安倍政権の対米従属。日本国民がアメリカの戦争に駆り出される未来が危惧される
2018年09月30日
「戦争経済大国(中)」では、イラン・イラク戦争や湾岸戦争、ペルー日本大使公邸人質事件などを経て、日本経済の利益擁護者としての軍事力増強を求める声が、経済界で一気に高まり、憲法改正の議論につながっていく状況を報告した。
当然のことながら、軍事力よる国家安全保障という大きなイシューが、ただ単に国土防衛とか、周辺諸国の動向などというシンプルな問題意識だけで語られることはあり得ない。もっとも、日本では北朝鮮問題や中国の脅威ばかりが強調され、一般の議論がその方向に誘導されがちなのは事実だが、実際には巨大資本やこれに連なる人々の経済的利害こそが、現在の方向性が内在する最大のモチベーションなのではあるまいか。財界が近年、足並みを揃えて憲法改正に向けた動きを加速させていることは、もちろん偶然ではない。
経済同友会が集団的自衛権の行使容認を求めた提言の概要は前回で見た通りだ。取りまとめたのは「安全保障委員会」(委員長=加瀬豊・双日会長、現在は武藤光一・商船三井会長)だったが、同友会は昨年、8年ぶりに「憲法問題委員会」(委員長=大八木成男・帝人相談役)を設置している。
経団連の榊原定征(さだゆき)会長が記者会見を開き、「平和憲法の精神を継続した上で自衛隊の存在意義を明確にすべきだ」と述べたのは昨年5月8日のことだった。5日前の3日に発行された『読売新聞』朝刊のインタビューで、安倍晋三首相が東京五輪の開催される2020年中の改正憲法施行を目指すとし、この際、焦点になる9条については現行の条文を特に改めなくとも、自衛隊の存在を明記できればよいと発言していたのを受けたものである。この一見ソフトにも映りやすい提案の怖さは前回に指摘した通りだが、榊原氏は「安倍首相が明確な方向性を出されたことは、経済界としても重い発言と受け止めている」とも語り、あくまでも政権を支持する強固な意志を示してみせた。
経済同友会と経団連は当初、それぞれの提言を2017年中に発表する方針を明らかにしていた。18年9月下旬現在、まだいずれも実現していないのは、政局や社会情勢を見極めた上で、最も効果的なタイミングを見計らっているのだろう。とりわけ経団連で憲法問題を扱うのは、この間に榊原氏から後を託された中西宏明新会長(日立製作所会長)が委員長を兼務する「総合政策特別委員会」で、かなりの力の入れようだから、曖昧に済ませることはないはずだ。
なお日本商工会議所も2017年度以降、憲法問題をテーマとする勉強会を重ねてきている。25年にまとめた憲法改正に関する論点整理をベースにしているとされるが、独自の提言や意見書などを公表する予定はないという。
財界が現行憲法の特に9条をグローバル・ビジネスの制約と捉え、その改正を求める根拠は多様だ。大きな背景にはアメリカの意向があり、これに従う態度こそが利益の極大化をもたらす、という判断があることは間違いない。ただ、より直接的には、前回で紹介したIJPC(イラン日本石油化学)の経緯や、高坂節三・経済同友会憲法問題調査会委員長(2003年の取材当時)の発言などからも理解できるように、軍事力をグローバル・ビジネスの用心棒として活用したい発想があると見て差し支えないのではないか。
そして現代の安倍政権は、“アベノミクス”における「成長戦略」の柱のひとつに、インフラシステム輸出という国策を位置付けた。主に新興成長国群をターゲットとして、計画的な都市建設や鉄道、道路、電力網、通信網、ダム、水道などのインフラストラクチュア(社会資本)を、それぞれコンサルティングの段階から設計、施工、資材の調達、完成後の運営・メンテナンスまでを「官民一体」の「オールジャパン体制」(大量の公表資料で強調されてきた形容)で受注し、手がけていく。民主党政権下で「パッケージ型インフラ海外展開」と称されていた戦略を、安倍氏流にリニューアルしたものだ。
