2018年10月05日
安倍晋三総理の自民党総裁三選が決まり、第4次安倍改造内閣が発足した。今後、速やかに野党が憲法議論をリードしない限り、来年にも安倍総理が「日本国憲法を改正した初めての総理大臣」となる確率が飛躍的に高まってきた。
えっ?「野党が議論をリードしない限り憲法改正」って、逆さまじゃないの? 議論しちゃうと憲法改正って進むんじゃない? そう思われる向きもあるかもしれない。
安倍政権はそこまでナイーブではない、というのが今回のお話である。
2017年5月3日の憲法記念日。安倍総理から、憲法を「記念する」言葉ではなく、憲法を「変える」意欲が語られたあの日から、約500日が経過した。この間、一日一日、「安倍改憲」への布石は打たれ続けてきた。そして、いよいよこの秋の臨時国会における改憲原案の提出が、極めて現実味を帯びている。
憲法改正手続きは、ホップ・ステップ・ジャンプの三段跳びだ。すなわち、
一段目のホップは、国会に対する原案提出、
二段目のステップは、憲法審査会と本会議における国会採決、
三段目のジャンプは、国会採決された改憲案に対する国民投票、
である。
ホップとステップの間をどれくらい離さなければならないかについては、法律上の定めはない。つまり、国会に原案が提出されてから、国会で採決するまで、国会でどれくらいの時間あるいは期間議論しなければならないか、について決まりはない。ただ、憲法審査会における慎重審議を担保するためのいくつかのルール(注1)が示唆するのは、複数国会での慎重な審議が念頭におかれているということである。
注1
① 憲法改正原案については公聴会を開かなければならない(衆議院憲法審査会規程17Ⅱ)
② 審査省略・中間報告制度は、憲法審査会には適用しない(国会法102の9Ⅰ)
③ 会期不継続の原則は、憲法改正原案については適用しない(国会法102の9Ⅱ)
一方、ステップとジャンプの間については、明確に法律上の定めがある。つまり、国会で採決された改憲案が国民に発議されてから、実際に国民投票にかけるまで、確保すべき期間は、60日~180日の間と決められている(日本国憲法の改正手続に関する法律第2条)。
これを前提にしたうえで、もし私が安倍総理の側近(憲法担当)であるならば、どのようにご注進するか。ざっとこんな具合である。
「総理、ジャンプにかかる時間と成功率は反比例します。短ければ短いほど成功率はアップ。長引くほどに成功率は下がります。とにかく一段目を飛んでしまえば、あとは一気呵成(かせい)に進めることです。
まず、秋の臨時国会で原案提出です。今回の自民党原案は公明党対策の観点から、十分に考え抜いておきました。『必要な自衛の措置』と書いたのは、後から『必要最小限の自衛の措置』と変えることができるように。『その他の統制』と書いたのは、後から『その他の民主的統制』と変えることができるように。つまり、後日、公明党主導で文言の範囲を狭めたり明確化したりしたように演出できるよう、花を持たせる余地を残してあります。
維新の党にも、必要であれば、まだまだ演出できる箇所はたくさんありますのでご安心ください。変えたようで、ほとんど変わってない言葉をいくらでも挟めるように、そもそもスカスカの原案にしてあります。
秋の臨時国会でステップまでいけないか、ですか? そこは、こらえどころです。年明け通常国会まで採決を我慢すれば、『二国会にまたがって丁寧に議論した』と強弁できますから。
憲法は俺が答弁に立てないから心配だ? たしかに、これまでの憲法審査会には正直な先生もいらっしゃいました。ですから、野党の質問ごときにまともに答えて、責められるパターンもありましたけど。幸い、そういう方々は総裁選で総理に入れてない方々ですから、冷や飯という大義で差し替えされれば問題ありません。
9条以外の改憲3項目も一応とっておきましょう。総理が教育無償化に全くご関心がないのは承知してます。でも残しておけば、9条の議論は4回に1回で済みますから、時間の消化に役立ちます。最後に出すのは、9条だけでもいいんです。
とにかく通常国会でも議論したカタチさえ作れれば、あとは手ごろなところで採決にいきましょう。両院の憲法審査会長と議長の人事だけは素直な方にしておく必要があります。
採決の後、国民投票までは、さすがに最短の2カ月だと急いでるのがミエミエですから、それよりちょこっと長いくらいでいきましょう。来年前半は政治日程が目白押しで、言い訳はいくらでもききます。
私の目算でいけば、3か月以内に投票に踏み切れば、安倍改憲の中身が知られる前に勝てます。〇〇を通じて、ゴールデンタイムのCM枠は完璧におさえてありますから、3か月かそこいらでは、サヨクの騒音は国民にはとどきません。
参考までに、こちらのペーパーは総理お手持ちの反論メモです。
Q 自公だけで原案を提出するのは、横暴ではありませんか?
A 野党が議論を放棄している以上、私たちが責任を果たすしかありません。
Q 憲法を国会で強行採決して国民投票に走るのは、横暴ではありませんか?
