メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

中島岳志の「自民党を読む」(1)石破茂

安倍首相に対抗するには夫婦別姓やLGBTなど価値観の問題で姿勢を鮮明にすべきだ

中島岳志 東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授

中島岳志(なかじま・たけし) 1975年、大阪生まれ。大阪外国語大学卒業(ヒンディー語専攻)。京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程修了。学術博士(地域研究)。2005年『中村屋のボース』で、大仏次郎論壇賞、アジア太平洋賞大賞を受賞。北海道大学大学院准教授経て、現在、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。

連載スタート

 自民党総裁選挙が始まりました。対決するのは安倍晋三さんと石破茂さん。二人とも国民にはお馴染みの政治家です。

 しかし、総裁選についてのニュースをテレビで目にすると、「○○票差で安倍首相が圧勝するだろう」とか、「総裁選後の人事はどうなるのか」とか、「石破氏は安倍首相を後ろから撃つ卑怯者」とか、政局に関する俗な話が多く、二人の政策やヴィジョンの違いが提示されているかは疑問です。

 これはもちろん、この二人に限定された話ではありません。自民党内には、日本のかじ取りに直接かかわる有力議員が多くいますが、彼ら・彼女らが一体、どういう考え方の人物なのかは、日常のニュースを見ているだけでは判然としません。

 そこで重要になるのが、国会議員が出版する著書や対談本、あるいは雑誌などに発表した論考です。そこには自らの見解やヴィジョン、掲げる政策などが書き込まれています。なぜ政治家になったのか。なぜ特定の政策を推し進めるのかなど、個人的な経験に基づく思いなども綴られています。

 しかし、政治家の書いた本は、なかなか売れません。多くのものは、話題になることもなく、あっさりと書店から消えていきます。そして忘れられていきます。

 これはもったいない。

 出版されたものをしっかりと読み込み、分析し、各政治家の思想的特徴を把握しておくことは、これからの日本の選択を考える際の、重要な指標になるはずです。

 私たちは、政治家をキャラやイメージで捉えすぎていないでしょうか。俗人的な人間関係によって、政治の世界を見過ぎていないでしょうか。

 この連載では、さまざまな政治家の文章をじっくりと読むことによって、お馴染みの政治家たちの理念や構想を把握していきたいと思います。特に与党の有力者の分析を積み重ねることで、現在の自民党の特質をあぶりだしたいと思っています。

政治のマトリクス

 政治家の特徴を捉えるために、下のような図を用意しました。すこし説明しましょう。

 政治家は国内政治において、大別すると<お金>と<価値>をめぐる仕事をしています。下の図は、縦軸(y軸)に「お金の問題」、横軸(x軸)に「価値の問題」を置いたものです。

 私たちは生きていると、様々なリスクに直面します。あまり考えたくないですが、もしかすると明日、突然難病を発症し、これまで従事していた仕事ができなくなるかもしれません。通勤途中に自動車にひかれてしまい、前日までと同じ生活を送ることができなくなるかもしれません。

 「リスクの社会化」とは、様々なリスクに対して、社会全体で対応すべきと考える立場です。政府は様々な国民のリスクに対応するために、セーフティネットの強化を行います。お金に余裕がある世帯から多く税金を取り、低所得者や社会的弱者への再配分を大きくします。そのため、図の上に行けばいくほど、「大きな政府」になっていきます。税金が高い代わりに、行政サービスも充実しているというあり方です。

 また、市民社会における支援体制も強化します。地震などの大災害の際は、行政サービスだけでなく、市民ボランティアの活動が大きな意味を持ちます。諸外国では寄付金の存在が、社会的弱者の支援に大きな役割を果たしています。「リスクの社会化」とは、行政と市民社会が強調しあって、セーフティネットや再配分体制を強化していくあり方です。

 「リスクの個人化」とは、様々なリスクに個人で対応することを基本とする立場です。いわゆる「自己責任型」の社会で、政府は税金を安くするかわりに、あまりサービスを行いません。図の下に行けばいくほど「小さな政府」になっていきます。

 一方、政治はお金に還元できない「価値」の問題についても、様々な決定を行っています。例えば、「選択的夫婦別姓を認めるか否か」や「LGBTの婚姻に関する権利を保証すべきか否か」などが「価値」の問題にあたり、右に行けばいくほど、権力を持つ者が価値観の問題に対して介入・干渉を強めます。逆に左に行けばいくほど、多様性に対する寛容が強まり、個人の価値観に対する権力的介入が少なくなります。

