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スポーツ界の不祥事に平成の終わりが見える

「上意下達」カルチャーを拭いきれるか? 平成後の東京オリンピックが大きな試金石だ

森田浩之 ジャーナリスト

記者会見に臨む宮川紗江選手=2018年8月29日、東京都千代田区

 平成が終わろうとする今、スポーツ界に不祥事が相次いでいる。

 レスリングのパワーハラスメント、アメフトの悪質タックル指示、ボクシング連盟会長の不透明な組織統治や暴力団関係者との交際、体操のパワハラ……。これだけ不祥事が相次いで噴き出すと、新聞を開くたびにスポーツ界の新たなハラスメントが報じられていても驚かなくなってくる。

 なぜ今、スポーツ界に不祥事が相次いでいるのか。

 ハラスメントという言葉は平成の30年の間に定着し、日本社会をゆっくりとではあるが変えてきた。そんななかで、ハラスメントを伴う「上意下達」のカルチャーが最後まで無批判に残っていたのがスポーツ界だったのだろう。平成が幕を閉じる直前になって、ようやくそこに変化が訪れたといえるかもしれない。

 だとしても、平成が終わった後に開かれる2020年の東京オリンピックは、その変化を受け継ぐことができるのか。開幕まで2年を切った今、指導者と選手の間の上意下達だけでなく、政府や大会組織委員会が国民に対してさまざまな注文をつける場面が増えてきた。

 不祥事が続く一方で、東京オリンピックを間近に控える今、日本のスポーツ文化は大きな過渡期に差しかかっている。これからの方向性を決めるのは、東京オリンピックをはさんだ今後数年かもしれない。

「ボス」の空気

記者会見で辞任を表明する日本ボクシング連盟の山根明会長=2018年8月8日、大阪市北区
 多くの人が感じているように、一連の不祥事の「主役」たちは、ほぼ一様に「ボス」の空気をまとっていた。

 悪質な反則タックルを指示した日大アメフト部の内田正人監督は、大学の人事権を持つ常務理事でもあり、すでに顔つきからして「オレの言うとおりにしていればまちがいない」と言っているように見えた。いわば「昭和のオヤジ」顔だ。

 日本ボクシング連盟の山根明会長にいたっては、トレードマークの薄い色のサングラスも含めて、昭和のオヤジどころか、任侠の世界に足を突っ込んでいないかと思わせる風貌だった。案の定と言うべきか、山根は暴力団関係者と交友があったことを認めて辞任した。

 そんなオヤジたちを告発し、公の場で重要な証言をしたのが若いアスリートたちだったことも、一連の不祥事のなかで際立つ点だ。

記者会見で話す日大アメフト部の内田正人・前監督=2018年5月23日、東京都千代田区
 日大アメフト部の悪質タックル問題では、反則タックルをした宮川泰介選手(20)が記者会見を行い、内田監督と井上奨コーチの指示で反則に及んだことを明言した。監督とコーチは関東学生アメフト連盟から、最も重い「除名」の処分を受けた。

 体操の宮川紗江選手(18=記者会見時)は8月下旬に記者会見を開き、自身への暴力を理由に日本体操協会から無期限登録抹消処分を受けた速見佑斗コーチの処分軽減を求める一方、速見コーチの指導に関する聞き取り調査の過程で、協会の塚原千恵子・女子強化本部長と夫の塚原光男副会長からパワハラを受けていたと告発した。夫妻は第三者委員会による調査結果が出るまで、職務を一時停止された。

 パワハラ、セクハラ、アカハラ……。今ではすっかり日常的なものになった「ハラスメント」という言葉は、日本では平成の始まりとともに市民権を得た。平成元年(1989年)、新語・流行語大賞の新語部門の金賞に「セクシャル・ハラスメント」が選ばれている。

 その後30年間は日本社会とスポーツ界にとって、ハラスメント撲滅に向けた闘いの年月だったのかもしれない。スポーツ界ではそれまで「いささか厳しい指導」として片づけられていたものが、「ハラスメント」とみなされるようになった。こうして平成の最後になって、昭和のオヤジ型の指導者は若いアスリートからきっぱりと最後通牒を突きつけられた。

 不祥事からの信頼回復という大きな課題はあるが、「オレの言うとおりにしていればまちがいない」というスポーツ界の上意下達のカルチャーに風穴が開いたことは、平成の間に勝ち得た進歩ととらえていいだろう。

東京五輪をめぐる上意下達

 その進歩が本物かどうか試されるイベントが近づいている。言うまでもなく、東京オリンピックだ。

 指導者から選手への行きすぎた上意下達は問題視されるようになったかもしれないが、東京オリンピックをめぐっては政府や大会組織委員会が国民にさまざまな「要請」を行う局面が目立ってきている。

2020年東京五輪・パラリンピックのボランティア募集開始日についての会見=2018年9月12日、東京都港区、代表撮影

 たとえば、オリンピック史上最多とされる11万人を集めるというボランティアの問題だ。

 募集要項によれば、活動は無償、1日8時間程度で計10日以上の活動ができること、事前の研修にも参加できることが条件となる。しかも会場までの交通費も、ボランティア活動に宿泊が必要となった場合の宿泊費も自己負担だ。これには「ブラック・ボランティア」「やりがい搾取」といった批判が出ている(交通費については後に一定額を支給することに改められ、実際にかかる運賃に関係なく全員に同じ額を提供する方針だ)。

 しかも文部科学省は全国の大学に対し、学生のボランティア参加を促すため、オリンピック期間中に授業を行わないよう暗に求める通知を出した。すでにいくつもの大学が、オリンピック開会式の前日までに授業と試験を終えるなどの日程変更を発表している。

 それどころか、一部の大学はオリンピックでボランティア活動を単位認定することを決めた。労働の対価が金ではなく、単位で「支払われる」ということだ。

 ボランティアは「自発的」な行為なのだから、やりたくなければやらなくていい……と思えるが、そうとも言えない。

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