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沖縄のアイデンティティーと若者(上)

単純ではない沖縄の若い世代のアイディンティティーと投票行動の背景とは

中原一歩 ノンフィクション作家

変化しつつある若者の「平和」の概念

 沖縄の若者(18歳〜29歳)の「平和」の概念が変化しつつある。平和と対で語られる「戦争」については、ほぼ全員が「戦争は嫌だ」という意思を示す。しかし、そもそも定義が曖昧(あいまい)で、他人とひとつのイメージを共有しにくい「平和」という概念ついての考え方は千差万別だ。

 今回の県知事選では沖縄戦を体験した世代に近ければ近いほど、玉城デニー氏に投票した。その世代にとっての平和は「基地のない島」であり「辺野古の美しい海」だ。こうした価値観に共感する若者もいる。けれども、圧倒的に多かったのは、「何気ない日常の継続」という立場の人だ。この何気ない日常の中には「基地のある沖縄」が当然、含まれている。つまり「生活保守」という立場である。

 那覇市で生まれ育った宮里愛梨さん=仮名=(24)にとって、米軍基地は遠い存在だった。生活圏に基地がなかったからだ。たまに両親に連れられて嘉手納基地近くのショッピングモールに買い物に出かけるのだが、それは特別な時間で子ども心に待ち遠しかった。

 中学生になるとガールスカウトに入団。「USさんと交流しよう」の合言葉の元、ビーチパーティやハロウィン、クリスマスパーティなどイベントに参加した。基地にはポジティブな思い出しかない。ある時、車を運転している母親がこう呟いたことがある。
「沖縄の中にアメリカがあるって変じゃない?」

「私が知っている沖縄じゃない」

 確かに「変」なんだけど、それ以上考える気持ちにはなれなかった。高校に入ると米兵と交際する友だちが現れた。「結婚したら子どもはハーフになるのかな」。米兵さんは友達の彼。毎晩、やり取りするSNSにはそんな言葉が踊る。そこに違和感は全くない。もちろん、その友達と「基地問題」を話すことはない。

 宮里さんは一度だけ、高校で知り合った友人に誘われて、おじぃ、おばぁが座り込みをしている辺野古のテント村を訪ねたことがある。体を張って抵抗を続ける姿は印象的だった。それ以上に機動隊や米兵と対峙(たいじ)する騒然とした雰囲気が怖くて、その場にいることができなかった。

 「こんなに怒っている沖縄の人を見たことがありませんでした。大人たちが機動隊に向かって、米兵に向かって大声で何かを訴えている。その緊迫した雰囲気が怖くて耐えられなかったのです。私が知っている沖縄じゃないと思ってしまいました」

名護市辺野古にある米軍キャンプ・シュワブのゲートのフェンスの前で、プラカードを掲げ移設反対を訴える人たち=2018年8月17日、沖縄県名護市拡大名護市辺野古にある米軍キャンプ・シュワブのゲートのフェンスの前で、プラカードを掲げ移設反対を訴える人たち=2018年8月17日、沖縄県名護市


筆者

中原一歩

中原一歩(なかはら・いっぽ) ノンフィクション作家

1977年、佐賀県出身。高校時代に家出をして、ラーメン屋台で調理・接客修業をする。同時に、地方紙などで「食と地域文化」の原稿を執筆。上京後、世界各地を放浪。アマゾンから南極、アフガニスタンの戦場まで訪問国は80カ国に及ぶ。現在は雑誌やWEBなどで人物ルポや政治記事を執筆している。主な著書に『私が死んでもレシピは残る 小林カツ代伝』(文藝春秋)、『最後の職人 池波正太郎が愛した近藤文夫』(講談社)、『奇跡の災害ボランティア「石巻モデル」』(朝日新書)など。