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龍安寺の石庭は、韓国ではあり得ない

日韓の庭園形式に政治観・宗教観の違いをみる

徐正敏 明治学院大学教授(宗教史)、キリスト教研究所所長

拡大日清戦争で日本陸軍第1軍司令部と第3師団が朝鮮国・仁川港に上陸。左方の石造りのビルは日本郵船の仁川支店=1894年9月12日現韓国・仁川(朝日新聞社)
 1894年に起こった日清戦争と1904年開戦の日露戦争は、いうまでもなく日本と中国、日本とロシアの戦争である。

 しかし、その戦場の大部分は朝鮮半島であった。特に韓国の北西部地域では、他国同士の戦争であるにもかかわらず、韓国民衆はその命と財産を守ることができず、双方の軍隊に財産や食糧を収奪され、虐殺された。

 そしてそのような悲惨で危機的な状況にあって、当時の朝鮮政府には民衆を守る力がなかった。このとき、記録によると、北西地域の韓国民衆は十字架のもとへ駆け込んだ。すなわち宣教師たちの教会に避難して自らの身の安全を確保し、命を繋いでいたというのだ。

 アメリカをはじめ西洋諸国の影響下にあるキリスト教会には、日本軍や中国軍、ロシア軍は足を踏み入れなかったからである。そして教会に避難する韓国民衆にとっては、すくなくとも基本的な食料を教会共同体が提供してくれるという信頼があった。

 それゆえ実際にこの時期に、韓国ではキリスト教に改宗する民衆の数が急増したのであり、「ライスクリスチャン(Rice Christian)」という用語が宣教師によってつくり出されることとなる。

 このような伝統は現代の韓国キリスト教にも生き続け、1950年からの朝鮮戦争でも同様の現象がみられた。これが韓国キリスト教の現世中心、祝福中心の信仰のひとつの流れをかたちづくったともいえるだろう。つまりここから現実的かつ実際的な救済すなわち「恩恵」への待望が生まれるのである。

韓国の民衆は絶対的な力を持つ指導者を望む

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筆者

徐正敏

徐正敏(そ・じょんみん) 明治学院大学教授(宗教史)、キリスト教研究所所長

1956年韓国生まれ。韓国延世大学と大学院で修学。日本同志社大学博士学位取得。韓国延世大学と同大学院教授、同神科大学副学長、明治学院大学招聘教授、同客員教授を経て現職。アジア宗教史、日韓キリスト教史、日韓関係史専門。留学時代を含めて10年以上日本で生活しながら東アジアの宗教、文化、社会、政治、特に日韓関係を研究している。主なる和文著書は、『日韓キリスト教関係史研究』(日本キリスト教団出版局、2009)、『韓国キリスト教史概論』(かんよう出版、2012)、『日韓キリスト教関係史論選』(かんよう出版、2013)、『韓国カトリック史概論』(かんよう出版、2015)、『東アジアの平和と和解』(共著、関西学院大学出版会、2017)など、以外日韓語での著書50巻以上。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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