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喜界島に生まれて(6)まさか…ウガンダで熱病に

激しい腹痛、極度の寒気。同居人のクリスは「マラリアの可能性が高い」と言った…

住岡尚紀 明治学院大学生

拡大筆者が運ばれたウガンダの病院の蛍光灯は外れかかっていた

(前回までのあらすじ)喜界島で育った少年は世界へ羽ばたくことを夢見て上京し、ウガンダの国連事務所で働く機会を得る。降り注ぐ陽光、そびえ立つガジュマル、一面のサトウキビ畑…。ウガンダの光景は喜界島そのものだった。人々の気質もダンスのリズムもそっくりだ。そこへ、思わぬ危機が忍び寄る。

 目を開けると、最初に見えたのは、白い天井だった。すぐそばに真っ白な服をまとった大柄な男性がいる。自分の手から点滴の管がのびている。

 時間を尋ねた。午後3時。僕はウガンダの病院に運ばれていた。

クリスと話し合った夜

 その前日、2015年10月6日夜。

 あー。お腹痛い。お腹痛い。

 症状は腹痛だけだ。僕はお腹が強い。そのうち治るだろう。安易に考えていた。

 ウガンダに来て2週間が過ぎていた。その夜、4歳年上であるウガンダ人の同居人クリスがいつになく真剣な表情で僕に話しかけてきた。

「ちょっと話したいことがあるんだけど」
「なにー? いいよ」
「3週間目に入る。そろそろ、慣れて来た?」
「..........」

 僕はお腹が痛かった。彼の言葉があまり頭に入ってこなかった。

「へい! スミ! 聞いてる?20歳でウガンダに来て、国連で働く経験は、みんなが出来ることじゃないんだよ?」
「いやあ、確かに」
「5ヶ月後、日本に帰るとき、ウガンダ最悪って思って欲しくない。日本とウガンダの懸け橋になって欲しいんだ」

 クリスの言葉攻めがしばらく続いた。

 人間は弱っている時ほど感受性が豊かになるのだろうか。 お腹を襲う激痛とともに押し寄せるクリスの真剣な言葉に、僕は涙が溢れそうになった。

 部屋に戻った。 時刻は午後10時ごろだったろうか。

(この2週間、何をしてたんだろう。こんなことで泣いてなるものか)

 そんなことを考えながら眠りについたことを覚えている。

救急車が来ない!?

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筆者

住岡尚紀

住岡尚紀(すみおか・なおき) 明治学院大学生

1995年喜界島生まれ。鹿児島県立喜界高校を卒業後、明治学院大学に入学。2015年に国連ユースボランティアでウガンダ共和国のUNDPに派遣。2016年、内閣府次世代グローバル事業世界青年の船に参加。バイトを4つ掛け持ちしながら俳優業にも挑戦中。中高の社会科と英語科の免許取得を目指し在学中。将来の夢は「島と世界を繋ぐジャーナリスト」。

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