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女子中学・高校で政治学の講義をしてみた

宇野重規 東京大学社会科学研究所教授

 しかしながら、女子校で政治学の話をしたのは、それだけが理由ではない。

 この本の元になる講義を行ったのは2017年の5月から9月にかけてである。女子校で講義をするにあたって、念頭にあったのはやはり、高橋まつりさんの事件だ。

高橋まつりさん拡大高橋まつりさん
 過労による自殺と労災認定がくだされた痛ましい事件であるが、高橋さんが死の直前にTwitterにつづった「生きるために働いているのか、働くために生きているのか分からなくなってからが人生。」や、「がんばれると思ったのに予想外に早くつぶれてしまって自己嫌悪だな」といった書き込みに衝撃を覚えた人は少なくないだろう。今日なお、その言葉は私たちの胸に突き刺さる。

 この事件をどのように理解すべきか――。その答えは、いまだに出ていない。事件の直後から、職場環境や上司の対応を批判する声が上がる一方、「その程度の残業は珍しくない」「労働時間だけが問題なのではない」という意見も見られた。

 だが、いずれにせよ、問題を高橋さん個人の問題にしたり、あるいは個別の企業だけの問題にしたりしてはいけない、それだけは間違いないだろう。

 そう、これは政治の問題なのだ。

 人がいかに生き、働くかは、どれだけ個人の問題に見えても、そこには必ず社会全体の仕組みや制度の問題が関わっている。だとしたら、そのような仕組みや制度を変えることもまた可能なはずだ。それこそ政治の働きなのだと、女子高生たちに語りかけてみた。

女子中高生たちは十分に考えている

 もちろん、まだ企業などで働いたことのほとんどない彼女たちである。なかなか実感のこもった議論は難しいとは思っていたが、なかなかどうして、彼女たちなりに正直な感想を述べてくれた。結論は出なかったけれど、やはりこういう問題を早くから議論しておくことは意味があると、あらためて感じた。

 税と社会保障に関して、サービスと負担のバランスはどのようにとるべきか。「機会の平等」と言うけれど、「恵まれない人」の境遇のいかなる部分を、どの程度まで社会は補償すべきか。これらは、いずれも容易に答えの出ない問題であるが、彼女たちは真剣に考えてくれた。

「努力が報われないのはおかしい」という声があれば、「そもそもスタートが違っているのはフェアでない」といった意見も出た。いずれも、現在受験のプレッシャーに晒(さら)されている彼女たちなりの正直な意見だろう。

 そう、彼女たちはすでに十分に考えているのだ。「まだ中高生だから」と決めつけるのは、大人の勝手な思い込みにすぎない。実際の彼女たちは、現実の社会を彼女たちなりに観察し、自分たちなりの実感に基づいて生きていこうとしている。それをいわゆる「政治」にうまく結びつけていけないなら、それは「政治」の側に問題があるのだ。

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筆者

宇野重規

宇野重規(うの・しげき) 東京大学社会科学研究所教授

1967年生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。同大学社会科学研究所准教授を経て2011年から現職。専攻は政治思想史、政治学史。著書に『トクヴィル 平等と不平等の理論家』(講談社学術文庫)、『〈私〉時代のデモクラシー』(岩波新書)、『保守主義とは何か』(中公新書)など。

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