ドイツのW杯惨敗で露見した民族差別問題の奥深さ
2018年08月26日
サッカーのドイツ代表が今夏にロシアで開かれたワールドカップ(W杯)で1次リーグ敗退を喫した後、ひとりのスター選手がドイツばかりか世界中のメディアの注目を集めている。メスト・エジルだ。
リヴァプールFCのミッドフィールダーであるエジルはW杯開催前の5月13日夕、自分と同じようにドイツから英国にわたりプレミアリーグで活躍しているほかの二人の選手と一緒に、ロンドンを訪問していたトルコ大統領のエルドアンに招待され、フォーシーズンズホテルで写真撮影に臨んだ。
この写真は瞬く間にインターネットで拡散し、ドイツスポーツ史上最大のスキャンダルに発展したのである。
エルドアンと並んでポーズしたサッカー選手たちの共通点は、三人ともいわゆる「新ドイツ人」であることだ。彼らはトルコからドイツへやってきた移民労働者の子として生まれ、ドイツで学校教育を受け、プロサッカー選手となり、スターにのぼりつめた。エジルともう一人は、ドイツ代表チームのメンバーであった。
二人はドイツのメルケル首相を含む政治家やスポーツ界の有名人から批判を受けた。
ドイツとトルコには、18世紀のフリードリヒ2世の治世に遡る、非常に深く複雑な関係がある。その密接な社会歴史的関係は、オスマン帝国海軍が1890年の日本訪問中に和歌山県沖で座礁し沈没したことに始まるトルコ・日本関係とは比べものにならない。
1790年には、フリードリヒ2世の後継者フリードリヒ・ヴィルヘルム2世が、当時ロシアとオーストリアに対して交戦中であったオスマン帝国のスルタンセリム3世と軍事同盟を結んだ。
1871年にドイツ帝国が誕生した後、とくに最後の皇帝ヴィルヘルム2世の治世において、ドイツとオスマン帝国の関係は、軍事的なレベルに加え、経済・政治的にも大いに強まった。
オスマン帝国の第一世界大戦への参加も、ドイツの戦略であった。大戦は連合国の勝利で終わり、敗戦国としてドイツと運命共同体になったオスマン帝国は滅び、歴史から消えた。
第二次世界大戦でも、当時立国16周年を迎えていた若いトルコ共和国はドイツと同盟した。戦争には積極的に参加しなかったが、形式的にはドイツの同盟国であった。
真っ先にソ連、続いてアメリカや英国が多大な被害を受けながらファシストドイツと戦っている間、トルコ共和国はドイツを水面下で支えた。ドイツの敗戦が濃厚になった後、戦争が正式に終わる約2ヶ月前になって、トルコはドイツと日本へ宣戦布告したのである。
戦後の経済復興に続いて、労働力が不足した時も、ドイツが最も頼りにした国はトルコであった。
1961年以降、トルコの地方から体が丈夫で社会的問題を引き起こす恐れの低いトルコ人が、ドイツから派遣された医師や関連分野の専門家によって厳密に選択され、ドイツに送られた。
これは、2世紀前から続いてきたトルコとドイツの密接な関係の歴史において質的な曲がり角となった。両国の政治・経済・軍事的関係は大きく転換し、トルコ社会は物理的にドイツ社会に入り込んだのである。
1974年に移民の数を制限するためのいわゆる採用停止法が制定されたにも関わらず、当時まだ「ガストアルバイター」(ゲスト労働者)と名づけられたトルコ出身の人はどんどん増えた。
労働力のほかに、トルコ系人口増加の主な原因は二つがあった。一つは家族の再統合、つまりドイツに労働者として来た人の配偶者や子供が後からドイツに移住することだ。
もう一つは、トルコからの政治的亡命者の波である。トルコ共和国は1960年以降、約10年ごとにクーデターが起こることが特徴である。そのたびに大勢の政治的亡命者はトルコから逃げてヨーロッパ、とくにドイツに保護を求めた。
その上、1980年のクーデター後、トルコ軍とクルド人の武装組織「クルディスタン労働者党」との間で、トルコ共和国の歴史において最も猛烈な戦いが勃発した。今日に至るまで激しさを増している内戦状態も、ドイツへの絶え間ない移住の一つの原因である。
このような現代ドイツ社会の歴史的背景を踏まえ、「トルコ系ドイツ人」「新ドイツ人」「ドイツトルコ人」というように様々な名前で呼ばれる人々。エジルは、そのひとりなのだ。
彼はトルコのアナトリア半島北西部のゾングルダク県出身の親を持ち、ドイツのゲルゼンキルヒェンで生まれ育った。12歳からクラブでサッカーを始め、まず5年間、ロートヴァイス・エッセンのユースで、続いてシャルケ04のユースで活躍した後、プロサッカー選手としてシャルケ04、ブレーメン、レアルマドリードで活躍し、2013年9月に現在のアーセナルFCに移籍した。
簡潔に言えば、「メスト・エジル事件」と呼ばれる出来事が起こった時、彼はドイツの国民的英雄であり、サッカーの世界的大スターであった。
一方のエルドアンも少なくともエジルと同じほど有名人である。
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