 このように<お金>と<価値>を軸に分類をしていくと、4つのタイプの政治のあり方が浮かび上がってきます。私は政治家を捉える際、「右」/「左」というイデオロギーよりも、Ⅰ~Ⅳの象限で分類することにしています。その方が、各政治家のヴィジョンを捉えるには、明らかに有効だからです。

石破茂の著書は多数

自民党の石破茂元幹事長=2018年8月10日、東京・永田町
 さて、第1回目に取り上げるのは、総裁選を戦っている石破茂さんです。

 石破さんは、かつて防衛庁長官・防衛大臣を長く務めていたため、「防衛・安全保障」の専門家というイメージが定着しています。彼が憲法9条の改正論者であることは、ある程度知られていると思いますが、それ以外の政策やヴィジョンとなると、あまりよく知らないというのが実情ではないでしょうか。

 そもそも石破さんは農林水産大臣も務めたことのある農水族です。また、第2次安倍内閣で地方創生担当大臣をつとめたことから、近年は地方の活性化問題についての発言が多くなっています。

 そんな石破さんですが、国会議員としてはかなり多くの著書・対談本を出している議員と言えます。ざっと私の本棚を見てみても単著9冊、対談本・共著が9冊あります。私が買いそびれている本もあるかも知れません。これだけの量の本を出しているのは、政界でトップクラスといえるでしょう。

【単著】
① 『職業政治の復権―混迷からの脱出 それは無党派層がめざめるとき』(1995年、サンド ケー出版局)② 『国防』(2005年、新潮社)③ 『国防入門』(漫画・原望、2007年、あおば出版)④ 『国難―政治に幻想はいらない―』(2012年、新潮社)⑤ 『真・政治力』(2013年、ワニブックス)⑥ 『日本を、取り戻す。憲法を、取り戻す。』(2013年、PHP研究所)⑦ 『日本人のための「集団的自衛権」入門』(2014年、新潮新書)⑧ 『日本列島創生論』(2017年、新潮新書)⑨ 『政策至上主義』(2018年、新潮新書)
【対談本・共著】
⑩ 『坐シテ死セズ』(西尾幹二共著、2003年、恒文社21)
⑪ 『軍事を知らずして平和を語るな』(清谷信一共著、2006年、KKベストセラーズ)
⑫ 『国防の論点―日本人が知らない本当の国家危機』(森本敏・長島昭久共著、2007年、PHP研究所)
⑬ 『日本の戦争と平和』(小川和久共著、2009年、ビジネス社)
⑭ 『こんな日本をつくりたい』(宇野常寛共著、2012年、太田出版)
⑮ 『国防軍とは何か』(森本敏・西修共著、2013年、幻冬舎)
⑯ 『どうする?どうなる?ニッポンの大問題』(弘兼憲史共著、2017年、ワニブックス)
⑰ 『石破茂と水月会の日本創生』(新講社、2018年)
⑱ 『石破茂の「頭の中」』(鈴木哲夫著、ブックマン社、2018年)

 この中で、石破さんの考え方全般を知るには、⑭『こんな日本をつくりたい』(宇野常寛共著、2012年、太田出版)がお勧めです。評論家の宇野常寛さんの多方面からの問いに対して、石破さんが率直に自らの理念や立場を語っています。

 石破さんの安全保障論は、⑦『日本人のための「集団的自衛権」入門』(2014年、新潮新書)がコンパクトでまとまっています。地方創生の具体的施策については、⑧『日本列島創生論』(2017年、新潮新書)が読みやすく、石破さんの政治家としての歩みを知るためには、⑱鈴木哲夫『石破茂の「頭の中」』(ブックマン社、2018年)が適しています。

「小さな政府」論者

 石破茂という政治家を捉える際に重要なポイントは、かなり明確に「小さな政府」を志向している点です。石破さんは次のような信念を、繰り返し語っています。

 あくまで基本は「個の自立」であり、「自助」が基本です。それを補うのが共同体の中で助け合う「共助」、それでもカバーできないものが税金を使う「公助」であって、その逆はあり得ない。なんでもかんでも「公助」では、やがて国家そのものが成り立たなくなってしまうと思っているわけです。(⑭:23-24)

