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[34]イエメン難民の流入で揺れる済州島に行く

伊東順子 フリーライター・翻訳業

観光客にも人気の東門市場観光客にも人気の東門市場=撮影・筆者(一部加工)

 巨大なヒマワリが種をいっぱいにして頭を垂れる。弾けたホウセンカが少しずつ枯れていく。リゾート地とはいえ、素朴な農村風景は韓国本土と少しも変わらない。ただ、家々を囲む真っ黒な石垣だけは、朝鮮半島の中で唯一、この「火山島」だけがもつ土地の色だ。

 夏の終わりに済州島を訪れた。以前は旅行書の仕事で来ることも多かったが、最近はトレンドの変化で、そんな機会はめっきり減った。今や日本からの旅行先として済州島が取り上げられることはあまりない。

 「昔は日本の男が女目当てにたくさん来たもんですがね」

 「キーセン観光」の話を持ち出したタクシー運転手も白髪交じり、もう20世紀のことなど昔話だ。かつて日本の男たちで賑わったカジノもゴルフ場も免税店も、今はすべて中国人観光客のものになった。

難民受け入れに反対する層は?

 ところで、済州島を訪れたのは「難民問題」のためだ。前回の記事(「[33]韓国で反難民の世論が作られつつある?」)にも書いたように、今、韓国では、済州島に到着した500名余りのイエメン難民を巡って、社会の一部が大きく動揺している。ネット上では悪質な反難民キャンペーンが拡散され、一部は日本語にも翻訳されている。以下のような抑制的な記事でさえ、誤解を招くようなタイトルが付けられている。

「済州島に逃れてきた一握りのイエメン難民にヒステリーを起こす韓国人」

 これは二重の意味で残念なことだ。まずは、イエメンの内戦やそこから発生した難民問題が正しく伝えられていないという点、もう一つはそれをめぐる韓国人の印象が一面的になってしまうという点。確かにヒステリックになっている人々もいるが、彼らを先導する「悪意」が存在する。それは、ネットメディアやSNSを利用して、無垢な島民に人種的偏見と恐怖心を植え付けていく。ターゲットになりやすいのは、たとえば子育て中の母親たちだ。

 「子供になにかあったら大変だ。だから、難民反対」

 と、なってしまう人もいる。

 これは済州島に限らず、韓国全体でも同様だ。各種世論調査では、男性に比べて女性が、年齢別では20~30代が、イエメン難民の受け入れに最も反対している。たとえば中央日報が8月にした調査でも、受け入れ反対が男性51%に対し女性は61%、年齢層別では20代が70%、30代が66%となっている(8月6日付『中央日報』)。

 でも、私が知る済州島の人々は冷酷な人種主義者などではない。むしろ島民の多くは困った人を見捨てておけない人々だ。実際に現地を訪れればそれが確認できる自信があった。

 手がかりの一つは、朝日新聞の8月6日の記事だった。そこに登場するホテルの社長は、自らのホテルの厨房を難民のために開放するなど、初期から彼らの支援に乗り出しており、記事はその様子を詳しく伝えていた。この社長の他にも、自宅に難民を泊める島民などが、地元メディアで紹介されていた。

 その社長のホテルを、ブッキングドットコムで探して予約した。口コミ欄には「従業員はとても親切だが、中東の人が多くて雰囲気が……」という英語の書き込みがあった。島はどんなことになっているのだろう?

「当店では不法外国人は雇用していません」――市場の貼り紙

 島に着いて、最初に向かったのは東門市場である。空港からバスで15分、島内最大の市場には、韓国本土とは違う農産物や水産物がある。そんな市場でまずは島の空気に慣れて、ついでに昼食をとろうと思っていた。ウニのスープかアワビのお粥、あるいは海鮮鍋でもいい。市場には新鮮な島の魚介類を食べさせる店がたくさんある。

 そのうちの一軒に入ってみた。午後の2時を回った頃にもかかわらず、けっこうお客さんが多かった。予想していたことだが、聞こえてくる言葉はすべてが中国語、メニューも韓国語と中国語が併記されている。その他にも、季節メニュー等があるかなと壁に目をやった瞬間、ギクッとした。

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