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沖縄のアイデンティティーと若者

沖縄のアイデンティティーと若者(上)

中原一歩 ノンフィクション作家

刻々と変化する若者のアイディンティティー

 2018年2月。県知事選の前哨戦となる名護市長選挙は、辺野古への基地移設を推進する政府与党にとって、絶対に負けられない戦だった。政府与党が推す渡具知武豊氏は、争点ではあるはずの辺野古移設には一切触れない戦術を展開。事実上、この選挙は移設反対を唱える現職・稲嶺進氏とその後ろにいる翁長雄志・沖縄県知事と安倍政権の「代理戦争」だった。

 一地方自治体の長を決める選挙にも関わらず、菅官房長官をはじめ、知名度の高い小泉進次郎氏や小渕優子氏などが続々と応援演説に登場。国が直接普及する特別補助金を引き合いにして、徹底した組織選挙を展開した。当時、名護市で一人暮らしをしながら大学に通っていた小波津義嵩さん(23)の家には、本土から動員された運動員が個別訪問にやってきた。

 「本土からやってきた人が、血相を変えて『この選挙に勝たなければ沖縄の未来はありません』とか言っても、ウチナンチューでもないお前に何が分かるんだと思ってしまいます。選挙期間中、迷惑も省みず大学の正門前や名護の住宅街で、拡声器を使って支持を訴える人は後を絶ちませんでした」

 結局、政府与党が推す渡具知武豊氏が現職の稲嶺氏に3458票差で勝利。「名護方式」は勝利の方程式と思われた。だが、県知事選では、官邸(本土)主導の選挙に沖縄の自民党内から異論が噴出。本土から応援演説にやってきた国会議員が、佐喜眞氏と横並びで演説をする光景は県知事選では限定された。本土から動員された運動員は数千人を上回ったが、表立った活動には参加せず、電話かけや戸別訪問などあくまで裏方で選挙を支えた。

沖縄県知事選の街頭演説で若者と一緒に記念撮影をする玉城デニー氏=2018年9月23日、那覇市拡大沖縄県知事選の街頭演説で若者と一緒に記念撮影をする玉城デニー氏=2018年9月23日、那覇市

 対照的だったのが、玉城デニー氏を支持する「オール沖縄」の戦術だ。もちろん立憲民主党や共産党の幹部は沖縄入りをしたが、応援演説はあくまで部分的。ウチナンチューによるウチナンチュウーの選挙を徹底した。翁長県知事夫人が登場し、勝利を決定づけたとされる9月22日の1万人集会でも、本土の国会議員の挨拶はなく、壇上にさえあがらなかった。小波津さんは政治に関心が薄い若者も、本土と沖縄の関係には敏感だと語る。

 「沖縄のことは沖縄で決める。上から目線でこうしろと押し付けられることが、やっぱり若い世代も我慢できないんです。だからこそ、イデオロギーではなくアイディンティティーという故・翁長知事の掲げた言葉に若者も反応したのだと思います」

 沖縄の海岸に打ち寄せるさざ波のように、若者たちのアイディンティティーは刻々と変化を遂げている。「沖縄=反基地の島」という一面的な見方では見えてこない現実に、本土のリベラルメディアがどう向き合っていくのかが問われている。


筆者

中原一歩

中原一歩(なかはら・いっぽ) ノンフィクション作家

1977年、佐賀県出身。高校時代に家出をして、ラーメン屋台で調理・接客修業をする。同時に、地方紙などで「食と地域文化」の原稿を執筆。上京後、世界各地を放浪。アマゾンから南極、アフガニスタンの戦場まで訪問国は80カ国に及ぶ。現在は雑誌やWEBなどで人物ルポや政治記事を執筆している。主な著書に『私が死んでもレシピは残る 小林カツ代伝』(文藝春秋)、『最後の職人 池波正太郎が愛した近藤文夫』(講談社)、『奇跡の災害ボランティア「石巻モデル」』(朝日新書)など。