 また近年は、「自立精神旺盛で、持続的に発展する国づくり」というスローガンを掲げ、公的サービスに依存しない「個の自立」の重要性を説いています。自らが国会議員であるのは、このスローガンを実現することにこそあると語っており、石破さんの強い信念であることが伺えます(⑨:38)。

 石破さんが高い評価を与えるのが、小泉内閣です。小泉さんは一貫した信念をもって郵政民営化に突き進み、それを実行した姿勢が国民に評価されたと見ています。そして、自由化した日本の確立のために、もっと長く首相を務めるべきだったという見解を示しています(⑭:27)。

 石破さんは、「国は余計なことをするな」と言い、規制緩和を中心とした自由化を称揚します。

 過度な介入は、結果として経済を疲弊させます。政府は規制緩和、税制改革、公正な貿易ルールづくりなど、環境整備に徹するべきです。(⑭:46)

 経済成長が続く右肩上がりの時代が終わった今、日本は「選択と集中の論理」をとり、政府の支出を抑制する必要があるといいます。そして、徹底して自由化の論理を推し進め、国際競争力を持った国のあり方にシフトしなければならないと説きます。

 石破さんは、農業に対しても国際競争力の強化を求めます。日本農業はもっと国際市場に打って出るべきであり、品質の高い農作物を世界に売ることで、農業所得を増やすべきであるといいます。

 この観点から、TPPに賛成の姿勢をとります。「関税は即座にすべて撤廃、例外は一切認めない」という極論には断固として立ち向かうべきとしながらも、基本的にはTPPを成立させることで競争力を高めようというのが、石破さんの考えです。

 条件が不利な地域の農業には、直接所得補償などきめ細かな手当てをすべきとしつつ、基調は「やる気のある人」に農地と資金を集中的に提供し、農協には経営者意識を高めさせるという改革を志向しています。

福祉は「自立」「持続可能」重視

 では、「小さな政府」路線によってセーフティネットからこぼれ落ちてしまう人たちを、どう見ているのでしょうか?

 ここでも「自助努力」や「個の自立」を基本とする人間観が、政策構想に強く反映されます。石破さんは生活保護政策について、次のように述べています。

 生活保護は国家の義務として、日本国民に最低限の生活を保障する、というものです。もし、すべての社会保障を生活保護型、つまり「生きているだけで給付金を出す」というようなかたちにしてしまえば、自分のことは自分でがんばるんだ、と思って一生懸命やっている方々と、どうせ国が何とかしてくれる、と他力をアテにして何もしない人々に差がなくなってしまう。そういう制度は良いものではないと思います。(⑭:87-88)

 生活保護政策は基本を現物支給とすべきで、金銭的補助をする際も、用途別クーポン券の支給を導入すべきであるといいます。なぜかといえば「遊興費なんかに使われたらたまらない、というのが普通の国民の感覚」だからだと主張します。

 「自立」と並ぶ石破さんのもう一つのキーワードは「持続可能性」(サステナビリティ)です。石破さんの主張には、これまでの社会体制や政策を続けていれば、日本は破たんしてしまうという強い危機意識がにじみ出ています。持続可能な日本社会にするには、行政サービスの「集中と選択」を推し進めざるを得ず、また国民に負担増を要求する必要も出てくると考えています。

 石破さんが見直すべきと考えているのが、年金のあり方です。ここで強調されるのが、年金は「贈与」ではなく「保険」だという視点です。

 都心に土地を持ち収入もあるような富裕層が、年金をもらい、公共交通機関を無料や格安料金で利用する。年金には手をつけず貯金して、相続で子どもに引き継がれる。これでは格差が拡がる一方です。
 本来、医療も、年金も、介護も、病気や高齢になって、資産も収入もなくなった時のための「保険」だったはずです。
 病気になった時のための保険が医療保険。
 体が不自由になり、収入も資産もない方のための保険が介護保険。
 年齢を重ね、収入も資産もない方のための保険が年金。
 しかし現実には、体は不自由になったが不動産収入はある、年をとったが十分な貯金がある、病気になったが収入は安定している。
 そうした「リスクを回避できた人」も、それぞれの保険をもらっているという実情があります。
 危機を回避できた人まで、なぜ保険をもらわなければいけないのでしょうか。(⑤:142-143)