インフラシステム輸出の中核には原発輸出が位置づけられている。福島第一原発事故の惨事は省みられていない。地元住民がどれほど反対しようと、各地の原発の再稼働が強行されている理由は、この際、日本の原発は危険でないと、輸出の売り込み先にアピールするためもある。原子力立国への志向は、パッケージ型インフラ海外展開を進めていた当時の民主党政権と変わらない。
安倍氏流のリニューアルとは、この国策に「資源権益の獲得」および「在外邦人の安全」という独自の要素を組み込んだことである。インフラシステム輸出の相手国に地下資源が豊富なら、それらを有利な条件で回してもらう。ただし資源国には紛争リスクが付きものだから、現地に赴く日本人労働者やビジネスマンはテロの標的にされかねない危険を伴う。政府は国策のために働く彼らを国家として守る、というストーリーだ。
アルジェリアの天然ガス精製プラントが武装グループに襲撃され、エンジニアリング会社「日揮」に雇用されていた日本人労働者10人を含む約40人が殺害された事件を想起されたい。2013年1月のことで、前年の暮れに第2次政権を発足させたばかりだった安倍首相は自民・公明の両党にプロジェクトチーム(PT)設置を指示し、陸上自衛隊出身の中谷元衆議院議員(後に防衛相)を座長に就かせている。PTの議論は同年11月、あのような場合の自衛隊による邦人救助のための陸上搬送について定めた自衛隊法改正に直結していくのだが、筆者が中谷氏に取材した内容は、前述・高坂節三氏の話と、見事なまでに符合していた。こんな具合である。
「そうですね。カントリーリスク対策の一環ということで。先進各国は、特にアメリカでは企業が海外で自由にビジネスをやる。何かあれば軍隊が飛んできて安全を確保してくれます。フランスだって武装したガードマンが常に配置されている。それが国際社会なんです。これまでの日本はそんなこともできなかった。イラクやインド洋に自衛隊が派遣された時みたいにその都度、特措法を作らなくちゃいけない」
――この種のリスクは必然的に高まってくる、と。
「科学技術立国の日本は、世界のトップランナーです。企業はどんどん外に出掛けて行って貢献すべきでしょう。われわれは政府として、その人たちをどう支援するのかを考える。日揮にもヒアリングしましたが、勉強になったのは、現地の危険情報や退去勧告を、日本は早く出し過ぎると言うんだね。それで現場を放棄している間に、中国や韓国に大きな仕事をかなり取られてしまってきたと。人命の尊重は当然ですが、国際社会では命を懸けて、覚悟をしながら企業活動をしている国々があるんだという現実から目を背けてはならないと思う」
――最後は憲法の問題になりますか。与党内でも公明党は改憲に慎重だと聞いています。
「こういう話はいつも憲法の壁にぶつかるんです。(後略)」(拙著『戦争のできる国へ――安倍政権の正体』〈朝日新書、2014年所収〉)
取材を重ねるほどに思い知らされたことがある。政財官界の指導者層にとって、国家安全保障の目的とは何よりも、グローバル・ビジネスの利益を擁護し、極大化を図ることだという実態。あるいは、彼ら総体の自己イメージが、少し前までの“第二次世界大戦の敗戦国”から、“東西冷戦の戦勝国”へと急激に変化してきているらしい様子、空気だ。
朝鮮戦争やベトナム戦争における経済的な“成功体験”と“湾岸戦争トラウマ”が、これに拍車をかけていく。筆者は本連載の第1回目「戦争経済大国(上)」で、安倍首相が総裁選出馬表明の舞台設定に桜島を背にする構図を選んだのは、「大日本帝国の“夢”よもう一度」という意味を込めたかったのではないかと書いた。そのような人物が高い支持率を維持し続けている現実は、言論統制やジャーナリズムの堕落という側面もあるにせよ、彼と一般の意識がさほど大きくは乖離していない状況を示してもいるのではないか。敗戦国の立場に甘んじてきた戦後70年余のうちにマグマが溜まり、またしても噴火が近づいているかのような社会心理と言うべきか。
それでいて、しかし、敗戦から4分の3世紀近くにも及ぶ占領あるいは安保体制下で、日本人の深層心理にまで刻み込まれたアメリカへのコンプレックスには、いささかの揺らぎもない。
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