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東京オリパラで東京の高校が大変?

大学入試新制度を控えた受験の「天王山」と重なる東京五輪。今から対策を考えよ。

鈴村裕輔 名城大学外国語学部准教授

屋根のつり上げが完了した「オリンピックアクアティクスセンター」=2018年7月24日屋根のつり上げが完了した「オリンピックアクアティクスセンター」=2018年7月24日

学事日程の変更を求められた大学

 2020年7月から9月にかけて開催される予定の東京オリンピックとパラリンピック(以下、オリパラ)には問題が山積している。酷暑のなかでの競技、11万人とされるボランティアの確保、観戦者の移動による交通機関の輸送力の低下、などなど。何らかの具体的な対策を講じなければ、大会の円滑な運営に支障をきたすだけでなく、われわれの日常生活も阻害されることになる。

 すでにスポーツ庁と文部科学省は、学生のボランティア活動への参加などを促すため、全国の大学と高等専門学校に対し、会期中の学事日程を柔軟に変更するよう求める通知を出し、一部の私立大学などでは2020年度の学年暦を繰り上げることを決定している。

 ボランティア活動に参加することで得られる教育的な意義と、専門科目や演習などを受講することで得られる教育的な意義の、どちらが重要なのか、あるいは同じなのかは分からない。だが、これまで授業回数の確保を厳格に求めてきた文部科学省の態度の変化は、裁量行政的な方法を用いなければボランティアを確保できないという危機感の表れでもあろう。

 それでも大学の取り組みは報道などを通して人々の目に触れるために、社会的な関心を集めやすい。その一方で、現時点では話題となっていないために注意を払われていないが、今後確実に課題となるのが高校の対応策、とりわけ都立高校の動向だ。

 本稿では、今のうちから具体的な対応を行わなければ、社会問題化しかねない「オリパラと高校」の関係について考えてみたい。

ずさんな見積もりに基づいた招致活動

2020年東京五輪・パラリンピックのボランティア募集開始日について説明する同組織委の坂上優介副事務総長(奥右)と東京都オリンピック・パラリンピック準備局の田中彰運営担当部長(奥左)=2018年9月12日2020年東京五輪・パラリンピックのボランティア募集開始日について説明する同組織委の坂上優介副事務総長(奥右)と東京都オリンピック・パラリンピック準備局の田中彰運営担当部長(奥左)=2018年9月12日

 招致活動の際に標榜(ひょうぼう)した、選手村を中心とした半径8km圏内に85%の競技会場を配置する「コンパクト五輪」の考えが実現していれば、オリンピックの競技会場のほとんどは東京の都心部に集中し、他の地域が受ける影響は軽微なものとなったはずだ。

 だが、そもそも招致活動はずさんな「見積もり」に基づいていた。招致委員会が国際オリンピック委員会(IOC)に対して行った説明をあらためて見ると、そのずさんさに今さらながら驚かされる。

 ――この時期の天候は晴れる日が多く、かつ温暖であるため、アスリートが最高の状態でパフォーマンスを発揮できる理想的な気候である。また夏季休暇に該当するため、公共交通機関や道路が混雑せず、ボランティアや子供たちなど多くの人々が参加しやすい。

 まさに東京の実情とはまったく異なる説明だ。一事が万事がこんな具合だから、標榜していた「コンパクト五輪」の実現も難しくなり、結果的に首都圏を中心に全国各地で競技が行われることになった。

 そのため、オリパラは東京だけではなく、その他の多くの地域でも人々の日常生活に広範な影響を及ぼすことになった。では、オリパラは小中高校の教育活動にどんな影響を与えるか。次節で詳細を検討しよう。

 小中高校にも影響を与えるオリパラ

 周知の通り、2020年7月は祝日が従来と異なる日に設定される。すなわち、7月の第3月曜日の海の日が7月23日(木)に、10月の第2月曜日の体育の日は2020年からスポーツの日と改称されたうえで、7月24日(金)に移動する。いずれも、7月24日に東京オリンピックの開会式が行われることに対応した措置だ。

