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佐喜真淳宜野湾市長拡大沖縄県知事選に出馬する佐喜真淳氏。基地問題への対応は……

8月14日(火) 今日は正午過ぎに佐喜眞淳・宜野湾市長が沖縄県知事選挙への出馬を正式表明する日だ。カメラクルーと合流して宜野湾市役所へと向かう。この市役所は結構立派な建物だ。すでに市長室隣の部屋にはたくさんの記者やカメラクルーが陣取っていて、会見場のようになっている。事前に得ていた情報では、市長室前でぶら下がりのようなスタイルで出馬の意向を表明するということだったが、違っていたのかな。

 そうこうするうちに、佐喜眞氏が辞職願を市議会議長に提出するシーンをカメラに撮らせるという。ぞろぞろとカメラがその部屋へと移動する。佐喜眞氏は市議会議長に対して「8月18日をもちまして、一身上の都合により辞職願いを提出させていただきます」と書面を渡す。その後やっぱり事前の情報通り、市長室前の廊下の狭いスペースで、佐喜眞氏の事実上の「出馬宣言」が行われた。何やら準備していた言葉を喋っていたが(対立から協調へという趣旨だった)、これまで通り、普天間基地の一刻も早い移設=危険性の除去なる文言は言うが、それがどこへ移設するのかについては一切言わない。辺野古のへの字も言わない。それで僕はそのことを質問したが、いずれ政策発表を行うので云々と曖昧にしてきちんと答えない。地元の若い記者たちは、僕が言うのも実際気が引けるのだが、本当におとなしいと思う。

 那覇への戻りがてら、そばを食べる。これでもう何回沖縄そばを食べただろうか。午後4時から県議会与党会派の第6回「調整会議」の取材。この会議は、社民、社大、共産、会派「おきなわ」、一部の経済界、市民団体など翁長県政を支えてきた「オール沖縄」の枠組みのなかの人々の擁立候補選びの「調整」会議なのだが、動きがとても鈍いようにヤマトゥンチューである僕には感じられるのだった。会議終了とともに出てきた出席者たちに記者たちが群がって聞くのだが、どこか反応が鈍い。

 「調査情報」の原稿を書きだす。1911年の大逆事件の死刑囚たちの刑執行について調べているが、当時の新聞の書きっぷりや裁判の非公開=秘密ぶりがとても興味を引く。このことも書こう。

 夜、シリアやイラクなど中東取材でご一緒したNさんが沖縄に来ていて連絡が入る。迷いなく再会することにする。地元ジャーナリストKさんと一緒に歓談。NさんはかつてNHK沖縄放送局にいた。沖縄とは縁が深いのだ。いろいろ話しているうちに、翁長雄志氏に「おんぶに抱っこ」だった「オール沖縄」の人々は、これまで何をしていたのか、ここは本当に反省しなければダメなのではないか等々という中間的な結論。Nさんの見方がとても面白い。「『沖縄タイムス』と『琉球新報』のことを偏向などという人は全く何もわかっていないんだと。僕に言わせれば、あの地元紙は本質的な意味で<保守>だと思いますよ」と。なるほど。

翁長さんの最期の様子を奥様から聞く

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筆者

金平茂紀

金平茂紀(かねひら・しげのり) TBS報道局記者、キャスター、ディレクター

TBS報道局記者・キャスター・ディレクター。1953年、北海道生まれ。東京大学文学部卒。1977年、TBSに入社、報道局社会部記者を経て、モスクワ支局長、「筑紫哲也NEWS23」担当デスク、ワシントン支局長、報道局長、アメリカ総局長、コロンビア大学客員研究員などを経て、2010年より「報道特集」キャスター。2004年、ボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『沖縄ワジワジー通信』(七つ森書館)、『ロシアより愛を込めて――モスクワ特派員滞在日誌 1991-1994』(筑摩書房)、『二十三時的――NEWS23 diary 2000-2002』(スイッチ・パブリッシング)など。共著に『テレビはなぜおかしくなったのか<原発・慰安婦・生活保護・尖閣問題〉報道をめぐって>』(高文研)、『内心、「日本は戦争をしたらいい」と思っているあなたへ』(角川書店)など多数。

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