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「平成」最後の夏で戦後は終わるのか

「平和」を強調する「戦後」の重み。最後まで明確な像を結ばない「平成」

鈴木洋仁 東洋大学研究助手

北海道150記念式典に出席された天皇、皇后両陛下=2018年8月5日北海道150記念式典に出席された天皇、皇后両陛下=2018年8月5日

「平成最後の夏」がバスワードに

 来年4月30日に平成は終わる。このため、いま「平成最後の夏」がネット上で、密かなバズワードになっている。あくまでも密かなものに過ぎず、ネタとして消費されるというよりも、特別な意味などない枕詞のようだ。

 たとえば、タレントの伊集院光は、ラジオ番組で、「平成最後の夏とか言ってはしゃいでる奴らは、どうせ来年は新元号最初の夏とか言ってはしゃぐんだろ」と揶揄していたという。

筆者は5ヶ月ほど前に「改元へのカウントダウンの意味」を論じたが(WEBRONZA「予定された改元の前に考えるべきこと」
 )、今回はそのプロセスの中の「平成最後の夏」についての素描を試みる。

 理由は二つある。

 第一に、期せずしてこの夏に「平成」を象徴する出来事が集中しているからである。第二に、にもかかわらず、「平成」は時代の相貌(そうぼう)を明確には結ぶことができないと考えるからである。

 以下、具体的に考えてみたい。

慌ただしく行われたオウム死刑囚の死刑執行

 7月6日に、オウム真理教の元教祖・麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚をはじめ7人の死刑が執行された。それから約2週間後、26日には「残る」6人の死刑も執行された。

 7人、あるいは6人という多数の死刑囚を、同じ日に執行するだけのも異例だが、それ以上に目をひいたのは、テレビ、新聞をはじめマスコミ各社が、とりわけ6日にオウム死刑囚執行のニュースを大々的に報じたことだ。実は6日は西日本豪雨災害の発生段階にあたっていた。そのため、ただでさえ東京以外での災害報道の薄さが指摘される中で、メディアへの批判も生じたのである。

 ここでは、死刑執行の是非やタイミングについて論じない。それよりも注目したいのは、批評家の東浩紀も指摘するように、「今回の執行があちこちで「平成の終わり」と重ねられている」ことだ。

 日経新聞は、政府関係者の話として、「オウム事件は『平成』で起きた最も凶悪な事件の一つ。平成のうちに決着させるべきで、来春の代替わりまで持ち越す選択肢はなかった」とのコメントを掲載している(「オウム事件『平成』終幕意識 松本死刑囚ら7人刑執行」)。

松本智津夫死刑囚の死刑が執行された東京拘置所=2018年7月6日松本智津夫死刑囚の死刑が執行された東京拘置所=2018年7月6日

「呪われた時代の終わりを重ねたがっている」

 もちろん、死刑執行を命じた上川陽子法相が、記者会見で公式にこうした認識を示したわけではないし、安倍晋三首相も菅義偉官房長官も、今回の死刑執行と改元を結びつけてはいない。

 けれども、東が述べるように、地下鉄サリン事件をはじめとするオウム真理教による一連の事件は平成7年に明らかになっている。時を同じくするように、「平成不況」と呼ばれる長い景気低迷に加え、政治的にも混乱が続く。そんな混迷の時代の始まりとして、オウムは記憶されているから、「少なからぬ人々が、松本の死に、その呪われた時代の終わりを重ねたがっている」のである。

 忌まわしい記憶を清算するように死刑を執行し、「平成のうちに決着させる」という発想は、なるほど合理的にも見えるし、また同時に、東が述べるように「非合理な願い」にも思える。言葉を換えれば、立場によって正反対に捉えられるのだ。そして、そのどちらにも「理」があり、あるいは、そのどちらも完全に正しいとは言い切れない。なぜなら、どちらの立場も、「平成の終わり」に意味を見出している点で共通しているからだ。

 こうした「平成の終わり」へのこだわりは、松本死刑囚の死刑執行と同時に進行していた「平成に入って最悪の被害」とも共通している。

「平成で最悪」が使われる理由

 7月5日から6日にかけて降り続いた豪雨は、岡山県倉敷市真備町や広島市、さらには愛媛県西予市など広範囲にわたって被害をもたらし、死者は220名、行方不明者は11名にのぼった。

 西日本豪雨と名付けられたこの災害をめぐっては、1983年に島根県を中心に被災した「昭和58年7月豪雨」以来、死者100人以上を出す「平成に入って最悪の被害となった」という表現が、発生直後から頻出する(「死者126人、不明79人 平成最悪の被害、西日本豪雨」朝日新聞DIGITAL)。

 災害の大きさを表現するインデックスとして、「戦後最大」でもなければ、「史上最大」でもなく、「平成」が使われる。その理由は、どこにあるのだろうか。

 もとより、被害の大小は、被災者1人ひとりにとっては問題ではない。他ならぬ自分や家族が、そして住む地域が災害に見舞われたことは、比較などできない。過去の類似災害と比べるのは、行政や研究者、メディアの仕事でしかない。当事者にとっては、「平成最悪」という枕詞(まくらことば)は、端的に言って無意味だ。

 「平成に入って最悪の被害」という表現が使われる理由は、この「平成」の30年間に大きな災害が続いたこと、そして、その終わりを象徴するかのように、この災害が起きたことに由来する。

西日本豪雨で冠水した岡山県倉敷市真備町=2018年7月7日  西日本豪雨で冠水した岡山県倉敷市真備町=2018年7月7日 

大災害が続いた「平成」の30年間

 より正確に言えば、象徴するように感じているのは、あくまでも、この30年間にわたって災害を大きく報じ続けたメディアだ。繰り返すように、被災者にとっては、過去の災害と比べて「平成最悪」だとしても、何の意味もないからだ。

 確かに、オウム真理教による地下鉄サリン事件の2ヶ月前に起きた阪神・淡路大震災(平成7年)や東日本大震災(平成23年)に代表されるように、「平成」の30年間は大災害が続いた。そして、メディアが大災害を大々的に報じた。

 くわえて、その被災地には、必ずといっていいほど、天皇皇后両陛下がお見舞いに訪れた。その天皇が来年、退位される前、最後の夏に大きな災害が起きる。これは確かに、「平成に入って最悪の被害」という形容詞を使いたくなる象徴的な出来事にほからない。

 だが、オウムと災害という二つの出来事が、いかにこの「平成」を象徴していたとしても、それでもなおこの時代は、中途半端に終わらざるを得ない兆候もまた、同時に見えている。

「元年ベビー」狙いの妊活

 日経新聞は8月3日の夕刊に「「元年ベビー」ブーム到来?」との見出しで、「来年5月に平成が終わり、新しい元号が始まる。新元号の元年中に子供を授かろうと『元年ベビー』への関心が高まっている」と報じている。

 「通常、元号の切り替え時期は予測できない。だが来年は運任せではなく、狙って行動できる絶好のチャンス」であること。また、第一生命経済研究所の首席エコノミスト、熊野英生さんのコメントとして、今回は崩御ではなく服喪の必要がないため、「マイナス要素は全くない」と記す。何ともグロテスクな話ではないか。

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