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29時間で身につく「にわか韓国語講座」(3)

第1章 日本語からのアプローチ 2.漢字の意味は同じ、発音は一つ

市川速水 朝日新聞編集委員

 

韓国にも日本や中国同様、伝統的な茶道がある。韓国茶道はひざを立てて韓服を際立たせるのが一般的とか。お茶の博物館も各地にある。

 アンニョンハシムニカ!

 これまで、なぜ日本語からのアプローチが早道なのかを力説してきたつもりです。

 今回は、漢字を通じて日本語と韓国語の違いについてじっくり考えてみましょう。

「一つの漢字に一つの音」で「熟語は日本語と同じ」です!

 例えば「歩」という漢字には、「ある(く)」、「あゆ(む)」という訓読みのほか、音読みで歩道、一歩の「ほ」「ぽ」、将棋の「ふ」、歩合制の「ぶ」、人名で「あゆむ」「あゆみ」という場合もありますよね。これだけでも8種類! 日本語がいかに複雑か、です。

 ところが韓国語の読みは「ポ」(보)だけ。覚える労力は8分の1ということになります。

 「生」という字も、音読みが「せい」「しょう」、訓読みが「い(きる)」「う(まれる)」、「お(う)」「は(える)」「き」「なま」と思い当たるのが計8種類。さらに調べると君が代の「苔の生(む)すまで」などたくさんあります。これから日本語を学ぼうという立場だったら、吐き気がするぐらいでしょうが、日本では普通に使い分けているのです。日本語を使いこなすってすごいですよね。韓国語は「セン、(この本のやくそくごとでは)セング」だけです。

 ただ、ここにはトリックがあることも日本語を使い慣れた人は知っています。8種類の読みがあっても、日常的には2つか3つぐらいで足りること、人名など固有名詞では「フーン、そう読むんだね」と知らなくても普通に聞けばいいこと。重要性の軽重を知らずに全部覚えようとすると、疲れるばかりで学ぶ人がかわいそうです。

 韓国語の漢字語は読みが原則一つしかないうえに、日本と同じ意味で漢字語を使うものがたくさんあります。むしろ二字~四字熟語でいえば、ほとんど同じといってもいいかもしれません。

 日常生活に関することでいえば、「生活」「食事」「食器」「運転」「勤務」

 学問でいえば、「哲学」「科学」「物理」「数学」「知識」、もちろん「学問」「教育」も。

 そのほかよく使う言葉で言えば「問題」「報道」「対話」「勿論」「結論」「討論」「瞬間」「準備」「日本」「韓国」「手術」「継続」。……数えきれません。まだハングルの表記の説明に入っていませんので、ここでは漢字のみにしておきます。

 さて、「読みは一つ」「熟語は日本語と同じ」という2つのルールをあてはめるとどんなことが起きるか? これが楽しさの一つです。

 例えば「安心」の読みは「アン・シム」(「やくそくごと」ではアヌ・シム)。日本語と似た響きですね。では「安全」は? 「全」は「チョン」または「ヂョン」(より正確にはヂョヌ)です(濁音になるかならないかは後述します)。であれば、「安全」=「アンヂョン」ではないか? そうなのです。

