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暗闇の札幌でみえたもの

空前絶後のブラックアウトを、この国の社会契約のあり方を考える契機に

吉田徹 北海道大学教授

コンビニでは水などの飲み物が売り切れていた=2018年9月8日、札幌市、筆者撮影拡大コンビニでは水などの飲み物が売り切れていた=2018年9月8日、札幌市、筆者撮影

  具体的な話をしよう。

 多くの人が実感したように、電力のない生活は、文明社会以前の状態に戻ることを意味する。電力がなければ、高層マンションの上層階まで水を送れず、断水になる。井戸を使っている家屋にしても、ポンプが動かずに断水する。我が家のトイレは電気で水洗しているので、手動で流すことになった。車で移動しようにも、立体式駐車場は動かない。

 災害が起きると、人は真っ先に情報を集めようとする。テレビは映らないから、時代遅れとなった電池式ラジオなんぞを持っていなければ、勢いスマホで情報収集に走る(今はスマホでラジオを聴くこともできる)。

重要度が高まるスマホの充電設備

買い物客でいっぱいの夕方のコンビニ=2018年9月8日、札幌市、筆者撮影拡大買い物客でいっぱいの夕方のコンビニ=2018年9月8日、札幌市、筆者撮影

 ただ、スマホの充電が切れて、充電バッテリーも使い果たしてしまえば、それもアウト。文字どおりライフラインが寸断されるに等しい状態になる。札幌では充電機を用意した区役所に、市民が数時間待ちの長蛇の列をつくった。

 海外はどうだろうか? アメリカやフランスなどの一部の都市では、ソーラーパネルなどを利用したUSB充電口がバス停などに装備されている。スマホがライフラインと化している現在、万人がいつでもどこでも利用可能なパブリック・ユーティリティとしてのスマホ充電があってもいい。

 大学生の頃、アフリカの難民キャンプに行った際にも感じたが、公的に、あるいは他人が取り除くことのできる不幸は、大体の場合、細かでささやかなものだ。しかし些細(ささい)な不幸をひとつずつ失くしていくことは、日々の生活を普通に送る上で欠かせない条件となる。

停電が続く札幌の繁華街でろうそくとランタンの明かりの中、ラジオニュースを聞く人たち=2018年9月6日、札幌市中央区拡大停電が続く札幌の繁華街でろうそくとランタンの明かりの中、ラジオニュースを聞く人たち=2018年9月6日、札幌市中央区

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筆者

吉田徹

吉田徹(よしだ・とおる) 北海道大学教授

1975年生まれ。慶応義塾大学卒。東京大学大学院総合文化研究家博士修了。学術博士。専門は比較政治、ヨーロッパ政治。著書に『ミッテラン社会党の転換』(法政大学出版局)、『「野党」論』(ちくま新書)、『ポピュリズムを考える』(日本放送出版協会)、共編著に『ヨーロッパ統合とフランス』(法律文化社)、『政権交代と民主主義』(東京大学出版会)など。