 海の日とスポーツの日を合わせれば、7月第4週は4連休となるため、多くの小中高校では直前の7月22日(水)に終業式を迎える。7月23日からは夏季休業となり、オリンピックの影響を受けることはない。あえて問題点を挙げるなら、オリンピックに気を取られて、夏休みの宿題が手につかないことが懸念される程度。そう思われるかもしれない。

 しかしながら、夏休みの期間中、小中高生は一日中、家にいるのではない。夏休み中も小学生ならラジオ体操やプール教室に、中高生は部活動をするため登校することは珍しくない。林間学校や臨海学校、あるいは部活動の合宿などで、学校が出発と帰着の拠点となることもあるだろう。

 こうした事情を踏まえれば、オリパラが小中高生の生活に影響を与えることが想像できるだろう。たとえば、オリパラにおける重要な課題の一つは、観戦者の移動手段の確保である。現在すでに、オリパラの期間前後の民間のバスの予約は難しくなっている。さらに東京都では、東京都交通局のバスだけでなく、都立学校が所有しているバスも徴用する計画があるとされている。

 民間のバスの手配が困難になれば、林間学校や部活動の合宿の移動はバスではなく電車となり、家庭の費用負担が増える可能性がある。また、登校を規制したり、かわりの行事を計画したりする必要がでるかもしれない。合宿先を変更するとしても、2019年度末までに次年度の活動を確定させるために残された時間は1年半しかない。特に公立学校の場合は教育委員会の検討を経る必要があるから、各校の持ち時間はさらに少なくならざるを得ない。

2010年の五輪が東京に決まり、調印式を行う(左から)安倍晋三首相、IOCのロゲ会長、JOCの竹田恒和会長、猪瀬直樹東京都知事=2013年9月7日、ブエノスアイレス2010年の五輪が東京に決まり、調印式を行う(左から)安倍晋三首相、IOCのロゲ会長、JOCの竹田恒和会長、猪瀬直樹東京都知事=2013年9月7日、ブエノスアイレス

 対策の遅れが目立つ都教委や都教育庁

 学校側も事態を傍観しているだけではない。たとえば東京都渋谷区の私立高校は、生徒の登下校時の安全を十分に確保できない可能性があるという理由から、オリンピックが開催される7月24日から8月9日(日)までの17日間、生徒の登校を全面的に禁止することを決めている。また、東京都の臨海地域に所在する私立高校も、オリンピック期間中の全校閉鎖と外部施設の利用を決め、2018年度から学校行事の見直しや部活動の対応を行っている。

 私立学校のこうした取り組みに比べ、遅れが目立つのが、公立学校、特に都立高校の動きだ。

 5校の中等教育学校を含む都立高校191校の中には、オリパラ期間中に生徒の登校を禁止したり、教職員の出勤を停止したりして、閉庁することを計画している学校もある。また、東京都の教育行政事務を所管する都教育庁にも、オリパラ期間中の学校のあり方を速やかに決定しなければ適切な対応が出来ないことを理解している職員はいる。

 だが、都教育庁や東京都教育委員会が、組織全体として事柄の重要性に気付いているとは言い難い。「都立高校生はボランティアへの参加を」と呼びかけはするものの、現時点で想定される課題への具体的な対応は未策定というのが実情だ。

 もちろん、都教育庁などの態度にも理解の余地はある。なぜなら、競技会場の最寄り駅やバス停を利用する都立高校は全体の一部だし、オリンピックは夏休み中なので生徒の安全確保を優先するなら閉庁すればよい。また、夏休み中に部活動や校内講習会などを行うなら、他の都立高校や既存の都有施設を活用することで対応できる。今から策を練る必要がないという考えがあるのは、当然かもしれない。

 それでも、視野をオリパラ期間の後にまで広げると、「ある問題」が浮かび上がる。それは、2021年1月に行われる「大学入学共通テスト」だ。

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