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パンダと中国外交~愛らしい“大使”の変容(上)

「世論工作」を源流とするパンダ外交は、中国の大国化を受けてどうなる?

吉岡桂子 朝日新聞編集委員

 続いて紹介するのは、歴史家の家永真幸・東京女子大学准教授へのインタビューである。日本でパンダ外交といえば、まさに、この方である。

●家永真幸さん 東京女子大学准教授

家永真幸・東京女子大学准教授=2018年5月9日、東京都杉並区・東京女子大学。吉岡桂子撮影拡大家永真幸・東京女子大学准教授=2018年5月9日、東京都杉並区・東京女子大学。吉岡桂子撮影

家永真幸(いえなが・まさき) 東京女子大学准教授。1981年生まれ。著書に『パンダ外交』『国宝の政治史 「中国」の故宮とパンダ』など。

パンダの外交的手腕は疑問

 「パンダによって国際政治が大きく動いたことはないと思いますね。ただ、日中戦争中の1941年、当時の中華民国がアメリカにパンダを贈ったとき、かわいそうな東洋の国がある、という程度には情報が伝わったかもしれない。1972年にニクソン大統領が電撃訪中した後、日中も国交正常化し、上野動物園にもパンダがやってきた。このときも、ニュースの枠をパンダが大幅に奪ってしまうことで、他のやっかいな問題を取り上げられる機会を減らした、という効果はあったかもしれません」

 家永さんはいきなり、パンダの外交的手腕に疑問符を投げかけた。

 「インターネットの時代になり、ますます中国側の政策意図、つまり親中感情を呼び起こす狙いは果たせていないと思います。ニュースの枠の問題が減り、レンタル料金の問題など、中国にとって好ましくない情報もネット経由でどんどん出回るようになりました」

 「むしろ、近年では日中両国政府が、パンダの話題を首脳会談で取り上げることを通じて、関係の強化や改善を望む意思を示すシグナルに使っています」

 政策当局間のシグナル……。確かに、神戸市立王子動物園ではつがいのパンダのうち、コウコウ(興興)が死んで8年近くが過ぎたが、補充をされないままだ。残されたタンタン(旦旦)は単身生活が続く。尖閣諸島問題をめぐって関係が悪化するなか、首脳外交の「手土産」とされるパンダを政府間で正式に語る場すらなかった時期もあった。復活した首脳会談を重ねるなかで、再誘致も議題としてよみがえった。

 「パンダは政治・外交や対中感情など、世相を映すような存在です。自らが何かを動かすというよりも、従属変数なのです」

切り離されたパンダと中国

右から1歳を迎えたシャン・シャン(香香)と母親のシン・シン(真真)=2018年6月11日、東京都台東区・上野動物園。山本裕之撮影拡大右から1歳を迎えたシャン・シャン(香香)と母親のシン・シン(真真)=2018年6月11日、東京都台東区・上野動物園。山本裕之撮影

 各国に派遣されているパンダだが、日本での人気は突出しているようだ。パンダ舎に行列ができるなんて、赤ちゃんが産まれた直後にあるかないかだと、ほかの動物園では聞いた。動物園のみならず、近くの商店街でパンダグッズやパンダせんべいが売られている国も見当たらなかった。パンダへの愛情のみならず、商魂についても日本は特別なのだ。

 「日本ではパンダと中国がリンクしなくなっています。切り離し先進国、ですね」

 パンダ外交は無力化しているのか。そういえば、フランスでも、中国はパンダで覆いきれないほど大きいと言われた。

 「多くの人は、パンダがらみで政治や外交の話はしたくない、と思っているでしょう」

名護市長選では争点に

 今年はじめの沖縄県名護市長選挙で、現職の稲嶺進陣営がパンダ誘致を掲げた。それが主な原因で敗れたわけではないが、対立候補から「財政のむだづかい」として攻撃されたのも事実だ。

 「米軍基地という有権者を二分する争点にパンダが加わった。対中感情は幅があり、選挙ではリスクにもなりうる。相手候補の攻撃材料を増やしてしまう恐れがあると、公約にすることには躊躇(ちゅうちょ)する候補者が多いでしょう。しかし、稲嶺陣営はそうは考えなかったわけですね」

 そういえば稲嶺氏は選挙後、私の取材にパンダのレンタル料の支払いがお金の無駄遣いと批判されたことを振り返り、財政上のデマは飛ばされたが、反中感情から来る批判はなかったと話していた。

 「琉球の時代から脈々と続く中国との地縁関係の歴史の一端として、対中イメージが本土と沖縄では違うということを反映しているとも言えるでしょう」

沖縄県名護市長選で、前市長だった稲嶺進陣営はパンダの誘致を掲げた。出発式に現れたパンダの着ぐるみ=2018年1月28日、名護市。小山謙太郎撮影拡大沖縄県名護市長選で、前市長だった稲嶺進陣営はパンダの誘致を掲げた。出発式に現れたパンダの着ぐるみ=2018年1月28日、名護市。小山謙太郎撮影

パンダとの関係も複雑な台湾

 パンダとの関係の複雑さを感じたのは台湾だった。

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筆者

吉岡桂子

吉岡桂子(よしおか・けいこ) 朝日新聞編集委員

1964年生まれ。1989年に朝日新聞に入社。上海、北京特派員などを経て、2017年6月からアジア総局(バンコク)駐在。毎週木曜日朝刊のザ・コラムの筆者の一人。中国や日中関係について、様々な視座からウォッチ。現場や対話を大事に、ときに道草もしながら、テーマを追いかけます。鉄道を筆頭に、乗り物が好き。バンコクに赴任する際も、北京~ハノイは鉄路で行きました。近著に『人民元の興亡 毛沢東・鄧小平・習近平が見た夢』(https://www.amazon.co.jp/dp/4093897719)

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