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喜界島に生まれて(1)まずは、東京へ

鹿児島の南380kmに浮かぶ小さな島。少年はそこから世界を夢見た

住岡尚紀 明治学院大学生

拡大鹿児島県・喜界島=2007年7月6日、空撮

喜界島に生まれて

 子供のころ、何度も出ていきたいと思った島に、ことしの夏も「ただいま」と言った。

「はげ。だーちゃ、ゆくむどうてきたね。かんしんじゃや(良く帰ってきたね。偉いね)」

 祖母の方言が迎えてくれる。ことし84歳。僕の帰る日を楽しみにしていたそうだ。

 透き通るエメラルドグリーンから遠くに目をやると、天から注がれる光を反射し、キラキラと輝く真っ青な世界が広がる。夕暮れになると、揺らすと落ちてしまう線香花火のような太陽から放たれる優しい色に包まれ、海原は真っ赤に染まる。

 そして月が昇りはじめると、月光が海に差し込み、細長い光の道が現れる。見上げると手が届きそうな満点の星空。特になにをするわけでもなくとも、つい足を運んでしまいたくなる場所が、この島にはたくさんある。

 日本に人が暮らす島は400あまりあるといわれる。そのひとつである喜界島に、僕は1995年に生まれ、高校卒業まで18年間育った。

 家に着いた。東京での学生生活は夢ではないかと一瞬錯覚する。まして遥か彼方のウガンダで過ごした日々は夢のまた夢に思える。

 ほどなく、台風19号が襲ってきた。直撃だ。島のほぼ全域が停電し、真っ暗だ。船は欠航し、島に荷物が届かない。店からは食料品や化粧品が消える。サトウキビ畑はどうなるだろう。

 風雨が地面をたたく音だけが響く。この島を離れた日の思いが心に蘇ってくる。

長寿の島


筆者

住岡尚紀

住岡尚紀(すみおか・なおき) 明治学院大学生

1995年喜界島生まれ。鹿児島県立喜界高校を卒業後、明治学院大学に入学。2015年に国連ユースボランティアでウガンダ共和国のUNDPに派遣。2016年、内閣府次世代グローバル事業世界青年の船に参加。バイトを4つ掛け持ちしながら俳優業にも挑戦中。中高の社会科と英語科の免許取得を目指し在学中。将来の夢は「島と世界を繋ぐジャーナリスト」。

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