パンダと中国外交~愛らしい“大使”の変容(下)
文化外交の「雄」を自負するフランスに「パンダ外交」はどう映るのか
吉岡桂子 朝日新聞編集委員

クリスマスシーズンでにぎわうサンジェルマン広場に登場した真っ赤なパンダの像。近くではパンダのぬいぐるみも売っていた。サンジェルマン地区と四川省のある地区による共同の慈善活動=2017年12月、パリ。吉岡桂子撮影
「パンダと中国外交~愛らしい“大使”の変容(上)」に引き続き、中国が戦後、進めてきたパンダ外交に関する識者の話を続けたい。
日本人ほど関心のないフランス人
文化外交の「雄」を自負するフランスには、中国が繰り広げるパンダ外交はどのように映るのか――。次に紹介するのは、フランス外交官を約40年にわたってつとめたチェン・ヨーズンさんの話である。

フランスの元外交官、チェン・ヨーズンさん=チェンさん提供
チェンさんは台湾で生まれ、ベトナム、香港で暮らし、日本に留学した。慶応大学大学院を修了後、駐日フランス大使館に入り、当時の大使の推薦でフランス国籍を取得した。いわば、公私ともに異文化のまじりあう場所で生きてきた人物である。退官後は日本人の妻と長野で暮らしている。
「中国のパンダ外交について、あまり意識したことがありませんでした。そもそも、フランス人はパンダに対して、日本人ほどの関心はありません。日本は上野動物園で昨年生まれた赤ちゃんパンダシャン・シャン(香香)がたいへんなブームで大行列ができていましたが、フランスでも昨夏、赤ちゃん(円夢=ユワン・モン)が生まれたとはいえ、日本ほどの騒ぎにはなりませんでした」
チェンさんは2009年9月から2年9カ月にわたって北京のフランス大使館に広報担当として駐在した。サルコジ大統領がチベット仏教の最高指導者であるダライ・ラマ14世と08年12月に会談したことで、中国とフランスの関係が冷え込んでいた時期とも重なった。ちなみにパリ市はダライ・ラマ14世に名誉市民の称号を与えている。
パンダで中国への警戒感は緩まない
「パンダを中国から借りて、動物園で楽しめることはうれしいことですが、その一方で、フランス人は中国におけるチベットやウイグルの問題や人権問題に、非常に強い関心を持っています。パンダをかわいいと思うと同時に、ダライ・ラマ14世がかわいそうなめにあっていると感じる人も多いのです」
「近年でいえば、南シナ海の領海問題をめぐって強硬な姿勢のイメージも強い。中国が貧しく経済も安全保障も脅威ではなかった時代は、パンダはフランス人にとって中国を知る一つのてがかりになったと思いますが、大国化したいま、中国がパンダを通じて各国の警戒心を緩めることができるかどうか。率直に言って難しいのではないかと思います」
マクロン大統領は今年1月、就任後初めて中国を訪問する際、直接、北京には入らず、かつての唐の都・長安である西安に降り立った。西域へとつながるシルクロードの拠点だった都市でもあり、イスラム教徒が集まる通りにも顔を出した。
パンダの返礼に馬を贈ったマクロン大統領

1歳になるユワン・モン(円夢)=下=と母親のホワン・ホワン(歓歓)=2018年7月29日、フランス中部ボーバル動物園。吉岡桂子撮影パンダの親子
「中国の人権問題には反感を抱いていても、ルイ王朝の時代から、フランスの中国への文化の関心は高い。フランスでは文化が語れないと、知識人とは認められないという、強迫観念に近いものがあります。大統領ともなれば、なおさらです。就任早々のマクロン氏の場合、中国の歴史や文化を知っているという姿勢を、国内向けにみせる狙いもあったのでしょう」
「西安という土地柄、イスラム住民への関心を間接的に示す効果もある。フランスの首脳外交において、政治と経済だけを語ったのでは足りません。マクロン氏本人の意向かどうかは別にして、西安訪問は国内向けのアピールを考えたと思います」
マクロン氏は、漢字で書くと馬克龍(マー・コー・ロン)。漢字をあてたのは中国側とはいえ、「ウマが龍に克つ」という意味である。今回の訪中で、マクロン氏がパンダの返礼に大統領府騎馬隊を引退したウマを一頭、中国へ贈ったことが話題を呼んだ。国家主席、習近平氏が14年にフランスを訪問した時、騎馬隊をほめたことを覚えていたフランス政府のはからいである。
「マクロン氏は選挙中からアジア外交をさして語っていませんでしたし、シラク元大統領ほどアジアの文化に強い興味をもっているわけではなさそうです。『馬克龍』の意味もどこまで知っていたかは分かりませんが、話題になってからは良い名前だな、と思っているでしょうね」
「中国は外交官の身分証明書にも漢字表記を求めます。音が一致しない漢字になることもあります。たとえばフランソワという名前の元同僚は北京駐在中、『李小仏(リー・シアオ・フォー)』と呼ばれていました。中国の強制といえば強制なのですが、異文化を楽しむかんじで漢字名を喜ぶ西洋人は多い」
双方向でこそ成立する文化外交