2018年09月21日
安倍晋三首相が9月20日、自民党総裁に3選された。すでに安倍政権は憲政史上第5位の長期政権だ。戦前を含め、通算でこれを上回るのは、長い順に、桂太郎、佐藤栄作、伊藤博文、吉田茂。すでに小泉純一郎、中曽根康弘、岸信介、田中角栄をこえている。安倍首相は、3選の総裁任期の2021年9月まで無事つとめれば、憲政史上最長の政権になる。
海外に目を向ければ、今や西側主要国のなかで、ドイツのメルケル政権に次ぐ長期政権だ。2021年9月まで続けば、アメリカのトランプ大統領の1期目の任期(2021年1月)も超える。
では、安倍首相は、これだけの長期政権のメリットを生かし、外交・安全保障面で目に見える成果をあげてきただろうか。在任期間が安倍首相より短い、中曽根、小泉、田中といった歴代政権に比べ、レガシー(政治的遺産)を残してきたと言えるか。「地球儀を俯瞰する外交」は奏功してきたのだろうか。
本稿では、安倍政権の外交や安全保障について分析するとともに、今後の安倍政権の課題を考えてみたい。
吉田政権のサンフランシスコ講和条約、鳩山一郎政権の日ソ国交回復、岸政権の日米安保条約の改定、佐藤政権の沖縄返還、田中政権の日中国交回復、小泉政権の日朝平壌宣言など、歴代政権は戦後処理や近隣諸国との関係改善で、戦後日本の礎と針路を築いてきた。
2012年12月に政権トップの座に返り咲いた安倍首相は、経済面での「アベノミクス」とともに、「富国強兵」策を着実に実行してきた。
国家安全保障会議(NSC)の設置。一国平和主義を転換する「積極的平和主義」を基本理念に掲げた国家安全保障戦略(NSS)の策定。新防衛大綱の作成。武器輸出を厳しく制限してきた「武器輸出三原則」の緩和。アメリカ政府からの圧力のもと、外交や防衛などの機密情報が管理される特定秘密保護法も制定した。さらに、国論が二分するなか、集団的自衛権の行使容認にも至った。民主党政権下で削減された防衛予算も一気に増額してきた。
賛否両論があるにせよ、台頭する中国や緊迫する北朝鮮情勢を念頭に安全保障政策を強化したことは、安倍首相のレガシーのひとつと言えるかもれない。
また、英国の欧州連合(EU)離脱や、アメリカ第一主義を掲げるトランプ政権の誕生で多国間主義が揺らぎ、2国間の紛争に陥りがちな世界にあって、アメリカが抜きでも環太平洋連携協定(TPP)発効に向けて尽力してきたことは、率直に評価ができるだろう。
世界1位と2位の経済大国である米中が、あたかもチキンレースのごとく、激しい追加関税を課す貿易戦争を繰り広げるなか、日本はTPP交渉を牽引してきた。貿易立国として、多国間の貿易自由化を目指すTPPを守ることは、反グローバル化を押しとどめる重大な意味も持つ。実際にTPPが発効されれば、安倍外交の立派なレガシーになるだろう。
次に、今後、安倍外交が直面する四つのハードルを挙げてみたい。
一つ目は対米関係だ。安倍首相は著書『美しい国へ』(2006年、文春新書)で、「アメリカのいうままにならず、日本はもっといえ、という人がいるが、日米同盟における双務性を高めてこそ、基地問題を含めて、私たちの発言力は格段に増すのである」と述べている。
ならば、集団的自衛権の行使を可能にする安全保障関連法の成立で、日米の双務性はぐっと高まり、アメリカにはもっとモノが言えるようになったはずである。しかし、安倍首相は、アメリカ軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設問題に対する沖縄県の強い懸念を、トランプ政権に伝えただろうか。あるいは、アメリカ軍機に日本の航空法を順守させるなど、在日米軍の法的地位を定めた日米地位協定の改定を強く求めてきただろうか。そうは言えないのが現状であろう。
著書で「真のナショナリズム」を説き、マッチョ感が溢(あふ)れていた安倍首相は、第2次政権発足から1年となる2013年12月に靖国神社を参拝し、アメリカ政府の反発を浴びてから、国家主義的なイメージをトーンダウンさせた。元来の右寄り保守のスタンスから、ぐっと中道に寄ってきた。
