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[103]樹木希林さんと浜尾朱美さんが逝った

金平茂紀 TBS報道局記者、キャスター、ディレクター

樹木希林さん樹木希林さん=2018年3月

9月11日(火) ピョンヤン最後の一日。朝飯をとりに3階に降りる。食堂は閑散としていてモンゴル人とロシア人のお客が数人いただけ。何だか昔のソ連を思い出した。食料が決して豊かではない中で、それでもビュッフェ形式で必死に接客を維持しているので、何か申し訳ないような気持ちでいただく。1階のロビーに降りたら今回のピョンヤン滞在中に何度か一緒になったイギリス貴族院議員で労働党のデイヴィッドソン夫妻と出くわす。彼らも今日の便でピョンヤンを離れるという。「僕が大好きなあなたの国の映画監督ケン・ローチが、ここピョンヤンでの一連の国家行事をみたら何と言うでしょうかね」と言ったら大笑いしていた。

 7時50分にバゲージをとりにホテルのボーイが来た。ホテルを出発して空港へ。何から何までまたもやドタバタ。車椅子のアントニオ猪木議員は本当に移動が大変だった。けれども終始誠実に動いていた。北京空港でまたもや在北京のメディアが猪木議員めざして殺到してきた。車椅子なので思うように避けることもできない。空港の別ターミナルで荷物を抱えたまま大移動。へとへとになる。

北朝鮮から戻り、北京の空港で取材に答えるアントニオ猪木参院議員=2018年9月11日北朝鮮から戻り、北京の空港で取材に答えるアントニオ猪木参院議員=2018年9月11日

 そこでまた何ということか、携帯電話が「SIMなし」の状態になっていることに気づく。ピョンヤン現地で携帯電話を借りた時に、SIMカードを替えようとしていじられた時に何かあったか。まいった。がっくり。携帯に記憶してあったすべての記録がパーになってしまったか。あまりのショックに何もする気がなくなった。

 北京空港からの離陸が1時間以上遅れて、午後8時半に羽田着。最後の最後まで拷問攻めにあったような今回の北朝鮮行きであった。羽田空港では記者会見場所が設営されていた。僕は大量の荷物運びをお手伝いするために猪木議員と行動をともにしていたが、会見には距離を置いていた。どこかの記者が「金平さんはどういう資格で同行したのか」云々とか質問していたという。その後、久しぶりに帰宅する。一旦、こころをリセットする。「SIMなし」にまいった。どこにも電話できない。やれやれ。

バカ、バカ、バカと殴打したい気分

9月12日(水) NHKの「あさイチ」に安室奈美恵インタビューが流れている。もちろん沖縄への思いなど「政治色」は一切抜きだけど。銀行などに行って換金などの手続き。久しぶりにプールで泳ぐ。泳がずにはいられないほどのストレスがたまっている。

 13時からワシントン在住のIさんとランチ。セリーナ・ウィリアムズと大坂なおみの全米オープン決勝戦のアメリカでの反応について聞く。気がついてみると、携帯電話が「SIMなし」と「圏外」と「通話できる状態」を間歇的に繰り返しているではないか。一体どうなっているのか。まいった。

 午後、クレジットカードやキャッシュカードが入った財布が見当たらない。ええっ? またやってしまったか! 今日はクレジットカードを使った覚えがない。最後に使ったのは、北京から羽田へ向かう機内でWi-Fiを接続した時だったように記憶している。念のため家に見当たらないか家人に電話で尋ねたが「ない」ときっぱり言われた。まいった。あわてて、クレジットカードやキャッシュカードを止めに電話しまくる。自己嫌悪のかたまり。現金とカード類を分けて持っていたのは、これまでの複数回の紛失経験からの教訓だったのだが……。それで念のため、きのう乗った全日空の遺失物係に電話で照会したら、何と「ありました」とあっけなく言われる。ええっ? カード類を全部ストップした後なので、当面は再発行まで全てのカードは使えないことになり果てた。バカ、バカ、バカと自分の頭を殴打したい気分。携帯はドコモショップでSIMを一旦外し入れ直してもらったら、直った! バカ、バカ、バカと携帯を殴打したい気分。こんなもんに振り回されて、一日まるまる棒にふるような生活なんかほんとは変だ。極私的ブラックアウト状態か。

 那覇在住のWさんと沖縄県知事選挙情勢について話すが、玉城デニー陣営には選挙戦術のプランナーがいるのか、いないのか。自民党や公明党は選挙マシーンと化しているという認識が薄いと思う。夕刊フジやら週刊新潮が、ピョンヤン取材に行ったことを嗅ぎまわっているとか。あらゆるチャンネルを使って直接、現場に取材に出かけて、自分の目で見て、直接相手と話をするのは取材者の鉄則だ。

筑紫さんと浜尾さんのよく思い出す光景

9月13日(木) 朝早くから銀行を回ってカードの諸手続き。今日は沖縄県知事選告示の日だ。北海道のことが気になるので、いくつかコンタクトをとる。夕刻から、日本ペンクラブ主催のオウム事件死刑囚執行に関連したイベントに出席する。作家で精神科医の加賀乙彦さん、森達也さん、『創』の篠田博之編集長、吉岡忍さんらによる報告会というか鼎談。加賀乙彦さんの話に興味を引かれた。加賀氏は麻原彰晃と会って精神鑑定を行った人物のひとりである。懇親会の後、新宿のE。

9月14日(金) 夜中に咳が止まらなくてまいった。久しぶりにプールでしっかりと泳ぐ。ストレスがひどくたまっている。自民党総裁選挙の候補者討論会。むなしいが、質問に立った新聞・通信社の記者たちの追及が結構、いい意味で目立っていた。なかでも毎日新聞の倉重篤郎編集委員の質問は鋭く、安倍晋三総裁から、森友加計問題で「去年の総選挙で国民の審判を仰いだ」という仰天の発言を引き出していた。森友の公文書の改ざんや加計の愛媛県文書の存在が明るみに出たのは今年の3月以降のことであって、去年の総選挙は「国難突破選挙」とか何とか勝手に命名して「もりかけ隠し」と言われたことをもうすっかり忘れたかのような蒙昧さ。

本番前の打ち合わせで原稿に目を通し、モニター画面で映像を追う筑紫哲也さん。右は浜尾朱美さん。1994「筑紫哲也 NEWS23」本番前に、モニター画面で映像を追う筑紫哲也さんと浜尾朱美さん(左)=1994年
 午後、信頼できる友からのメールで浜尾朱美さん死去の一報。関係各所に連絡を入れると本当だった。乳がんで数年間闘病中だったが今朝亡くなられたとのこと。57歳。何とも残念なことだ。浜尾さんは「筑紫哲也 NEWS23」の初代キャスターの一人だった。僕がモスクワ支局から帰任し番組のデスクになった時もキャスターをつとめていた。

 よく思い出す光景がある。筑紫さんが夜、

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