 「リスクを回避できた人」には年金の支給をせず、生活が立ち行かなくなった人に対してのみ、保険としての年金を支給する。これが持続可能な年金制度だといいます。

 一方、石破さんが強化すべきと主張するのが、現役世代(特に若者)に対する再配分です。彼はしきりに「若者を金持ちにしよう!」と言います。

 年々、若者は減少し、高齢者は増加しています。しかし、重要なことは「働いている人」が「働かなくなった人」を支えるという構造で、1人で1.05人を支えるという割合は1970年代からあまり変わっていません。問題は「働いている人」がしっかりと稼ぐことができる体制を作ることにあり、現役世代(特に若者)が豊かになることで、社会が安定するというのが石破さんの考えです。

 そのため、保育園の拡充を熱心に説いており、早くから保育士の待遇改善の必要性を説いています。社会福祉の重点を若者世代にシフトしていくことが、高齢者世代を支えることにつながるという構想です。

アベノミクスへの懐疑

自民党総裁選への立候補を正式表明する石破氏=2018年8月10日、東京・永田町
 アベノミクスに対しては、懐疑的な見方を繰り返し述べています。アベノミクスによってデフレ状況から各種指標を大幅に改善してきたことは評価すべきとする一方で、全体の売り上げは伸びておらず、賃金も上がっていないため、問題があるといいます。また、有効求人倍率が上がったと言っても、団塊の世代が大量にリタイアしたことで構造的な人手不足が生じているというのが実態と見ています。

 国民の多くは「景気回復の実感がない」と答え、アベノミクスに半信半疑の状態が続いています。ここを改善するにはどうすべきか。

 石破さんは、日本の産業構造に注目します。「日本のGDPの七割、雇用の八割を占めているのは、ローカルの中小零細企業」です。日本では上場企業以外で働く人が大多数であるため、ここに届く経済政策を採らなければ、国民全体の実感につながりません。

 そこで注目するのが地方の存在です。

 我が国には自然条件に恵まれた地方都市・住宅地があり、農林水産業、観光業などのサービス業、地域の建設業などがあります。ここにこそ、あらゆる可能性、多くの伸びしろ、新産業やニッチ産業のシーズ(種)があります。
 このローカル産業、つまり地方の成長が、これからの日本全体の経済成長を支えるのです。
 (中略)地方の所得が増えて、地方から中央への人口流出が止まり、人口が増加に転じる。そこに活路を見出す。いろいろ考えましたが、これが私の結論の一つです。(⑨:136‐137)

 一方、石破さんは財政再建にも積極的に取り組まなければならないことを強調します。「国債」という名の借金を重ねることは、すでに限界に達しています。次世代への負担をこれ以上残さず、未来の自由度を確保するためには、財政健全化に取り組まなければなりません。

 そのためには、当然、財源を確保しなければなりません。

 石破さんが主張して来たのは、消費税の増税です。社会福祉の財源を確保するためにも、消費税増税から逃げてはならない。国民に人気のない政策でも、国家のサステナビリティを考えれば、国民に負担を要求しなければならない。そう主張しています。

原発再稼働は「致し方ない」

 原発政策ですが、基本的に再稼働に賛成という立場をとって来ています。

 短期的ヴィジョンとしては、電気の安定供給のために、原発再稼働は致し方ないと論じています。しかし、中長期的には総電量に占める原発の比率は低下せざるをえず、自然エネルギーへのシフトを進めて行かなければなりません。そのために、可能性のある技術は徹底的に集中して研究開発して行かなければならないといいます。「再稼働か再生可能エネルギーか」という二分法的問いは、「時間軸を無視しておりナンセンス」というのが石破さんの見方です。(⑭:156)

米海兵隊は国外へ、自衛隊が代替を

 安全保障政策も見ておきましょう。

 防衛大臣を務め、早くから憲法9条改正を訴えていたため、「軍事オタクのタカ派」というイメージが先行していますが、その主張は、日米安保のあり方に鋭く迫るもので、安倍内閣の方針とは一線を画しています。

 石破さんは、個別的自衛権と集団的自衛権を分離する考え方をとっていません。そもそも自衛権自体は憲法以前の存在であり、国家に自然権的に付与されたものであるため、「論理的に憲法から『集団的自衛権行使不可』という結論は導き出せない」と言います(④:43)。

 そのため、集団的自衛権は現行憲法上も認められており、その行使を法律によって厳密に制約すべきであると主張します。ただ、常に憲法上の問題が議論され続けているので、9条2項を改定し、疑義のない状態にすべきと論じます。

 石破さんの議論で注目すべき点は、この先です。

・・・ログインして読む
(残り:約3060文字/本文:約10552文字)