メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

翁長県政の意義と限界

沖縄県知事としての翁長雄志氏を歴史的にいかに評価するか

野添文彬 沖縄国際大学准教授

拡大埋め立て承認の撤回に向けた手続きに入ったことを説明する翁長雄志知事=2018年7月27日、沖縄県庁

 「これまで沖縄の人たちは、言いたいことがあっても言葉を飲み込んできました。しかし、私だけは政治的に死んでも肉体的に滅んでも、沖縄を代表して言いたいことを言おうと思いました」(翁長雄志『戦う民意』KADOKAWA、2015年、230頁)

 2018年8月8日、沖縄県知事だった翁長雄志氏は、膵臓がんのため死去した。まさに自著での言葉のとおり、翁長氏は知事に就任してから亡くなるまで、その公約である普天間基地の辺野古移設反対を訴え続けるとともに、沖縄に過重な基地負担を負わせ続ける日米安保と日本の「国のかたち」に異議を唱え続けてきた。

 本稿では、歴史的観点から翁長氏の県知事としての意義と限界について考察してみたい。

最大の政治的武器は、言葉


筆者

野添文彬

野添文彬(のぞえ・ふみあき) 沖縄国際大学准教授

1984年滋賀県生まれ。一橋大学大学院法学研究科博士課程修了。博士(法学)。主要著書に、『沖縄返還後の日米安保ー米軍基地をめぐる相克』(吉川弘文館、2016年、沖縄研究奨励賞・日本防衛学会猪木正道研究奨励賞受賞)。『沖縄と海兵隊ー沖縄駐留の史的展開』(共著、旬報社、2016年)など。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです