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喜界島に生まれて(7)国連で働く身だしなみ

国連職員はウガンダでは憧れの職業。でも僕は泥まみれで写真を撮るのが好きだった

住岡尚紀 明治学院大学生

拡大国連のイベントで
 僕がウガンダに飛んだ2015年9月、ニューヨークの国連総会で持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals, SDGs)が採択された。僕はそういうことを全く知らないままウガンダの国連事務所に着き、すぐに「明日会議があるから目を通しておいてね」と100ページぐらいある冊子を渡された。内容が難しすぎて何もわからない。そんなスタートだった。

 国連事務所は完全に実力主義だ。仕事ができればどんどん回ってくる。出来なければ回ってこない。最初の数週間で見極められる。

 僕の最初の仕事は新聞を各部署に届けることだった。色んな人と挨拶を交わし、たわいもない話をする。そこから仕事を貰う。

 仕事が何も回ってこない日もある。お客さんが来たらお茶を出し、帰ったら片付ける。忙しそうに働く上司を見て、あまり役に立たない自分が不甲斐ない。

拡大雨の日は通勤するだけで靴が泥だらけになることも

 言われた仕事をこなしているだけでは十分な信頼は得られない。その仕事に付加価値をつけ、臨機応変に、時間内に仕上げることが大事だ。

 東京の学生生活では、授業でもアルバイトでも頑張ったら評価してくれた。期限までに課題の提出が間に合わなくても受け取ってもらえたり、テストの成績がイマイチでも再テストのチャンスをくれたりする。

 しかし、ウガンダの国連事務所ではプロセスより結果が求められる。どれだけ寝ずに作業しようが、期限内に終わらなければ次から仕事は回ってこない。僕はそう覚悟した上で「これ出来る?」と言われれば「やります!」と答え、それからどうすれば出来るのかを考えた。いかに頑張るのかではなく、いかに結果を出すかに集中した。

 ひとりでは到底間に合わない仕事はためらわずに人にお願いした。僕は英語が得意ではなかったので、英語と日本語を使いこなす日本在住の友人に翻訳をお願いした。動画編集を頼まれたら、できる人を探して手伝ってもらった。とにかく協力してくれる人、助けてくれる人を見つけて、与えられた仕事をこなす日々だった。

国連カレンダー


筆者

住岡尚紀

住岡尚紀(すみおか・なおき) 明治学院大学生

1995年喜界島生まれ。鹿児島県立喜界高校を卒業後、明治学院大学に入学。2015年に国連ユースボランティアでウガンダ共和国のUNDPに派遣。2016年、内閣府次世代グローバル事業世界青年の船に参加。バイトを4つ掛け持ちしながら俳優業にも挑戦中。中高の社会科と英語科の免許取得を目指し在学中。将来の夢は「島と世界を繋ぐジャーナリスト」。

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