A 議論を放棄して対案もださないくせに、国民から投票の機会を奪っている野党こそ、横暴です。これ以上国会を空転させ、国民の投票権を侵害するわけにはいかない。私たちはそんなに無責任ではない。私は、国民を信じ、国民に委ねます。自衛隊を書くだけで誇りを与えることができる我が改憲案に、必ずご理解をいただけるものと確信しています。
とりあえず、言葉に詰まったら、『野党が議論を放棄してる』と連呼しておけば、世論はついてきます。このシナリオでいけば、来年には『日本国憲法を変えた初めての総理』になられます。4選も視野に入ってこられますね。その際は、引き続き私が総理をお支えいたしますので……」
以上、架空の「ご注進」をお示しした。これの唯一のアキレス腱は、実は「野党が議論を放棄してませんけど?」という事態である。
裏を返せば、本題に掲げた「安倍改憲を阻止するたった一つの方法」とは、「野党が議論をかってでる」に他ならない。もっと丁寧にいえば、「与党単独の原案提出前に、野党が原案作成のプレーヤーに名乗りをあげること」である。
さらに具体的に言えば、秋の臨時国会スタートの前後に、野党側から「自公だけでの原案提出が現実化したと言わざるをえない今、憲法に統制される側の政権与党に、憲法改正を委ねるわけにはいかない。したがって、この国会からは、憲法の議論は我々野党がリードする。我々こそが原案作成のプレーヤーになる。もちろん、与党も参加してもらうことは構わない。じっくり、テーマ設定の洗い出しから始めよう」という姿勢に転換することである。
ともすれば、政治家は転換を恐れるが、「憲法の価値を守る」という根本的な大義を守るために、政治状況にあわせて、もっともその大義を貫くことができるよう戦略を変化させるのは当たり前のことだ。
ここで手続きに関して、より緻密(ちみつ)に考えてみよう。
あまり知られていないが、そもそも憲法改正の原案提出、前述のホップの方法には二通りある。一つは、衆議院で100人以上、参議院で50人以上が集まって提出する、「議員提案」という方法である。
今回、政権が念頭においているのはこの方法だ。これであれば、自公だけで数は足りる。公明党と事前に握っておきさえすれば、あとは数の力で押し切るだけ、ということになる。もちろん、「野党の一部にもご賛同いただいた」というために、公明党のみならず、いくつかの「自民党になりたくてもなれない野党」に“お土産”を用意しておくことはあるだろうが。
しかし、国民投票法案の議論の際、その立法責任者たちが念頭においていた手続きは、もう一つの別の方法であった(注2参照)。それは、「合同審査会方式」による「会長提案」である。
具体的には、衆議院憲法審査会と参議院憲法審査会による「合同審査会」を設置し、そこを原案作成の場とする。両審議会ではそれぞれ、他党と他院を幅広く意識し、丁寧に一致点を探り、与野党そして両院議員の多くが賛成しうる原案を作成したならば、その原案を「合同審査会」が両院の憲法審査会に勧告し、いずれかの審査会の会長が代表して国会に提案する。これは、国家の基本である憲法だけは、与野党が対立するマターにはせず、少なくとも野党第1党が賛成できる原案を前提としようという考え方に基づいている。
注2
第165回国会(衆)日本国憲法に関する調査特別委員会日本国憲法の改正手続に関する法律案等審査小委員会 平成18年11月16日
枝野幸男議員(民主) ……合同審査会と勧告でありますが、……想定しているのは、むしろ原案は、合同審査会のもとの小委員会のようなところで原案を起草するという形でないと、恐らく現実的な憲法改正の発議には政治的に至らないだろうと思っています。……したがって、どこかの党が原案を提出してそれをたたくではなくて、超党派で原案を起草するという形でないと不可能だろうという想定をしています。
……両院合同で原案起草委員会をつくって、そこのもとで原案を起草したら、それを両院で十分に時間をかけてたたくということでないと現実的なプロセスにならないのではないかということを想定して、そのための仕掛けとして、合同審査会と、そこで我々はこういう原案をつくったのでそれぞれの院でこれをきちんとたたいて議論しろという勧告をするという、こういう想定であります。
船田元議員(自民) ……合同審査会の勧告権、これは枝野先生が申し上げたとおりであります。
……保岡興治議員(自民) ……合同審査会というものでできるだけ両院の調整をしていくプロセスを両院できちっと議論して、そして、いい議論が両院において最終的な議決につながるように努力するのは当然じゃないかと思っております。
合同審査会方式を野党から提案する。それこそが、秋の臨時国会において、自公原案の提出を阻止できる唯一の方法である。これはまた、与党の一部(=公明党)にもご賛同いただける提案であり、何より憲法議論の王道である。
もちろん、合同審査会方式が採用された場合にも、与野党あるいは両院の一定の合意を図る真摯(しんし)な努力を尽くさないまま、自民党が議員提案方式に方向転換する可能性はゼロではない。
しかし、その場合であっても、今秋の臨時国会において自公原案が安易に提出されるであろう現状よりは、原案提出が大幅に遅れ、間違いなく議論の期間が確保されることになる。そして、その議論を通じて、安倍改憲案のウソを明らかにするとともに、安倍改憲案より優れた改憲のオルタナティブがあることを、国民に提示することが可能となるだろう。
さらに、野党が建設的な合同審査会方式を提案したにもかかわらず、自民党がそれを大義なく拒み、自公だけでの原案提出へと突き進めば(これを公明党が素直に受け入れる可能性は極めて低い。おそらくこの場合ひねり出される大義は、「いまさら遅い」しかない)、「野党が議論を放棄しているから、致し方なく与党だけで提出する」という唯一かつ最大の方便が崩壊する。少なくとも、安倍改憲実現への方程式は、冒頭から大きな傷を負うこととなるだろう。
このように、野党からの合同審査会方式の提案は、自民党に対し大きな番狂わせをもたらす王道の切り札であり、このカードを切ることで私たちが失うものはない。
数の力を持たない野党にとって、唯一の武器は「議論」である。数の力を持つ政権与党が唯一おそれることは、「議論」により、安倍改憲の真実が国民にさらされることだ。特に、法律と違い国民投票がある憲法議論では、安倍改憲のウソが国民に見抜かれるということは恐怖なのだ。
しかし、これまで野党の側が議論を封じてきたことにより、
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