メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

無料

沖縄のアイデンティティーと若者(上)

単純ではない沖縄の若い世代のアイディンティティーと投票行動の背景とは

中原一歩 ノンフィクション作家

「基地賛成」ではないけれど……

 沖縄の方言には悲しいという言葉はない。代わりにあるのが「ちむぐりさ(肝苦しさ)」。人の心の痛みを自分の痛みとして考えようという意味だ。戦後、この言葉は沖縄戦を生き抜いた「おじぃ、おばぁ」に対する敬意の言葉として使われてきた。しかし、樹里さんは、目の前のよき隣人としての米兵さんに同じ情感をなぞる。

 積極的な「基地賛成」ではない。おばぁの体験した戦争の歴史を否定する気もない。米兵、軍族による事件が多発していることも知っている。けれども、自分の周囲で被害の当事者となった者はない。

 沖縄戦を直接知らない世代にとって、歴史の教科書の中の戦争と、生活の中で直に接する米兵さんとでは、どちらにリアリティーがあるのだろうか。

 「家族に自分の葛藤を打ち明けるつもりはありません。家族で言い争うのが嫌だから」

 基地が絡むと人間関係がぎこちなくなる。沖縄の若者は肌感覚でそれも知っている。上の世代には、自分たちの世代のアイディンテティーを押し付けるのではなく、自分の頭で考えさせてくれる機会を与えてほしかった。

 「学校での授業では『基地を返せ』『基地は絶対にいらない』ではなく、『あなたたちはどう生きてゆくの?』と問うてほしかった。だって、基地反対と言いながら、基地の恩恵を受けて生活する大人もいるじゃないですか」

慰霊の日に平和の礎を訪れた人たちを米兵も撮影していた=2018年6月23日、沖縄県糸満市の平和祈念公園拡大慰霊の日に平和の礎を訪れた人たちを米兵も撮影していた=2018年6月23日、沖縄県糸満市の平和祈念公園

CIAが沖縄ソングを歌うアーティストを分析

 今年5月。沖縄タイムズがあるスクープを掲載した。

「米CIA、BIGENやモンパチ分析していた 沖縄世論研究で」

 米中央情報局(CIA)が、沖縄の世論に影響を与える政治家、文化人、学者などと並んで、若者に人気の沖縄ソングを歌うアーティストを分析の対象にしていたという内容だった。

 報告書の題名は「沖縄における基地と政治」。2012年、CIAオープンソースセンターが、米政府の政策立案者向けにまとめたものだ。60ページの報告書には、BEGINやMONGOL800、Cocco、HYなどの人気アーティストの名前がずらりと並ぶ。

 CIAがとくに注視しているのが若い世代に熱烈に支持されているMONGOL800だ。その代表曲「琉球愛歌」は、痛快なメロディ・パンクに乗せて、ウチナンチュウーのアイディンティティを激しく揺さぶる言葉が並ぶ。例えばこんな具合だ。

泣かないで人々よ あなたのため明日のため
すべての国よ うわべだけの付き合いやめて
忘れるな琉球の心 武力使わず自然を愛する
自分を捨てて 誰かのため何かができる

 この歌詞についてCIAは、「他者への共感を呼び覚ますとともに、非暴力と自然への愛着を体現する『琉球の心』を強調している」と分析する。

 この「琉球哀歌」は沖縄の若者がカラオケで歌う人気の曲だ。戦争を知らない世代にとって、沖縄ソングに散りばめられた「琉球の心」は、自らの内に宿るウチナンチュウーのアイディンティティを刺激する。だからこそ、CIAもまたこうした沖縄ソングが県民性に与える影響を調査したのだろう。


筆者

中原一歩

中原一歩(なかはら・いっぽ) ノンフィクション作家

1977年、佐賀県出身。高校時代に家出をして、ラーメン屋台で調理・接客修業をする。同時に、地方紙などで「食と地域文化」の原稿を執筆。上京後、世界各地を放浪。アマゾンから南極、アフガニスタンの戦場まで訪問国は80カ国に及ぶ。現在は雑誌やWEBなどで人物ルポや政治記事を執筆している。主な著書に『私が死んでもレシピは残る 小林カツ代伝』(文藝春秋)、『最後の職人 池波正太郎が愛した近藤文夫』(講談社)、『奇跡の災害ボランティア「石巻モデル」』(朝日新書)など。