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北東アジア非核化構想の旗、日本は掲げよ

被爆国でありながら米国の「核の傘」に依存せざるを得ないジレンマを打開するための道

高橋 浩祐 国際ジャーナリスト

世界唯一の戦争被爆国だが……

平和宣言で北東アジア非核兵器地帯の実現に向けた努力をするよう求めた田上富久・長崎市長=2018年8月9日平和宣言で北東アジア非核兵器地帯の実現に向けた努力をするよう求めた田上富久・長崎市長=2018年8月9日

 世界で唯一の戦争被爆国として核廃絶を訴えるものの、現実にはアメリカの「核の傘」に依存せざるを得ない日本。このジレンマを打開するためにはどうしたらいいのか。

 「核なき世界の達成のためには、最初の一歩を踏み出さなければ何ら希望はない。しかし、何らかのビジョンと結びつけることがなければ、これらの困難な道を進もうとする意志も生み出されない」

 1994年の第一次朝鮮半島危機の際、米国防長官を務めたウィリアム・ペリー氏は著書『核戦争の瀬戸際で』(2018年、東京堂出版)でこう指摘する。

 そのうえで、「問題なのは、それらの段階を踏むためにどのくらい時間がかかるかということではなく、世界の各国政府がその実行に向けた動きを見せていないという点にある」と警鐘を鳴らす。

日本のみに与えられた道

 このペリー元長官の言葉は、「核兵器のない世界」を唱えつつ、アメリカの「核の傘」頼みを続ける安倍晋三政権への「諫言(かんげん)」でもある。だが、北朝鮮が核ミサイル開発を続けるなか、安倍政権は核廃絶へのビジョンや道筋を示すことなく、アメリカの「核の傘」への依存を深めてきた。2017年に国連で採択された、核兵器の開発や使用を禁止する「核兵器禁止条約」にも署名していない。

 しかし、日本には日本のみに与えられた道があるはずだ。朝鮮半島の緊張が緩和するなか、日本政府は時局の変化を千載一遇のチャンスと捉え、「北東アジア非核兵器地帯」を旗印に掲げた独自外交を取るべきだと、内外の有識者らが求めている。「北東アジア非核兵器地帯」を唱えることで、米朝の緊張緩和の流れを後押しできるメリットもある。今こそ日本は核廃絶に向けたリーダーシップを取り、朝鮮半島を含む北東アジアの平和と安定を推進するべきではないか。

「北東アジア非核兵器地帯」とは何か?

 「北東アジア非核兵器地帯」とは何か? それは核兵器の開発や製造、配備などを禁止し、核兵器による攻撃や威嚇も禁止された地域のことである。

 1990年代半ば以降、研究者やNGOからさまざまな「北東アジア非核兵器地帯」構想が提唱されてきた。日本と韓国と北朝鮮を非核兵器地帯とし、この3カ国に米国、ロシア、中国の3カ国が核攻撃や威嚇をしない「スリー・プラス・スリー」構想を基本とする。1945 年 8 月9日に被爆した長崎医科大学を基にする長崎大学内に、2012年4月に設立された核兵器廃絶研究センター(RECNA)が、この研究プロジェクトの一大拠点である。

 「非核兵器地帯なんて、リアリズムに欠け、実現など絶対に不可能」「北東アジア非核化構想は夢物語」といった冷めた見方もあるかもしれない。しかし、実際には、南半球の陸地はすでにほとんどすべてが「非核兵器地帯」だ。数にして実に110以上の国・地域。具体的には、南極、中南米、南太平洋、東南アジア、アフリカ、中央アジアの6地域が条約化している。

RECNA主催の会議で北東アジア非核化、核軍縮実現を話し合う研究者ら=2014年9月14日 RECNA主催の会議で北東アジア非核化、核軍縮実現を話し合う研究者ら=2014年9月14日 

