 こうした変化により、再生可能エネルギーは経済的にも技術的にも普及の障壁がなくなってきている。そればかりか、普及によって創出される新たな市場とビジネスを獲得するため、各国はいち早く自国の中にマザーマーケットを構築し、技術力を高め、グローバル市場での競争力を高めようとしている。

 すでに欧州の大手電力会社のEon社やRWE社なども、原子力と化石燃料による大規模集中型発電という従来型のビジネスへの依存から脱却し、再生可能エネルギー発電とエネルギーマネジメントなどのエネルギーサービスを中心としたビジネスへとビジネスモデルの転換を着々と進めている。

周回遅れの日本の目標

 このように世界がエネルギー転換の動きに対応し、再生可能エネルギーの普及を進めようとしているなか、日本でも、今回決定されたエネルギー基本計画で再生可能エネルギーを主力電源化していくことが新たに記されてはいる。しかし、その導入目標は、2015年7月に経済産業省が決定した「長期エネルギー需給見通し」で示された2030年に22~24%にするというエネルギーミックスの導入目標を据え置いたもので、実態として2015年からなにも変わっていない。

 そもそも再生可能エネルギーの導入割合22~24%というレベルは、すでに欧州各国で達成されており、各国が再生可能エネルギーのさらに高い導入目標を掲げていることを考えると、日本の目標は周回遅れの感は否めない。言い換えれば、日本はこれから十数年かけて、ようやく現在の欧州に追いつくということを公言しているわけだ。これだと、革新的なエネルギー技術の開発と市場化も、日本では進まない可能性が懸念される。

エビデンスに基づかない日本のエネルギー政策

長崎県五島の浮体式洋上風力発電長崎県五島の浮体式洋上風力発電

 各国と比べ、明らかに見劣りがする日本の再生可能エネルギー導入目標ではあるが、環境省が2015年4月に公表した「平成26年度2050年再生可能エネルギー等分散型エネルギー普及可能性検証検討委託業務」報告書では、2030年に国内の発電電力量のうち最大で35%を再生可能エネルギーで供給できる可能性が報告されている。

 これは、22~24%として決定した「長期エネルギー需給見通し」のエネルギーミックスとは異なる見解となるが、問題視しなければならないのは、どちらの数字が正しいかということではなく、各々の数値の妥当性について、エビデンス(データなどの科学的根拠)を基にした比較検証が行われなかった点にある。

 「長期エネルギー需給見通し」決定に向けて、2015年4月の段階で作成されていた「長期エネルギー需給見通し骨子(案)」を審議していた経産省の委員会(注3)でも、環境省と経産省で見解の違う見通しが示されていることについて、出席した委員から二つの見通しを比較検証する必要があるのではないかという趣旨の疑問が呈されている。

注3)経済産業省総合資源エネルギー調査会「長期エネルギー需給見通し小委員会(第8回会合)」2015年4月27日開催

 結局、数値の違う二つの見通しの比較検証は十分にされることなく終わり、「長期エネルギー需給見通し」のエネルギーミックスは、そのまま今回のエネルギー基本計画に引き継がれているが、エネルギー政策決定プロセスにおけるエビデンスを基にした検証の不十分さが露呈したかたちと言えよう。

検証が不十分だった送電線の空き容量

 送電線の空き容量についても、エビデンスを基にした検証の不十分さが懸念される。
2018年1月27日、京都大学大学院経済学研究科の再生可能エネルギー経済学講座のコラムで、全国10電力会社の主要送電線の空容量と利用率の分析結果が公表された。それによると、電力会社が「空き容量ゼロ」としている多くの路線にはまだ余裕がある可能性が報告され、様々な議論を呼んだ。

 送電線の空き容量不足を理由に、電力会社から再生可能エネルギー発電の接続を保留にされる再生可能エネルギー発電事業の事例も発生していることから、送電線の空き容量は今後、再生可能エネルギーがどのくらい導入できるかに関わる極めて重要なポイントである。

 資源エネルギー庁もこの点を課題視しており、2018年3月26日に「2018年4月からは、送電線の容量の計算方法を抜本的に見直し、需要に応じて合理的な電源の稼働を評価することで、より実態に近い空き容量の算定をおこない、接続容量の拡大を図ることとしています」 ということを公表している(注4)。裏から言えば、これまで送電線の空き容量がどのくらいあるかは明確には把握できていなかったということを示しており、エネルギー基本計画は、送電網の空き容量というエネルギー政策を考えるうえで重要なエビデンスが不十分のまま、決定されたことになる。

注4)資源エネルギー庁HP 「なぜ、「再エネが送電線につなげない」事態が起きるのか?再エネの主力電源化に向けて」http://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/qa_setuzoku.html

ステイクホルダーを交えた議論が必要

 福島原発事故から7年も経過しているにもかかわらず、国の送電網の空き容量の実態すら十分に把握できていないのは、極めて深刻な問題であり、早急に対処しなければならない。

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