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こどもホスピスを知ろう

世界ホスピス緩和ケアデー(10月13日)を前にイングランドと日本の比較から考える

田中美穂、児玉聡、馬場恵

 日本でも、こどもの緩和ケアが少しずつ広がっている。しかし、市民に十分に理解され提供体制が整えられているとは言えない。一方、世界的に見ても最高水準にある英国では、各地に緩和ケアを提供するこどもホスピスが作られ、こどもとその家族を中心に、こどもの緩和ケア専門チーム、病院の小児科医・専門医や看護師、地域のGP(家庭医)・小児科医や子ども専門の訪問看護師、こどもホスピス、地方自治体の社会福祉サービス、学校、慈善団体などが連携し、こどもとその家族を支援する体制が整えられている。本稿では、主にイングランドの制度や取り組みを概観し、日本が学べることは何かを考える。

 王室の話題が続いた英国。5月には、ハリー王子と米国の俳優だったメーガン妃との結婚式が日本でも生中継された。その少し前、ウィリアム王子の妻キャサリン妃が第三子を出産した。日本のメディアでも時折報じられているが、実はキャサリン妃は、こどもホスピスを支援する活動を続けている(写真1)。

写真1: The Royal Family. Supporting children’s hospices.
(翻訳: こどもホスピス支援--ケンブリッジ侯爵夫人はこどもホスピスと幅広い緩和ケアの熱心なサポーターです。こどもホスピスと緩和ケアは、命の限られた病気を患うこどもとその家族にとって大切な命綱です)

 以下の朝日新聞の記事によれば、日本の天皇、皇后両陛下も10年ほど前、英国のこどもホスピスを訪問されている。

朝日新聞大阪本社夕刊(2012年11月1日)

 英国王室もサポートするこどもホスピス。記事にもあるように、近年、日本でもこのような取り組みが少しずつ増えている。こどもやAYA(思春期及び若年成人)世代のがん対策に国も乗り出した。

 WPCA(世界緩和ケア連合)とWHO(世界保健機関)の報告書によれば、英国の緩和ケアは、成人・こどもともに最高水準にあるとされる。なかでも、英国のこどもホスピスは全国に53カ所あり、世界的に見ても先進的な活動を続けている(https://www.togetherforshortlives.org.uk/get-support/supporting-you/family-resources/childrens-hospice-services/)。そこで本稿では、英国を形成するイングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドのうち、世界で最初に独立したこどもホスピスが作られ、人口の8割強を占めるイングランドに着目する。

 もっとも、こどもホスピスは、私たちが一般的にイメージするホスピスとは趣が異なる。こどもホスピスは、緩和ケアを提供する場所あるいは提供者・組織の一つだ。この点は、成人のホスピスもこどもホスピスも同様である。しかし、こどもの緩和ケアと成人の緩和ケアでは、そのありように異なる点がある。

 そこで、本稿ではまず、こどもホスピスがどのようなところなのか、写真をまじえて紹介する。次に、ホスピスではどのようなケアが提供されているのかを説明する。また、イングランドにおけるこどもの緩和ケアの提供体制について、主な政策の概要と普及啓発活動とあわせて紹介する。そして英国の経験を踏まえて、日本のこどものホスピスと緩和ケアの課題について述べたい。

こどもと家族を支えるホスピス

 冒頭で触れた英国のこどもホスピスは慈善運営が基本。英国では医療費は原則無料だ。医療サービス以外の利用料についても、多くが寄付金によって賄われ、こどもとその親が負担することはない。このようなホスピスはイングランドだけでも47カ所ある。

 2012年と2017年の2回、筆者(田中美穂)は、馬場恵医師の協力を得て、イングランドのお隣ウェールズの首都カーディフ郊外にあるTŷ Hafan(ティ・ハヴァン、海辺の家)こどもホスピスを訪問した。英国の多くのこどもホスピスに共通している点は、全体的にとても明るくこどもらしい印象で、まるで自宅にいるようにこどもとその家族の心が安らぐよう配慮されていることだ。このこどもホスピスでも、こどものための個室、家族が過ごす部屋、共同の食事スペース、音楽や光や音の刺激を楽しむ部屋、室内プール、看護師の当直室などがあった。以下がティ・ハヴァンを訪問した際の写真だ(写真2-6)。

写真2: こどもの個室

写真3: こどもとその家族、ホスピスを訪れた著名人らの手形で飾られた廊下の壁

写真4: こどもたちの個室の前に広がる遊び場。安全に配慮したさまざまな遊具が設置されている

写真5: 花や緑に彩られた庭

写真6: 室内プール(写真はいずれも2017年10月3日撮影)

 こうしたこどもホスピスは、施設や自宅でこどもを預かったり、施設で親子がともに過ごす時間を提供したりする一時休息支援(レスパイトケア)を行う。また、終末期のケア、家族・きょうだい支援、電話相談、緊急時の治療、症状管理、地域の社会資源の活用方法の助言なども担う。こどもや家族からの大切な相談や話し合いに応じたり、こどもや家族が心穏やかに過ごす時間と場所を提供したりもする。

 さらに、ホスピスから地域に出向く「アウトリーチ活動」に力を入れているホスピスもある。例えば、家族、地域の看護師、病院や学校の看護師・介護士と連携して、こどもの自宅・病院・学校等ホスピス外で一時休息支援や日常生活のサポートを行っている。このうち、こどもの自宅で提供されるのが「ホスピスアットホーム」と呼ばれ、医療・ケアだけでなく、音楽療法やプレイセラピー(遊戯療法)、カウンセリングも行われる。これらはすべて、緩和ケアと呼ばれる。次節で詳しく説明しよう。

こどもホスピスの特徴を知る

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