「核の傘」に入らないアメリカの同盟国も

 このうち、ASEAN(東南アジア諸国連合)の10ヵ国が署名、批准したバンコク条約(東南アジア非核兵器地帯条約)には、アメリカの同盟国であるタイとフィリピンが加盟している。また、南太平洋の13カ国・地域が署名、批准したラロトンガ条約(南太平洋非核地帯条約)にも、アメリカの同盟国であるオーストラリアとニュージーランドが含まれている。

 非核政策を採用するニュージーランドは1985年、アメリカ軍の核搭載艦の寄港を拒否した。このため、アメリカはニュージーランドの防衛義務を停止したが、2010年に当時のヒラリー・クリントン国務長官がニュージーランドを訪問し、両国関係を正常化した。また、ニュージーランド、タイ、フィリピンは核兵器禁止条約にも署名している。

 アメリカの同盟国だからと言って、常にアメリカの核の傘に入らなくてもいいのである。

 このほか、北朝鮮の隣国であるモンゴルが「一国非核地位」を宣言。アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国の核保有5大国が2012年9月、モンゴルの非核兵器地位を尊重し、それに背くようないかなる行動も取らないことを誓約する共同声明に署名したという例もある。

日韓朝の非核化を目指した民主党政権

 その一方で、アメリカなど核保有5大国のほか、インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮の核保有国4カ国、さらに北米や欧州、中東、日韓台などは非核兵器地帯をいまだ創設していない。

 ただ、そのアメリカでも、核テロリズムや核拡散を危惧し、「核兵器なき世界」を唱えたオバマ前大統領時代、非核兵器地帯条約に前向きな姿勢に転じた時期もあった。日本も、2009年から 2012年の民主党政権時代には、日本、韓国、北朝鮮の非核化を目指す「北東アジア非核化構想」を提唱していた。

 元アメリカ大統領特別補佐官で国際政治学者のモートン・ハルペリン博士は2011年、北朝鮮の非核化を進めるため、「北東アジアにおける平和と安全保障に関する包括的協定」を提唱。北東アジアの非核兵器地帯化が、地域の平和と安定に必要だとの考えを示し、包括的協定に含まれるべき要素として、①朝鮮戦争の戦争状態の終結②常設の安全保障協議体の創設③敵視しないという相互宣言④核および他のエネルギー支援の供与⑤制裁の終結⑥非核兵器地帯――の六つをあげている。

広島・長崎から日本政府への要求

長崎原爆資料館に展示されたICANのノーベル賞のメダルと賞状の公式レプリカ=2018年8月8日長崎原爆資料館に展示されたICANのノーベル賞のメダルと賞状の公式レプリカ=2018年8月8日

 今、「北東アジア非核兵器地帯」構想は、被爆地の長崎を中心に強まっている。さらに広島でも、核兵器禁止条約の成立に貢献した核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)のノーベル平和賞受賞や朝鮮半島の緊張緩和を積極的にとらえ、このチャンスを逃してならないとの思いが高まっている。

 広島に原爆が投下されてから73年を迎えた今年、広島市の松井一實市長は8月6日の平和祈念式典で、「核兵器禁止条約を核兵器のない世界への一里塚とするための取り組みを進めていただきたい」と日本政府に注文した。

 また、長崎市の田上(たうえ)富久市長も8月9日に出した平和宣言の中で、日本政府に対し、核兵器禁止条約に賛同し、北東アジア非核兵器地帯の実現に向けた努力をするよう求めた。

 田上市長は「今、朝鮮半島では非核化と平和に向けた新しい動きが生まれつつあります」と指摘。「南北首脳による『板門店宣言』や初めての米朝首脳会談を起点として、粘り強い外交によって、後戻りすることのない非核化が実現することを、被爆地は大きな期待を持って見守っています。日本政府には、この絶好の機会を生かし、日本と朝鮮半島全体を非核化する『北東アジア非核兵器地帯』の実現に向けた努力を求めます」と訴えた。

 平和祈念式典に先立つ7月19日、田上市長は長崎市役所で、筆者を含む外国メディアの取材陣に対し、

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