トランプ大統領は2017年11月6日、東京・赤坂の迎賓館で行われた日米首脳会談後の記者会見で、安倍首相の面前で日本に「武器を買え」と発言した。しかし、安倍首相は「日本の防衛力を質的、量的に拡充していく」と述べるにとどまった。安倍首相が真のナショナリストの政治家なら、その場で反論するべきだった。
なぜならば、日本はアメリカの武器をかつてないほど買い増ししているからだ。地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」やF35Aステルス戦闘機、垂直離着陸輸送機オスプレイなどの購入だ。今夏、2019年度の防衛予算に概算要求に計上されたFMS(アメリカ政府と直接契約する有償軍事援助)の新規契約額は、過去最大となる6917億円にも達し、今年度予算の4102億円から7割近く跳ね上がった。FMSでアメリカの言い値を押しつけられる懸念が強く指摘されていたにもかかわらず、である。
安倍首相は、日米同盟の強化やトランプ大統領との「蜜月」をアピールする。しかし、その一方で、アメリカ追従に陥って「戦後レジームの脱却」どころか、「戦後レジームの強化」になっているのではないか。
また、北朝鮮などの他国は、日本は「しょせん対米追従でアメリカについていくだけ」とみなし、日本をパッシングしてアメリカとの交渉に重きをおいているフシがある。
二つ目の課題はその北朝鮮だ。安倍首相はそもそも小泉純一郎政権の官房副長官時代に、北朝鮮に対して強硬な姿勢をとって、国民の支持や人気を集めた。2017年10月にも、北の脅威を訴える「国難突破選挙」を高唱して衆議院選挙を戦い、勝利した。
安倍首相は長年の懸案である拉致問題について、「私が司令塔となって全力で取り組む」と意気込みを示し、拉致・核・ミサイルのパッケージ方式での包括的な解決を訴え続けている。だが、小泉政権時の2002年に拉致被害者5人が帰国してから16年間、拉致被害者は1人も帰ってきていない。
政治は結果がすべてだ。威勢のいい言葉だけなら、誰でも、そして何でも言える。トランプ大統領は就任1年4カ月で、米国人学生オットー・ワームビアさんを含めれば、4人を連れ戻した。北朝鮮によるアメリカ人の拘束事件と日本人拉致事件はまったく別物だと指摘する声もあるが、「国家は国民の生命を守るもの」という点では同じだ。
安倍首相は日朝首脳会談に意欲を燃やしているが、北朝鮮の安倍政権に対する不信感は大きい。東京都小平市にある朝鮮大学校の李柄輝准教授は5月下旬に都内で行われた講演会で、北朝鮮には「安倍首相とジョン・ボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)が一番強硬で対話すべきではない」との見方があることを明らかにした。その一方で、トランプ大統領のように柔軟な対話姿勢に転換すれば、北朝鮮は対話に応じるだろうとの見通しも示した。
日本は拉致問題、北朝鮮は植民地時代の過去の清算を、それぞれ最優先し、日朝協議の入り口から物別れになる難しい状況が続いている。筆者は、日本は、北東アジア非核化構想を提唱し、事態を打開していくべきだと考えている(WEBRONZA「北東アジア非核化構想の旗、日本は掲げよ」参照)。
日本人拉致被害者の家族は高齢化し、近年では逝かれる方も少なくない。国家が国民の生命と財産を守れずして、国家たり得るだろうか。一体、誰が守ってくれるのか。もっと緊急性を持って、あくまで人道上の措置として北朝鮮に拉致被害者の解放を訴えていくべきだ。
三つ目の課題は対ロシア外交だ。安倍首相とプーチン大統領は通算22回の会談を重ねてきたが、北方領土問題は遅々として進んでいない。そんななか、プーチン大統領が9月12日の東方経済フォーラムで、安倍首相に年内に前提条件抜きの平和条約締結を求めた発言は衝撃的だった。
唐突感はあるものの、筆者はプーチン大統領がしたたかに日本に揺さぶりをかけたとみている。
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