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拡大家庭料理の一つ、トマト味のきいたオクラスープと主食のフフ(写真はいずれも筆者撮影)

 コトコトと鍋の中から軽快なリズムが響き始めると、部屋の中にトマトのみずみずしさとガーリックの香ばしさが混ざった、いかにも食欲をそそる匂いがいっぱいに広がっていった。きめ細やかに刻んだオクラがスープにとろみを与え、まろやかな仕上がりになっているのが見て取れる。「オクラスープは栄養価も高いし、もっと具を細かくして赤ちゃんに食べさせることもあるのよ」。そう語るのはチェングワさん(仮名・30代)、母国カメルーンでの迫害を逃れ、昨年秋、来日した。
拡大手際よく野菜を刻んでいくチャングワさん

拡大丁寧に刻まれたオクラが、優しいとろみの元だ

伝統的な主食の一つ「フフ」

 スープが焦げ付かないようにと鍋に注意深く目を配りながら火を弱めると、今度はセモリナ粉とお湯を混ぜ、めん棒で練り始めた。独特の粘り気をものともしない慣れた手つきは、家庭で幾度も同じ作業をこなしてきたことを思わせる。混ぜていたものにまとまりが出てくると、それを片手に収まるほどの大きさにちぎり取り、黄色いお餅のようにお皿に並べてくれた。「フフ」と呼ばれる、中部から西アフリカにかけて広く食べられている伝統的な主食の一つだ。

拡大だまにならないよう、セモリナ粉を手際よく混ぜていく

マイルドな舌触りの「オクラスープ」

 トマト、玉ねぎ、ガーリックと、小さく刻んだ魚が入った出来立ての「オクラスープ」、手づかみで細かくちぎったフフにつけて口まで運ぶ。スープの味付けは塩やブイヨンを中心としたシンプルなもので、癖がなく、フフと一緒に頰張るとなおさらマイルドな舌触りだ。「今日は魚を使ったけれど、鶏肉を使ったり、牛肉を入れたり、色んな組み合わせがあるのよ」とチェングワさん。自らの手で作る母国の料理を見る目線は、まるで愛おしい我が子を見つめるように柔らかなものだった。

 「本当は自分のお家に招いてお料理を作りたかったけれど」と、彼女は少しため息をついた。難民認定を待つ間、家賃の補助を得られる人々でも、その額自体がごく少額であるため、広さに余裕がある空間や都内近郊の家を借りることはなかなか望めない。今回は外部のキッチンを借りて、彼女に故郷の味を再現してもらうことになった。「こうして母国の味に触れる度に思い出すの。家族や友人たちと、皆でご飯を囲んだ、あの日々のことを」。

拡大丁寧にこねられたフフは、べたつきすぎず食べやすい柔らかさに仕上がっていた


筆者

安田菜津紀

安田菜津紀(やすだ・なつき) フォトジャーナリスト

1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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