 次の問題。「心臓」は? 「臓」=「ジャン」(ジャング)ということを知れば、「シムジャン(シム・ジャング)」ではないかと想像できます。

ちょっと寄り道③ 「封筒」の衝撃
 韓国語が主に漢字語で成り立っていることは、韓国語学習者なら誰でも知っていることで、新発見でも何でもありません。ただ、日本語との関係性に早く気付けば、その瞬間から学習速度が一気に速まります。私も頭では分かっていましたが、体験して一気に韓国語への親近感が高まったのを覚えています。
 韓国語留学のためにソウルの下宿(このまま漢字語でハ・スクと呼びます)に入ったものの、勉強方法が見つからずに焦っていました。ある時、会社に書類を送るため支局に立ち寄り、日本語の流暢な韓国人スタッフに「封筒ありますか?」と聞きました。すると、その助手が封筒を手渡してくれながら「封筒のことはポントゥと言うんですよ。覚えてくださいね」と言ったのです。変わった響きの音だな、ポントゥ、ポントゥと、うわごとのように繰り返していました。
 その晩、今度は韓国語の得意な日本人に会いました。「封筒はポントゥって言うんですよね」と聞くと、「そう、封筒は韓国では『封套』と書き、そのまま韓国読みするだけだよ」と言うのです。封=ポン、套=トゥ、何だよ、早く言ってよ~、です。それだったら二度と忘れません。さらにその深夜、同じ初心者の日本人を交え韓国人仲間とカラオケに行きました。韓国人が歌っている最中、日本人仲間が「チェゴ、チェゴ、カス」と知らないかけ声をかけたのです。「しまった、先を越された」と悔しがっていたら、後で「最高!最高!歌手(みたいにうまい)」を韓国読みしただけと分かり、なあんだと思いました。
 その後、まず漢字を思い出し、それを韓国語で読んでみて通じるかどうか試していく、ということを繰り返し、爆発的に語彙が増えました。
 韓国語の中には、日本の植民地時代に半ば押しつけられた言葉もあり、漢字語が同じだから通じるといってはしゃいだりすると、冷ややかな空気になることもあります。あくまでも、日本語から韓国語に変換できる「不思議な現実」を味わいましょう。

 「安(アン、アヌ)」は、「アンニョンハシムニカ」(こんにちは)の冒頭と同じです。ひょっとして同じ漢字? そうなのです。「安寧ですか?」です。「寧」=「ニョン(ニョング)」さえ覚えれば意味が分かります。日本では「安寧」という言葉はあまり使いませんが、ワープロの漢字変換では出て来ます。この日本では古風な言葉が韓国で代表的な挨拶言葉になっているのですね。

 身の周りの漢字語を思い浮かべてください。朝から晩までの行動も韓国語と同じ意味の単語がてんこ盛りです。食事、出勤、地下鉄、出勤、勤務、業務、化粧室、終了、(帰り道には)公園、百貨店…、これ、全部韓国語の読みに置き換えれば通じます。しかも日本語のように一つの漢字に音読み・訓読みの区別もありません。一つの漢字に一つの音なので、二つの漢字も一つの音なのです。

ちょっと寄り道④ なぜ「安寧」?
 日本で古びつつある(?)安寧が韓国ではなぜ主流なのでしょうか。結論は「分かりません」です。ただ、数年間聞き回ったところでは、いくつか説があります。
 出会った時だけでなく、別れる時も「アンニョンヒ・ケセヨ」(去る人)、「アンニョンヒ・カセヨ」(見送る人)と安寧が含まれています。ある友人の解説では、朝鮮半島は緯度が高くて冬が寒いし肥沃な土地も多くない。東南アジアのように穀物や野菜が豊富ではない。生きているかどうか、生きているなら、まあよかったと毎日確認するために、こんな挨拶が定着したのではないかと言います。
 ひるがえって、この「安寧問題」を考えていると、逆に日本語はどうして「おはよう」「こんにちは」「さようなら」「ありがとう」というのか、こちらの方が不思議な気がしてきました。外国人に時々質問されるのですが、調べてもなかなか納得いく答えは分かりません。
 「お早いお越しで」とか「今日はいかがですか」とか「左様ならば」とか「有り難し」が語源とか、諸説俗説含めて一応は由来を知ることができるのですが、いつの間にどう変化して今の言葉のように定着したのか、いまだにどうも納得いきません。
 韓国では、ほかにも昼前後に出会った知人・友人に対して、「こんにちは」とほぼ同義語で「パン・モゴッソ?」(ご飯食べた?)という挨拶があります。食べても食べなくても厳密な答えを求めているわけではありません。それも飢えが重大な問題だった辛い時代の名残なのでしょうか…。

複数の読み方をする漢字は例外中の例外!

 さて、日本語の漢字読みに目を移してみましょう。

 否定(ひてい)と定規(じょうぎ)、内側(うちがわ)と内定(ないてい)。

 安否(あんぴ)と否定(ひてい)。体重(たいじゅう)と自重(じちょう)と重石(おもし)など、一度は習わないと読めない漢字語だらけです。

 人名になると、「服部(はっとり)さん」「菅(かん)さん」「菅(すが)さん」「長谷川(はせがわ)さん」と読みの多さにお手上げです。

 韓国語では、発音も日本語とよく似た漢字語がたくさんあります。先ほどの「安心」もそうですが、ほかにも……。

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