メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

全身政治家だった翁長雄志・沖縄県知事

小学6年で「那覇市長になる」と宣言した翁長氏が政治家人生の最後に求めたものは

松原耕二 TBSキャスター

 翁長知事はどんな人物だったか。政治家としての軌跡については、様々な場ですでに語られている文章に委ねるとして、私は自分の耳で聞いた翁長氏の言葉をたどることで、その内面にあったものを見つめたいと思う。

 「私はいびつな人間になってますから」

 4年前、知事に当選した日の深夜、翁長氏は私にそう漏らした。祭りのあとの静けさに包まれた選挙対策本部でのことだった。

 私が当選後の気持ちを尋ねると、翁長氏はさばさばした表情で「感慨もなければ、高揚感もない」と言い切った。3時間ほど前には支持者たちとカチャーシーを踊って喜びを爆発させたではないか、その時ですら冷静だったのかと問うと、彼は肯いて言ったのだ。自分はいびつな人間になっているからと。

 それは父と兄が政治家という一家で育ち、「子どものころから選挙の熱気も、終わったあとのさびしさも十分すぎるほど味わってきたからだ」と翁長氏は言う。そして「父と兄は選挙で8勝7敗、自分は9連勝だけどね」と付け加え、「翁長家としては17勝7敗か」と笑った。

沖縄県知事選に当選し、カチャーシーを踊って喜ぶ翁長雄志氏=2014年11月16日拡大沖縄県知事選に当選し、カチャーシーを踊って喜ぶ翁長雄志氏=2014年11月16日

何を考えているかわからない人

 小学校6年生のときに「那覇市長になる」と宣言して、クラスメイトを驚かせて以来、翁長氏は政治家として生きると定めてきた。その結果「政治っていうものは私のすべてなんです」と言うまでの心境になったのだ。

 「政治家としては超プロですよ」

 稲嶺恵一元知事は翁長氏を評して言う。

 「子どものころから鍛えられて、意識して物事を見て、判断して、しゃべってたんだと。だから口数は多いけど、余計なことは一切言いません」

 「本音も?」と私は尋ねた。

 「もちろん」

 稲嶺氏と翁長氏は同じ門中だ。門中とは同じ祖先を持つ一族のことで、その結びつきは本土よりはるかに強い。しかも稲嶺氏を知事にかついだのも、沖縄県連幹事長時代の翁長氏だった。つまり公私共々、深い関係にある。その稲嶺氏が、翁長氏は余計なことは一切言わないから、本当は何を考えているかわからないと言うのだ。

 「小学校のときから政治家を目指していた人は違うんじゃないですか。軸を信念として持っている。それは読み取れないですよ」

 「それは近くにいらっしゃっても分からない?」と私は尋ねた。

 「わからないです。全然わからない」と稲嶺氏は首を横に振った。

自分は政治家という自己規定

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


関連記事

筆者

松原耕二

松原耕二(まつばら・こうじ) TBSキャスター

1960年山口県生まれ 早稲田大学政経学部卒、1984年TBS入社、社会部記者などを経て「ニュースの森」キャスター編集長、2004年からNY支局長、帰国後「NEWS23クロス」メインキャスターをつとめ、現在BS-TBS「週刊報道LIFE」キャスター編集長。ドキュメンタリー『フェンス~分断された島・沖縄』で放送文化基金優秀賞。著書に『反骨~翁長家三代と沖縄のいま』など。長編小説に「ここを出ろ、そして生きろ」「記者の報い」がある。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです